36.少女は辺境伯家に馴染む
少女は辺境伯と初顔合わせします。その後、湯あみして身ぎれいにして晩餐会に臨みます。
ーーー 場面は辺境伯居城、時はそこに着いた日の夕刻
辺境伯ヴィルムードが、隣国の官僚アルチュール・ドゥ・ガスコーシュを伴って応接室に入ると、皆が一斉に立ち上がった。ユリアも周りを見て慌てて立ち上がった。ヴィルムードが座ると皆も続いて座った。ユリアも周りに倣って座った。
ヴィルムードが、初めにデイビードを労う言葉を発した。
「デイビードよ。良く帰った。顔は髭面で隠しているが、溢れる自信と気迫は隠しきれてないぞ。厳しい修行を積んだのが見て取れる。ユリアも良く来てくれた。デイビードの修行に付き合って支えてくれたことに礼をいう。」
((あれ?辺境伯、何か変な言い方したね。私がお父さんに教えた秘術を披露しろってこと?あっ。アルチュールさんが狼退治で秘術を見たことを話したのね?))
「お初にお目にかかります。ユリアでございます。よろしくお願い申し上げます。デイビード様には厳しい教育を施していただき、感謝しております。」
「うむ。よく挨拶出来た。さて、ここに同席した皆には、ガスコーシュ卿の紹介は必要ないな。我々と卿は、明日、デイビードが新たに提示した対策案も含めた最終摺り合わせ会議をする。卿は、その結果を持って、明朝、アルベルドと共に王都へ向けて出発される。今宵は、その壮行会も兼ねて皆で晩餐会だ。ユリアも出席してくれ。」
「承知いたしました。」
辺境伯の話が終わると、アルチュールが待ちかねたように話した。
「デイビード殿、ユリア嬢。新たな提案を間に合わせてくれたこと、お礼申し上げます。対策案の実施詳細のみならず、交渉上のポイントや注意点など、多国間の共同作戦をまとめ上げて成功に導くためのノウハウにまで言及してある。」
「いえ、とんでもございません。ガスコーシュ卿にはいらぬお世話だったと反省しております。共同作戦の成立と成功を願う心に免じてご容赦ください。」
「デイビード殿は、随分と謙虚な御仁ですね。明日の会議ではよろしくお願いしますよ。ユリア嬢もね。」
デイビードはかしこまって返答した。
「微力ながら全力で対応させていただきます。」
ユリアは、全員を見回しながら言い含めるように言った。
「ひとつお願いがございます。基本手段は、現地に火魔法使いさんたちを多数動員することですよね。明日の会議に参加される皆様には、そのほかに費用や実現性に囚われない自由な発想で、蝗の殲滅手段を考えて欲しいのです。今晩眠っている間に何かアイデアが閃くかもしれませんよ。無理にとは申しませんが、よければ頭の片隅にとどめておいてください。」
応接室内は、小さな幼児の言葉に皆唖然として、少しの間シーンと静まり返った。ヴィルムードが気を取り直して締めた。
「ということだ。わかったな。それでは、これで解散とする。晩餐会まで皆それぞれの仕事をするように。」
デイビードは、応接室に残ったユリアをつかまえて、ひそひそ声で問い質した。
「ユリア。また、何か考えついたな。洗いざらい白状しろ。」
「お父さんには隠し事できないわね。少し厳しい実践訓練が必要だけど、接近戦の秘術プラスアルファの新技よ。金縛り魔法の魔力の線に、火の魔法の実体を纏わせて放射するという、とんでもない荒技なのよ。火焔弾どころじゃないわ。お父さんは剣から、私は槍から放射するの。明後日から特訓よ。まさに必要は発想の源だね。これが出来たら、戦い全般において圧倒的実力を身に付けたと言えるね。お父さんの目標完全達成だわ。」
「おいおい。俺たちは、その荒技をひっさげて彼の地への遠征参加が決定か?」
「いいえ。征くのはお父さんだけよ。後は、一家相伝の系譜の人たちに徹底的に叩き込むわ。2、3人は習得できるでしょ。と言うのは冗談よ。」
「お前が言うと冗談に聞こえないぞ。ともかく、俺は絶対に習得するからな。よろしく頼むよ。」
そこへ、メイドの女性が入って来て、ユリアに恭しく言った。
「失礼致します。お嬢様。お世話を仰せつかったメイリアと申します。これから、湯浴みとお着替えの手伝いをさせていただきます。」
「あ。ここは大人しくするところだわね。私はユリアです。名前で呼んで下さいね。よろしくお願いします。」
「畏まりました。ユリア様。お部屋にご案内致しますのでこちらへどうぞ。」
「それじゃ、お父さん。ちょっと行ってくるね。」
「おう。汗を流してさっぱりしてこい。」
ユリアは、メイドのメイリアにユリア用の客室に案内され、そこの浴室で徹底的に磨かれた。次に、一族の息女のお下がりらしき子供用ドレスを着せられ、靴も履き替えさせられた。栗色の髪は、後ろでひとつに纏めて髪飾りで止められた。顔の正面から見るとぱつんぱつんの髪形となった。
