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43.少女は音楽を学ぶ

少女は義理の従姉たちに誘われて音楽教室に行きます。初めての楽器の演奏を楽しみます。

ーーー 場面は辺境伯家の食堂から音楽室へ


 ユリアは、メイドのメイリアに身支度をして貰った後、メイリアと一緒に食堂に行き、そのままメイリアの給仕で朝食を取った。


 しばらく食堂でメイリアと話ていると、そこにアンジェリカとレスターニャがユリアを迎えに来た。


 アンジェリカとレスターニャがユリアに話しかけた。


  「ユリア。おはよう。今日は、一緒に音楽の勉強ね。楽しみだわ。」


  「ご機嫌よう。ユリア。久しぶりね。」


 ユリアは、二人に挨拶した。


  「おはようございます。アンジェリカ様、レスターニャ様。今日は、よろしくお願いいたします。楽器の練習は初めてですの。お邪魔かと存じますが、この機会に少しでも演奏を身に付けたいと思っています。」


 アンジェリカが、励ますようにユリアの肩に手を置いて言った。


  「もう。ユリアったら。堅く考えすぎよ。音楽なんて楽しめばいいのよ。わたくしだって、あまりまともに演奏出来なくて、いつも先生から叱られていますの。どう?少しは気が楽になったかしら?」


  「そ、そのようなご謙遜を。わたくしのために、ありがとう存じます。」


 すぐに、レスターニャは、笑ってユリアの言葉を否定した。


  「それが謙遜じゃないのは、すぐに分かるわよ。アンジェリカは、実際、音楽が苦手なのよ。わたくしは、そこまで苦手じゃないけど、人に自慢出来るレベルでもないの。私たち、一緒に悪足掻き(わるあがき)する時間になるわね。先生は、結構我慢強く教えて下さる方だから。」


  「お二人とも、ご親切にありがとう存じます。なんだか、気が楽になって頑張れる気がして来ました。」


 ユリアは、メイドのメイリアと食堂で別れ、アンジェリカとレスターニャに連れられて音楽室に入って行った。そこには、いくつかの椅子と、鍵盤楽器や、弦楽器、管楽器、打楽器など多種類の楽器が準備されていた。


 程なくして、音楽教師のノルダスカス・フォン・ヴィルダー男爵のカトリーヌ夫人が音楽室に入って来た。


  「ごきげんよう。皆さん。」


  「おはようございます。カトリーヌ先生。」


  「あら。貴女が臨時の生徒さんね。おはよう。」


  「先生。おはようございます。ユリアと申します。本日は、どうぞよろしくお願いいたします。」


  「まあ。しっかりご挨拶できますのね。小さいのに感心ですよ。では、アンジェリカとレスターニャは、早速ですが、レベル昇級試験の練習を始めなさい。ユリアには、ちょっと確認をいたします。」


