28.少女は町への街道でまた実践する
少女と狩人の男はまたあの町へ買い物に出かけます。
ーーー 場面は森の小屋、時は習熟の実践訓練開始から4日目の朝
二人は朝食を済ませ、後片付けを終えて、テーブルに向かい合って座った。
デイビードが今日の予定をユリアに説明する。
「ユリア。今日は約束通り町に行って買い物をするぞ。買いたい物は弓矢とフランソワール語の本だったな。まだ7歳になってないだろうから商業ギルドへの登録は無理だな。行く前に俺は兄たちに手紙を書く。お前もエドアルドに何か近況でも書くか?」
「えっ、いいの?ぜひ書きたいわ。エドアルド様には、お父さん、あっ、デイビード様の教育のお陰で私がすごくお利口さんになりましたって書かなきゃ。それと、デイビード様を私への教育から早めに解放して差し上げますとも書くわね。」
「うーん。その話は両方とも俺が書くから、お前は特に書かなくてもいいぞ。」
「そうなの。残念だわ。じゃあ、私は、お父さんが早目にここを引き払っても、1年間はここに私ひとりで留まること、その後は市井に出てさらに修行を続けることを書くわ。お父さんからそれは言い難いでしょ。」
「そのことだが、確かに言い難い。エドアルドはお前が来るのを楽しみに待ってると思う。俺と一緒に辺境伯家に来るつもりは、今のところ全くないのだな。」
「前にも言ったけど、私は見た通りの幼児よ。能力を認めてくれるのは有難いけど、世間の常識的にも、いますぐ辺境伯家の仕事ができる訳がないわ。しばらくは、辺境伯家で修行や勉強をさせてもらえるとしても、そういうことはどこにも属さず自由にやりたいの。ごめんなさい。お父さん。」
「ああ。わかってる。お前のこれまでの言動や行動から、金銭面でこそ俺に一時的に依存している以外は、俺と完全に対等の立場を作ろうとしているのが丸わかりだ。そんなお前が宮仕えなど望むはずがない。以前、俺はお前の希望を優先すると言った。男に二言はない。だが、後ろ盾が必要なときはすぐに言えよ。」
「ありがとう。お父さん。この森でも市井に出ても、私はひとりで大丈夫だよ。だって、もうお父さんの次くらいには強くなっているもの。」
「そうやって俺、いや、お父さんを立ててくれるのは、ユリアの家族思いの優しさだと受け取っておくよ。それじゃー、さっさと手紙を書いて出発するぞー。」
「おぉー。」
二人は、身体強化魔法を掛けて森を1泊と半日で駆け抜け、昼前にエルブライド町まで5kmほどの街道に出た。
二人は、すぐに探知魔法であたり一帯を探った。すると、町の方向とは逆方向へ2kmほどのあたりに馬車があって、何人かの人が複数の獣と争っているらしいのを感知した。ユリアが先に言った。
「馬車が狼の群れに襲われている。」
デイビードはすぐさま取るべき行動を決めた。
「急いで様子を見に行くぞ。助けが必要というなら助ける。
「そうね。助けが必要と言われなくても助けたい。」
二人は、俊敏の強化魔法により2kmを2分ほどで駆け抜けて現場に到着した。二人とも息は上がっていなかったが、現場の様子を見て息をのんだ。
三人の護衛騎士が噛まれて傷を負いながらも10数頭の狼と激しく戦っている。狼は既に4頭が血を流して倒れている。一方、護衛騎士たちも怪我が酷く疲弊しきっている。いまにも防衛線を抜かれてチャリオット型馬車の客室の中まで侵入されそうだ。
デイビードは、馬車の前方に躍り出て大きな声で確認した。
「おーい。助けが必要なら、大声で助けてくれと言えー。」
護衛騎士2人から同時に返事があった。
「誰か知らないが。助けてくれー。」
デイビードは、それを聞いて言った。
「わかったー。今助けに入るぞー。ユリア。草原での接近戦の要領だ。」
ユリアが、応答して言った。
「おぉー。狼の囲み線上に割り込むのね。」
二人は、言うが早いか走り出して、怪我と疲弊の最も激しそうな護衛騎士の位置で狼の囲み線上に割り込んだ。すくに、互いに背を向けて構え、前面の複数の狼に対峙した。