メイドのメイリアは、満足顔でユリアに言った。
「とってもよくお似合いでございますよ。お姫様のような可愛いお嬢様の出来上がりです。」
「ありがとう。でも、何を着ても私は私よ。中身は何も変わらないわ。」
「いいえ。姿勢ひとつ、仕草ひとつで自分が変わったように思えるものでございます。歩き方と話し方もそれらしく変えれば、もう、自他ともに認めるお姫様そのものですよ。」
「うーん。恥ずかしいけど、だまされたと思ってやってみようかしら。晩餐会に相応しい振る舞いも必要だろうし。」
「それがおよろしいかと。」
ユリアが、しばらくの間、客室で歩き方や仕草の練習をしていると、晩餐会用に着替えたデイビードがドアを叩いて入って来た。
「あれ。どちらのお姫様ですかな、綺麗なドレスがよくお似合いの貴方さまは?」
「わたくしは、ユリアと申すものでございます。貴方さまこそ、さっぱりしたお顔に記憶が揺れていますが、どちらの殿方様でございましたでしょう?」
「私は、デイビードと言います。髭を剃ったので平凡な顔になりましたが、私で宜しければ、晩餐会へエスコートさせてください。」
「ええ。よろしくてよ。デイビード様。少々背丈が合わなくてごめんなさいね。」
「いえ。それでは、お手を繋いでまいりましょう。」
「ご丁寧にありがとう存じます。それが、貴方様の普段の物言いや振る舞い方でございますの?」
「いいえ。いまは貴方様に見合うようにしているだけでございます。」
「さようでございますのね。それでは、わたくし一時も気が抜けませんですわ。」
「大変であることはお察ししますが、そのドレスをお召しの間は、お姫様モードで通された方が、むしろ違和感が少ないかと存じます。」
「ご忠告、ありがとう存じます。では、遠慮なくそのようにさせていただきますわ。」
二人の3歩後ろを歩いているメイリアは、二人が真面目顔で半分道化たように会話しているのを聞いて、親子ならぬ思い人同士かと錯覚するほどであった。
二人が晩餐会の部屋に入ると、ほかのメンバーは既に皆揃っていた。ヴイルムードが開会の声を発した。
「皆揃った所で晩餐会を始めよう。自由に移動して話しができる立食形式とした。今日は、ユリア嬢が参加するので、特別に当家の子供たちも参加させた。礼を失することもあるだろうが、大目に見てやってほしい。挨拶は以上だ。」
ユリアは、早速、辺境伯家の子供たちに囲まれた。といっても、全5人のうち、3人が、ダルビードの長男ジェイムスン12歳と、次男マーカラス10歳と、長女アンジェリカ8歳で、2人が、ダルビードの従弟のメイヤール・フォン・ヴィルダー子爵の長男フレデリック11歳と、長女レスターニャ8歳であり、ユリアよりは皆年嵩の子供たちだ。
その中で、アンジェリカが最初にユリアに
話しかけた。
「ユリアって呼んでよろしいかしら。わたくしはアンジェリカよ。名前で呼んでいいですわよ。あら。そのドレスと靴、わたくしのお古ですわね。わたくしのお気に入りでしたのよ。いまの貴方にとっても良くお似合いでしてよ。かわいく見えますわ。」
「ありがとう存じます。名前で呼んでいただけて嬉しいですわ。アンジェリカ様は、以前も今もとってもドレスのセンスが素晴らしくていらっしゃいますわね。いまお召のドレスは、髪の色と馴染んで落ち着いた色合いで、体形の良さを引き出すデザインも素敵ですわ。」
次に話しかけたのは、レスターニャだった。
「ユリア。わたくし、レスターニャよ。わたくしも名前で呼ばれたいですわ。ねえ、わたくしのドレスはどう見えるかしら?今日は初めて晩餐会へのお呼ばれがあるとお聞きして、まだおろしてなかった新作を着させていただいたのよ。」
「レスターニャ様。名前で呼んでくださってありがとう存じます。レスターニャ様のドレスは新作だけあって、レース使いが繊細で柔らかい雰囲気が良く出ていますわ。ドレス生地の色合いとも絶妙に調和してレスターニャ様のかわいらしさを引き立たせる素晴らしいデザインですわ。」
「まあ。ユリアったら、まだ小さいのに、ドレスの見どころを捉えて褒める言葉をたくさんお持ちですのね。羨ましいですわ。」
「ありがとう存じます。誉め言葉と受け取らせていただきますわ。」
((もう、初っ端から疲れちゃったよ。お姫様モードは、身体強化魔法で走りまくるのと比べも、はるかに体力を消耗するモードであると理解しました。男の子たちの興味は何かしら。まさかドレスじゃないよね。))
少女はお姫様モードになり、狩人の男は紳士モードになって、連れ立って晩餐会に出席しましたね。お姫様たちの関心はドレスでした。男の子たちは何に関心があるのでしょう。隣国の人とは翌日の作戦や手段のすり合わせ会議で合意できるでしょうか。心配です。それではまたお会いしましょう。




