29.少女は馬車で来た紳士然とした男の正体を知る
少女は狩人の男とともに紳士然とした男の馬車に同乗して男の素性を知ります。
ーーー 場面は町への街道上、時は狼の群れから馬車を救ったあと
馬車で来た紳士然とした男は、ユリアの言葉を聞いて受けた衝撃から立ち直ると、デイビードとユリアに対して少し訛りのあるシングラーツ王国語で語った。
「危ないところを救っていただき、感謝申し上げます。また、重傷者や怪我人への慈悲深いご対応につきましては、お礼の申し上げようもございません。もし、お二人がこれからエルブライドへ行かれるのであれば、この馬車でご一緒しませんか。その方が時間の節約にもなるでしょう。」
デイビードはユリアと顔を見合わせ、頷きあって言った。
「ありがとうございます。それでは、せっかくのお誘いですので同乗させていただきます。」
馬車が出発すると、紳士然とした男は自ら名乗った。
「私は、既にお察しの通り、隣国フランソワール帝国で産業省長官補佐をしている、アルチュール・ドゥ・ガスゴーシュと申すものです。よろしくお見知りおきください。差し支えなければ、お名前を頂戴いただければと。」
((おお。この人、結構な大物だよ。))
デイビードは、ユリアが頷くのを見て少し考えたあと、正直に名前を明かすことにした。
「ご丁寧なご挨拶をいただき痛み入ります。私は、ごらんのとおり森で狩人をしている者ですが、当地を治める辺境伯ヴィルムードの末弟デイビードと申します。これは、私の娘として預かっているユリアです。ただし、故あって、あの町エルブライドでは、私がエヴァン、娘がクロエと名乗っています。ここで図らずも貴方と知り合ったのも何かの縁というものでしょう。こちらこそよろしくお見知りおきのほどお願いします。」
アルチュールは、デイビードの出自を聞いてあまりの奇遇に驚いた。だが、それなら、自分がここに来た目的を既にデイビードが知っていると見て鎌を掛けてみた。
「なんと、辺境伯の弟君とは。大変お見それいたしました。辺境伯は今頃、蝗害の後処理で大変でしょう。我が国も蝗害で大被害を受けまして、経済への打撃が大きく産業省長官も頭を痛めているところです。シングラーツ王国も被害が大きいと聞いていますが、どんな対応策をとっているのでしょうね。」
「ガスゴーシュ殿。失礼ながら、聞き方がまっすぐすぎて鎌掛けになっていませんよ。正直、私はここ1年程、辺境伯家から離れていて世事の情報に疎いので、特に王国の動きなどは何も存じません。でも、辺境伯の性格はよく知っています。推測に過ぎませんが、いまごろは、現状の経済対策はもちろん、蝗害に関するあらゆる情報をかき集めて、可能な手を探り始めていると思いますよ。」
「そこまで早く動けるとはさすが辺境伯ですな。なにか蝗害の再発危険性の情報でもあったのでしょうか?。」
((どきっ。なんか探りをいれられてる。))
「単に兄の用心深い性格から推測しただけです。貴方がここに来られたのは、領都ヴィルドブルグの辺境伯家で情報交換した後、シングラーツ王国の王都に行って非公式に国際協力を打診するためではないですか?」
((お父さん。ありがとう。うまくはぐらかしてくれたわ。))
「貴方にはかないませんなぁ。全くその通りです。離れていてそこまで分かるのは千里眼をお持ちなのでは?まあ、冗談はさておいて、貴方には隠し事せず全部お話ししたほうが良さそうです。協力者になっていただければ有難いです。
実は、フランソワール帝国内で蝗害関連の情報を探っている不審者がいると聞いて、その者に接触したのです。私は、その者が言うことを聞いたとき最悪の事態を予想して焦りましたよ。何と、来年もその翌年も蝗害が発生する可能性があるから、辺境伯の命令で対策などの情報を集めているというのです。
もしも、来年また蝗害が発生したら我が国にとっては死活問題です。ところが、我が国では、蝗害の発生傾向に関して知見のある者が一人も見つからず、真偽の確かめようがありません。当然対策手段もまた然りです。
そこで、とりあえず情報源に当たってみることになった次第なのです。既に、辺境伯宛には書簡を送り、近く私が訪問する旨を伝えてあります。」
((えぇーっ。ズバリ言ったね。情報源って私?ちがうね。情報の根源はスピノザ神父様の書籍でーす。))
「なるほど。死活問題とはいえ、貴方の国の迅速な動きには尊敬の念を禁じ得ません。さっきも言ったように我が国で動いているのは、おそらく辺境伯家だけだと思っています。
私から兄と甥宛に書状を書いて貴方に託します。それを見せれば、警戒されずに受け入れられると思います。私が協力できるのはそれくらいです。」