そして、目から放射する金縛り魔法と、各々手に持った狩猟刀と槍から大量の魔力を放射する接近戦の秘術を繰り出した。二人は瞬く間に、1頭、また1頭と、危なげなく狼を倒していった。5分ほどして気が付くと、残った狼4頭ほどが、倒れた14頭の仲間を置いて逃走していくところだった。戦闘は終わった。
ユリアは、デイビードに回復ポーションを2本渡したあと、怪我が酷くて倒れ込んでいる護衛騎士に急いで駆け寄り、少し大きい声で問いかけた。
「大丈夫ですか?応急手当てします。噛まれたところは左太ももと右ふくらはぎと左腕ですね?。すみませんが、傷周りの服を切り裂きます。」
声をかけられた護衛騎士は、側にいるのがまだ小さい幼児であるのを見て唖然とした。さらにその幼児がてきぱきと服を小刀で切り裂きながら傷の具合を確認して、切り裂いた服で止血帯を巻いているのを見て呆けた。彼は、隣でほかの護衛騎士を診ているデイビードに一瞬何か問いたげな顔をしたが、すぐにユリアの問いに答えた。
「ああ。ほかにもあるが、それらが一番酷い。何か治療ができるならしてほしい。」
「わかりました。今から回復ポーションを傷に塗布します。少ししみるかもしれませんが、我慢して動かないようにしてください。いいですね。」
「回復ポーション?持ってるのか?そんなもん、いまはどこも品切れで売ってないぞ。」
「私はたまたま持っていたんです。どうしますか?塗布するのやめましょうか。このままでも、すぐに死にはしませんが、あとで化膿したら危ないですよ。」
すると、馬車から、20代後半くらいの年格好の中肉中背の紳士然とした男が降りて来て、やや訛りのあるシングラーツ王国語で言った。
「お嬢さん。ぜひとも、回復ポーションの塗布をお願いいたします。料金は彼らの雇い主である私が払います。」
ユリアは、紳士然とした男の喋り方とアクセントや発音にちょっと異国感を持ったが、男の頼みを聞くことにした。
「わかりました。これから塗布します。動かないように。いいですね。」
ユリアは、3カ所の大怪我の傷部に、瓶1本分のポーションを少しずつ滴下するように丁寧に塗布していった。すると、塗布された傷部はジュワーっと白く発泡して盛り上がった泡の層に包み込まれた。やがて泡が消えた後には傷らしきものが何も残っていなかった。
((えっ。なにこれ。回復ポーションってこんなに効くの?小さな傷どころじゃなかったよね。))
「はーい。これで回復ポーション塗布完了でーす。お疲れさまでしたー。あっ。料金はいただきませんよー。」
回復ポーションの塗布を受けた護衛騎士は、傷のあったところを見回して、唖然とした表情で言った。
「おいおい。お疲れさまでしたどころじゃあないぞこれは。大怪我でぱっくり開いていた傷はどこに行ったんだ。それに、もう痛みもないぞ。」
紳士然とした男は平静を装おうとしていたが、目が護衛騎士の傷のあった場所に釘付けになっていて、度肝を抜かれたのを隠し切れずに言った。
「こ、こんな即効性の回復ポーションなんて見たことがない。最上級品に違いないだろうが、一体いくら払えばいいんだ?」
ユリアは、澄ましてフランソワール帝国語で端的に答えた。
『先ほども申し上げたように代金はいただきません。私たちが先ほど行ったいかなる行為に対しても対価は不要です。私たちが自発的に行ったものですから。』
紳士然とした男も、護衛騎士たちも、ほかの人たちも皆、口をあんぐりと開けた呆けたような顔でしばらく口も聞けなかった。
((ほんとに私もびっくりだよ。この回復ポーション、私は本の記載の通りに作ったよ。あっ、ひょっとして抽出のときに込めた魔力のせい?それにしても、あの紳士然とした男、なんか胡散臭いけど、フランソワール帝国人で少しお偉い人っぽいね。私のフランソワール帝国語、通じたかな?))
少女と狩人の男の暫しの別れは近そうですね。町に行くのは身体強化魔法で所要時間が大幅に短縮されました。町に続く街道でまた実践訓練しましたね。そしてなにやら新たな出会いの予感も。どうなることでしょう。それではまたお会いしましょう。




