38.少女は説得作戦と幼虫殲滅手段の摺り合わせ会議に臨む
少女は大勢の大人に混じって会議に参加して蝗の幼虫殲滅手段を開示します。
ーーー 場面は辺境伯家の会議室
晩餐会の翌朝、辺境伯は、朝食後すぐに主要メンバーを会議室に集めて、王国への進言具申団の結成式を挙行した。
この具申団の目的と性格は、現段階では、いわゆる根回しの段階である。訪問の主旨は、既に書簡にて、王国向けと、南側の隣接領向けに送付済みである。
目的のひとつ目は、王国の宰相補佐までの実務幹部に対して、蝗害防止対策の必要性を理解させること。それにより、王国側に、隣国フランソワール帝国と合同して、蝗の大量発生防止の共同作戦実施をオスムール帝国に対して働き掛けさせる基盤をつくることである。
目的の2つ目は、辺境伯領で考案した対策実施案の有効性を認めさせ、実務幹部たちの動きを促進することである。
具体的な説得内容や手段として、証拠の文献と対策案の実演人員を用意した。それらは蝗害発生の翌年から数年間は続けて蝗害発生の可能性がある旨の記載がある文献書籍であり、また、辺境伯家の騎士団から抽出した火魔法使いの精鋭たちである。
進行ルートは、最初に、同様の蝗害を受けた南側の隣接領ロンバルス領地に赴く。領主を始め幹部達を説得する。連帯の同意を得て具申団に領地代表幹部を加入させる。
南の隣接領での具体的な説得内容や手段は、王国に対するものと同じである。あとは本筋論として、本来は王国側が主導して対策すべきこと。何の対策も打たずに来年再発したら、領地民からも、これに便乗した王家からも、領主家の無能無策を非難されること。これらを説得戦術の骨子としている。
団員は、団長にアルベルド、技術顧問に農業専門文官ボタニナス、ほかに、外交顧問、法律顧問、火魔法実演騎士3名、護衛騎士6名の編成である。
隣国の産業省長官補佐ガスゴーシュと護衛騎士は、隣国代表オブザーバーとして同行し、隣国との合同作戦となることを保証する。
会議には、デイビードとユリアも出席している。隣あって座った二人は、焚き火と風魔法の駆除手段の、実演と効果の検証について、話し合っていた。
進言具申団の結成式を終えると、ダルビードが会議開始を宣言し、ヴィルムードに訓示を促した。
ヴィルムードは、進言具申団の目的を簡単に説明し、この会議で目的達成の戦術や手段を摺り合わせて皆で共有し、団の後方支援に全力で当たるべしと訓示した。
会議では、基本的な議題については、確認と微調整の後、すべてが承認された。その後は、デイビード達が提示した焚き火と風魔法の手段案のほか、ユリアが皆に依頼した自由発想案について、緊急動議として議論された。
そのうち、焚き火と風魔法の案は、火魔法の案と共に、訓練場で実演して効果を見ることになった。
自由発想案については、ボタニナスから火を着けた燃料を空気と共に噴き出す、火炎放射器の案が提示された。また、ユリアが、お日様の光を反射板で集める案を提示した。これらは、一定の予算を付けて研究し、効果が認められれば補助手段として準備する事になった。
会議は、一旦、そこまでで終わり、昼食後に2つの手段の実演を見て効果を確認する事になった。その結果から、実際に必要な人員数や日程を見積り、費用対効果の適切な実施規模を把握して、進言に具体性を持たせることとされた。
デイビードとユリアの昼食テーブルには、エドアルドとボタニナスも同席した。エドアルドが会話の口火を切った。
「デイビード叔父上、ガスゴーシュ殿から聞きましたよ。ユリアをずいぶんと厳しく教育して鍛え上げたようですね。狼の群れをバッサバッサと倒せるまでになっているとか。私は、叔父上が何を教育するのかと、ちょっと疑わしく思っていたんですがね。」
「ああ。私も、自分でもやり過ぎかと思うくらい厳しい教育を施した。どんな教育だと思う?私は、狩りの実践の中でいつもの狩りを普通にやって見せただけ。後は、知らん、私のやり方を見て勝手に技を盗め、というものだ。どうだ、かつてない厳しさだろう。」
「おーっと。叔父上。それはいくらなんでも、厳し過ぎではないですか?ユリアはそれをどう受け取ったのだ?なんか文句を言ったのだろう?」
「いいえ。エドアルド様。デイビードお父さんには、文句どころかお礼を申し上げました。だって、私に一番合った教育方法を選んでくださったのですもの。私は、幸運にも、金縛り魔法を使った弓矢の一発必中の実射をつぶさに見せていただけたのですよ。これ以上の効率よい教育方法はないと思います。」
それを聞いて、デイビードが、若干ニュアンスが違うと訂正を入れた。
「ユリア。確かに文句こそ言われなかったが、あの時も今も皮肉の方が前面に出しゃばって聞こえたぞ。まあ、お前にちょうど合った教育方法だったのは認める。」
「なるほど。そういえば、ユリア、お前は皮肉屋で異常な理解力の持ち主だったな。思い出した。だからなのか知らんが、いまのは、お前が何を言わんとしたのか、さっぱり理解できなかったぞ。ボタニナス、お前は、ユリアの言うことが理解できたか?」
「いいえ。エドアルド様。私もさっぱり分かりません。」
「そうだろう。ユリアよ。わかるように説明してくれないか?ボタニナスなら一族の一人だから心配無用だ。」