((エドアルド様。外国との協力関係が築けるかもしれないね。アルチュール様と一緒に王国内を動かせるといいね。がんばって。))
「それは大変有難いご配慮をいただき感謝いたします。明日朝にでも宿の方にお持ちいただければ幸いです。
ところで、ユリア嬢は小さいながら、狼の群れをいとも簡単に退治していましたね。きっと、お父上の指導の賜物でしょうね。」
「ユリア。どうなんだ?」
「もう、お父さん。知ってるくせに。おじさま。お父さんはユリアにいつもきびしい訓練をさせるの。へたすると死ぬかと思うくらいなの。」
「おいおい。そんなに厳しいか?いつも優しくしてるだろう。」
「そうね。ごめんなさい。たしかにまだちゃんと生きてはいる。」
アルチュールが話題を変えて聞いた。
「ユリア嬢。フランソワール語も話せるんだね。びっくりしたよ。」
「あら。つうじたのかしら。よかったわ。お父さんと一緒に勉強してるのよ。ユリア、まだ教科書のような話し方しかできないの。」
((関心を持たれちゃったわ。いまの下手な芝居は無駄そうね。でもいいわ。アルチュールさんは信用できそうな人だし。タヌキとキツネの化かし合いは得意そうだけど。))
アルチュールは、またデイビードの方に向きなおって話しかけた。
「将来が楽しみな娘さんですな。さて、そろそろ町に着きそうですね。今日のお礼に、夕食を御馳走させてはもらえませんか?」
デイビードは、礼はさっきの言葉で十分いただいたと誘いを丁寧に固辞して、二人で馬車を降りた。
二人は、前回と同じく、ジビエ買取所で肉類を換金した。また、商人ギルドでデイビードが2通の手紙の配達を依頼した。
二人は、前回泊まった宿に今回も泊まれることになった。カウンタで記帳して二階に上がり、荷物を置いてすぐ1階に降りた。そして、食堂の小さめのテーブルを挟んで向かい合って座った。
「おや、久しぶりだね。お二人さん。今度もまた買い物かい?昼の定食を持ってくるけどいいかい?」
「ああ。女将さん、二人分頼むよ。さて、ユリア。今日は金物屋だけにしておこう。飯を食った後、すぐに行くぞ。アルチュールのことを紹介する手紙は夕食後に書くから、お前も側で見ていろ。」
「わかった。そうするわ。」
二人は昼食を済ませた後、すぐに金物屋に行った。中に入ると、前回と同じ店員がすぐに寄ってきた。
「おや。先日の槍のお二人様、いらっしゃいませ。今度はなにがご入用でしょう?」
デイビードが説明する。
「これから、娘が弓矢で狩りをするんだ。体格や筋力に合う弓があるかな?」
「もちろん、ございますよ。こちらへどうぞ。」
店員は、弓が多数並べてあるエリアに二人を案内して、一番小さい弓をとってデイビードに渡そうとした。
「済まない。少し成長しても使える物がほしい。12歳くらいの体格向けで弓力の強い物はないか?」
「ございますよ。既にかなりの筋力がお有りのようですね。それでは、これなどはいかがでしょうか?」
デイビードは、弓を受け取り軽く弦を引いた後、ユリアに渡した。
「クロエ。これを確認してみろ。」
「うん。やってみる。うーん。さすがに少し大きいけど地面から浮かして構えられる。でも弦の強さは弱いね。この大きさで弓力が最強の物がいい。だって、いまの体格で最大引いても本来の半分ちょっとでしょう?」
「それなら、これですね。どうぞ、お試しを。」
「うん、いいね。これなら、今の私でも100mくらいは飛ばせるわね。これにする。これに合った矢も20本ほしいわ。」
店員は、精一杯背伸びをしている小さな子供を見るように、微笑ましく言った。
「はい。お買い上げ、ありがとうございます。お嬢ちゃん、頑張って練習するんだよ。」
デイビードは、支払い手続きをしながら店員に聞いた。
「この近くに弓矢の練習ができる場所はないかな?」
「ああ。それなら、ハンターギルドの建物の中にありますよ。」
二人は、買ったばかりの弓矢を持ってハンターギルドに入って行った。デイビードがギルドカードを提示しながらカウンタの職員に訊ねた。
「ここで弓矢の実射訓練ができると聞いてきたんだが。」
職員は、髭面の男ではなく小さな子供が弓を持っているのを見て訝しげに言った。
「はい。できますよ。ただ、ギルドカードをお持ちでない方は、10射ごとに利用料大銅貨1枚がかかります。」
「分かった。クロエ、どうする?」
「買った矢20本全部試して見たい。いいかしら?」
「ああ。もちろん、いいぞ。それじゃ行こうか。あっちに行けばいいんだな?」
「私がご案内します。こちらへどうぞ。」
((うわー。ドキドキするね。ちゃんと当たるといいな。))
少女のもたらした情報は国際的な広がりを見せてきました。厳しい教育訓練も終盤で弓矢の現状の腕前を確認するようです。楽しみですね。それではまたお会いしましょう。