  「はい。分かりました。」


 カトリーヌは、ユリアにいくつかの質問をして、ユリアの音楽知識や実技履歴を確認した。ユリアは、先生の質問に適切に答えていった。


  「ユリア。まず、基本的な音楽知識についていくつか質問します。楽譜が読めるか、音程は取れるか、リズム感はあるか、ですが、いかがですか?」


  「はい。楽譜は古典楽譜なら読めます。現代楽譜は見たことがありません。音程は取れます。リズム感はあると思っています。」


  「それはいいですね。楽譜の記法は昔から特に変わっていませんよ。次に、楽器を演奏したことはあるか、歌を歌ったことはあるか、ですが、いかがかしら?」


  「楽器を演奏したことはありません。歌を歌ったことはあります。」


  「よろしいでしょう。それでは、そうね。この楽譜と歌詞を見て歌ってみなさい。」


  「分かりました。」


 ユリアは、楽譜と歌詞を見ながら、幼児らしく少し狭い声域だが、可愛いらしい声で、歌詞も間違えず、なんとか音程もはずさずに歌いきった。


  「はい。結構です。年齢の割には、しっかりした音程で上手に歌えましたよ。」


  「ありがとう存じます。カトリーヌ先生。」


 アンジェリカが練習の手を止めて、ユリアを褒めた。


   「ユリア。可愛いい。歌がとても上手だわ。」


  「アンジェリカ。手が止まっていますよ。身を入れてしっかり練習しなさい。それでは、ユリア。何か希望の楽器がありますか?」


  「はい。手軽に持ち運び出来て、どこでも練習出来る楽器がいいです。なにかありますか?」


  「そうですね。この横笛はどうでしょう。」


  「これは、小さくて、わたくしでも軽く持てますね。子供用ですか?わたくしの指でも穴をちゃんと塞げます。これにしたいです。」


  「それでは、この楽譜の主旋律を、この笛で演奏できるまで練習しなさい。音階と、指の押さえ方、運指は、自分で試行錯誤して確認しながら覚えること。あまり大きな音は出さないこと。いいですね。」


  「はい。分かりました。カトリーヌ先生。ご指導ありがとう存じます。」


 カトリーヌは、ユリアがそう言ったのを聞いた後、アンジェリカとレスターニャの指導に集中しだした。


 アンジェリカは、バイオリンを練習しているが、身が入らない様子だった。カトリーヌが手本を見せて、指の押さえ方などを丁寧に指導している。


 レスターニャは、鍵盤楽器を、一応そつなく演奏している。カトリーヌは、レスターニャの方は、レベル昇級試験に合格すると見ているようだ。


 ユリアは、試行錯誤で音階と運指の関係を探っていたが、すぐに関係性と規則性の把握を完了したようだ。ユリアは、カトリーヌに渡された楽譜を、始めから通して演奏し始め、終わりまで演奏しきった。演奏の質は、楽譜どおりで無機質ではあるが、お手本のような完璧なものだった。


 それを聞いた3人は、演奏を止めて、唖然とした顔でユリアの方を見た。アンジェリカが、真っ先に我に戻って言った。


  「ユリア。すごーい。あっと言う間に、完璧に吹けるようになったじゃないの。」


 カトリーヌも、軽く頷いて、別の楽譜を取り出して言った。


  「そうですね。貴女には、この曲は簡単すぎたようです。次は、この楽譜の主旋律を練習しなさい。」


 ユリアは、楽譜を受け取ると、いきなり初見で本番さながらの演奏を完璧にやりきった。それを見たカトリーヌは、なぜか諦めたような顔で言った。


  「貴女には、横笛に関する限り、もはや何も教えることはありません。何か、ほかの楽器を練習してみますか?」


 それを聞いて、アンジェリカが不貞腐れた(ふてくされた)ような顔をして言った。


  「ユリア。凄すぎだわ。私なんか、まだ1曲も完璧にマスターしていないというのにぃ。」


 ユリアは、アンジェリカの、ここまでのバイオリン練習の取り組み方を見て、アンジェリカに尋ねた。


  「アンジェリカ様は、バイオリン練習、大変そうですね。どうして、その楽器を選ばれたのですか?」


  「どうしてって、確か、レスターニャが先に鍵盤楽器を選んだからよ。それってひとつしかないから仕方なくほかのを選んだ、というところね。」


  「ほかにも、この横笛のように、選択肢が有りましたでしょう。どうして、バイオリンだったのですか?」


  「それはー。白状するけど、ただの見栄よ。お祖母様もお母様もバイオリンがとてもお上手なのに、私だけ弾けないなんて、プライドが許さないのよ。悪い?」


  「いいえ。悪くはないですわ。でも、せっかくプライドで選んだのに、練習に身が入らないのは勿体ないかなと思いましたの。」


 そのやり取りを聞いていたレスターニャが、アンジェリカに向かって言った。


  「アンジェリカ。貴女、まさか、本当は鍵盤楽器を選びたかったんじゃない?私は、確かにこれを先に選んだけど、これに固執するつもりはなかったわ。貴女がやりたいと言えば、たぶん譲ったと思う。」