「はい。エドアルド様。私が見た金縛り魔法の外観観察結果からご説明いたします。弓矢で獲物を射るとき、まず、自分の両目で獲物の目を見て狙いをつけます。そのとき獲物と自分の視線が合わなくても、獲物は何かに気づいて警戒した素振りをします。ひとたび視線が合ったら、獲物は金縛りにあったように静止します。それが獲物が金縛り魔法に掛かった瞬間です。それさえ分かれば、あとはいくつかの試行錯誤で答えにたどり着けます。ただし、本人が、複数種類の魔法の持ち主であることと、魔力制御に慣れていることが必要です。」
「うーむ。ユリアにはそれだけで十分なのだろうが、私はそれを聞いて、ますます混乱してきたぞ。ボタニナスはどうだ?」
「私も同じです。」
「失礼ですが、お二方は、金縛り魔法の習得に失敗されたのですね。どの段階までいかれました?その先から最終段階までの本質を教えても問題ありませんか?」
「何とも面目ないがその通りだ。両手から魔力を魔力のままで飛ばすことは出来たが、両目からは飛ばせなかった。そして、それ以上の段階の本質を教えられることはなかった。それを知ることに問題があるかは知らない。」
「さようでございますか。いま、フレデリック様がその段階を訓練中です。メイヤール様は、その後にはまだ3段階あって、各段階を踏まないと習得は無理だと言われました。エドアルド様のお話を伺うと、恐らく、目から魔力を飛ばすことが最難関の段階ではないかと推測します。」
デイビードが頷いて、しみじみとした口調で言った。
「確かに、今振り返るとユリアの言う通り、両手の段階から両目の段階に移ってからが一番苦労したところだった。ユリアは、それを知ってか知らずか、何の苦労もなく軽々とその段階を超えてしまった。ちなみに、一族の者に対しては高段階の本質を教えても問題ない。ただし、一族外へは情報漏洩厳禁だぞ。」
ユリアは、それを聞いて、少し微笑んで優し気に言った。
「なるほど。ところで、エドアルド様もボタニナス様も2種類の魔法をお持ちですか?もしそうなら、両目の段階を迂回するので遠隔の金縛り魔法は無理ですが、最終段階の本質も含めて、接近戦向きの金縛り魔法ならお教えできると思います。いかがですか?」
エドアルドは、目を輝かせて食い気味に言った。
「そんなことができるのか?それならぜひ教えてもらいたい。私は一家相伝の落伍者としてずっと劣等感を抱いていたのだ。私もボタニナスも2種類の魔法を使える。私は風魔法と氷魔法で、ボタニナスは土魔法と水魔法だ。」
「エドアルド様が劣等感の塊だなんて、とても信じられませんよ。」
「おいおい、塊とまでは言ってないんだが。」
「申し訳ございません。悪い癖が出てしまいました。では、今からお教えいたします。小声で話しますので、よく耳をそばだてて聞いてくださいませ。左右の手からそれぞれ異なる魔法の魔力を同時に放出し、それを、両手で掴んでいる剣なり槍なりの武器の先端から魔力のまま放射して、相手の頭部に近い位置に当てることで、その魔力放射を浴びた相手は金縛り魔法に掛かります。これを、接近戦の秘術と呼んでいます。以上です。後は、訓練あるのみですよ。暇なときにでも頑張ってみてくださいね。」
「ユリア。お前は、ほんとに、とてつもない意地悪な性格だな。一瞬喜んだ後に、奈落の底に突き落とされた気分だ。だが、お前が、狼の群れに立ち向かえた理由がわかったぞ。お前は、本来の金縛り魔法で周りの狼をけん制しつつ、接近戦の秘術で目前の狼を金縛りにして槍で倒していったんだな。」
「狼の群れの討伐戦術については、ご明察のとおりでございます。意地悪な性格については申し訳ございません。その通りだと自覚していますが、淑女の教育をまだ受けていないので、つい口が滑ってしまうのです。」
「デイビード叔父上。ユリアには淑女の教育が緊急の必須事項のようですよ。」
「ああ。エドアルドよ。それは、私が一番よく実感している問題だ。」
「お父さん、エドアルド様。ユリアは今、深く反省しております。でも、実際、頑張って接近戦の秘術ができるようになったら、ひょっとして、目から放射する遠距離の金縛り魔法も、案外すんなりと習得できるかもしれませんね。だって、目から放射できる魔力量って、手からよりもはるかに少ないですから。」
「なるほど。それは重要なヒントかも知れないな。劣等感など捨てて頑張ってみるか。でも、一家相伝の習得プロセスとは真っ向から衝突するぞ。」
「正規の習得プロセスから脱落した人たち向けの、いわば再生プロセス専用にすれば無理なく衝突回避できます。人は前向きに生きるのが一番だと、スピノザ神父様も教えてくださいました。劣等感など無用です。」
その後、火魔法による火焔焼き払い殺虫手段と、焚き火と風魔法による温熱空気殺虫手段の2つの手段について、効果確認のデモンストレーションが行われた。その結果、両手段とも、若干の修正やテクニックの習熟により十分な効果ありと判定された。
((ボタニナス様は進言具申団メンバーだけど、1日1回5分でもいいから接近戦の秘術の自主訓練をしてほしいな。エドアルド様は時間が取れるかな。早く劣等感にサヨナラしてね。でも、淑女教育って本気かしら。わたくし田舎の農家の幼児にすぎませんが。))
少女は久しぶりに偉そうな有力者とお話しして彼の意外な一面を知りました。少女は彼の悩みを解消する方法を教えましたね。今後、少女は辺境伯家で何をするのでしょうか。楽しみですね。それではまたお会いしましょう。