  「確かに、それはあったわ。恥を晒す(さらす)けど、もっと小さい頃にバイオリンをちょっと触って見たことがあったの。その時、これは私にはとても無理だと感じたわ。だから、本当はバイオリンから逃げたかったの。」


 それを聞いたカトリーヌが、納得したようにしみじみと言った。


  「なるほど。アンジェリカは、心にトラウマを抱えていたのね。いつも明るく振る舞っていたから、分からなかったわ。わからないまま練習を強いてごめんなさいね。」


  「いいえ。カトリーヌ先生は、悪くありません。私が情けないだけです。でも、自分でもどうすればいいのか分からなくて、この状態から抜け出せないまま、ここまで来てしまったの。」


 ユリアは、アンジェリカの手を取り、真剣な目をして言った。


  「アンジェリカ様。身の入れ方はどうあれ、ここまでバイオリンを練習してきたんです。1曲だけ物にしてみませんか?そして、ここにいる皆で、お父様やお母様たちに演奏を披露するのです。きっと、すごく楽しいでしょうね。」


  「確かに、それが出来れば楽しそうだとは思うわ。でも、ユリアは簡単そうに言うけど、私は貴女とはちがうのよ。」


  「そうですね。でも、貴女自身も、もう、幼児の時の貴女じゃないのですよ。ほら、指が弦にちゃんと届いていて、しっかり押さえているでしょう?その感覚は、手も指も小さかった幼児の時とはまるで違っているはずです。


 そして、目を瞑って頭の中で思い浮かべるのです。何度も見ている楽譜の模様と、その模様通りに指板の上で弦を押さえて動いていく自分の指を。どうです?」


  「うーん。貴女が言うことには、なぜか自然に引き込まれてしまうわ。目を瞑って思い浮かべると、頭の中に本当に楽譜と指板の模様がでて来て、指が楽譜通りに動いていく感じがするのよ。」


  「そう。その感覚ですわ。それは、アンジェリカ様が、無意識に一生懸命に練習して染み付いた感覚にほかなりません。」


 アンジェリカの変化を敏感に見て取ったレスターニャが、アンジェリカに提案した。


  「アンジェリカ。今の感覚を忘れないうちに、その曲を通して弾いてみない?」


 カトリーヌも、若干引き気味だったが、レスターニャの提案に乗った。


  「それは、大変良いタイミングだと思いますよ。いまの貴女は、覚悟の決まったお顔で、さっきまでとはまるで違って見えますもの。」


  「そうかしら?まあ、騙されたと思って、やって見るわね。」


 アンジェリカは、これまで練習して来た1曲を、ついに、詰まることなく最後まで弾ききった。


  「出来た。私、1曲全部弾いたわよね。やったー。嬉しくて泣いちゃいそうだわ。なんか、吹っ切れた気がする。これまでの自分ってなんだったのよという感じよ。ありがとう。レスターニャ、ユリア。ありがとうございます。カトリーヌ先生。」



 アンジェリカとレスターニャの二人は、ともに、今日の練習のときの演奏によって、レベル昇級試験を合格した。


 一方、ユリアは、携帯に便利な楽器である横笛の演奏を完璧にマスターした。そして、ユリアが辺境伯家を離れるまでには、ここにいる3人の子供たちによる演奏発表会を開いて、辺境伯家の皆さんに練習の成果を披露することに決まった。その件はカトリーヌ先生が段取りをつけてくれることになっている。




((初めての楽器の演奏は思ったよりも楽しかったな。アンジェリカ様もトラウマから立ち直れてよかったわ。音楽勉強の成果発表で皆様の前で演奏するのが楽しみだわ。))



少女は携帯可能な横笛を選んで練習しました。トラウマで苦しんでいた義従姉を、お得意の再生プロセスで見事に立ち直らせましたね。次は何をするのでしょうか。楽しみです。それではまたお会いしましょう。


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