第2話 チカラ イズ パワー
地下倉庫の分厚い防火扉が、鼓膜を激しく震わせる轟音とともに、蝶つがいごと無残に弾け飛んだ。鉄の扉が壁に激突し、埃煙が倉庫内を支配する。
「ひ、ひえっ!?魔物!? テロ!?」
カブトは信じられないほどの敏捷性を発揮し、一瞬で事務机の下へと滑り込んだ。
アッシュは対照的に、音もなく大箱の影へと文字通り『消える』ように気配を殺して身を隠し、背中のコンポジットボウに手をかける。
もうもうと立ち込める白煙の向こうから、重い金属音が床を伝ってに身体に響いてきた。
ズン…、ズン…、と、不気味な足音が近づいてくる。
「…カブトぉ…。…カブト、いるぅ……?…お腹すいて死にそうだよぉ…」
聞こえてきたのは、地下から這い出してきた魔王の呪詛――ではなかった。鈴を転がすような、しかしひどく情緒不安定で、今にも泣き出しそうな少女の声だ。
埃煙がゆっくりと晴れていく。そこに立ち尽くしていたのは、見事な真紅の髪を低い位置でポニーテールに結わえた、息を呑むほどに可愛らしい少女だった。
透き通るような白い肌に、どこか気だるげでふわふわとした柔らかな雰囲気。
しかし、彼女が背負う『グレートソード』は、そんな可憐な印象を笑い飛ばすかのように、少女の華奢な背中で不気味なほどの存在感を放っていた。
彼女の名はロゼ。
ヤガミの街で『最狂の大型新人』として全冒険者から恐れられる、規格外の重戦士だった。
「…ロゼか。マジで心臓が口から飛び出すかと思ったぞ。というか、その扉、いちおうギルドの特注品なんだから、もし俺の薄給から弁償代が天引きされたら、お前を呪うからな!」
カブトは埃だらけで机の下から這い出し、溜息混じりに服を払う。大箱の影から顔を出したアッシュも、「やれやれ」といった様子で鋭い琥珀色の瞳を細め、呆れ顔で肩をすくめた。
「分かってるよぅ…。でもね、今の私の手元には、鉄貨がたったの三枚しかないんだよぉ…」
ロゼは、背中の巨大な大剣を床にドガシャァァンと乱暴に放り投げる。地響きでカブトの机の上のインク壺がガタガタと跳ねた。彼女はそのままカブトの机にうつ伏せになり、両手足をバタバタとジタバタさせる。
「…落ち着け。で、今度は何をやらかしたんだ?」
カブトが冷ややかに尋ねると、ロゼはガバッと起き上がった。その瞳は涙で潤み、切実さを訴えてくる。
「聞いてよぉ!さっきねぇ、受付で新しいクエストを受けたのぉ。迷宮二層の『アーマードベア』の討伐!お肉のボーナス報酬付きなんだよぉ!」
「それで?」
「受付のお姉さんがね、『あの熊の外皮は非常に硬い《《ですが》》、ヒットポイントを少しずつ削るように、《《優しく》》立ち回ってくださいね』って、ニコニコ教えてくれたのぉ。だから私、頑張ったんだよぉ。硬いってことだったから、ほんのちょっとだけ、気合を込めて剣を振ったのぉ」
「…で?」
「そしたらねぇ…。熊さんが木っ端微塵の消し炭になっちゃったのぉ…お肉も、毛皮も、魔石も、全部…。風に吹かれて消えちゃったのぉ…」
カブトは机に額を打ちつけ、今日で百一回目の深い溜息をついた。
ロゼの最大の問題は、彼女が『悪魔的な破壊の力』を持ちながら、頭の中身が『純度百パーセントの筋肉』で構成されていることだ。彼女の中に『手加減』という概念は存在しない。力を抜いたつもりでも『全力の一歩手前』なのだ。
「それだけじゃないのぉ…。熊さんの真後ろに、遺跡の『魔力を蓄える柱』があったみたいでねぇ..…それも一緒に、綺麗に真っ二つに叩き割っちゃったのぉ…。そしたら奥から推進院調査部員おじさんたちが出てきて、『重要文化財の損壊⋯修繕費として白金貨一枚を請求する』ってぇ…」
ロゼはカブトの制服の裾をガシッと掴み、激しくブンブンと前後に揺さぶった。カブトの身体が残像が見えるほど前後に揺れる。
「もうダメだよぉ…。ご飯も食べられない…。カブトぉ、お願いだからギルドの書類を得意のインチキで書き換えて、帳消しにしてよぉ…」
「しれっと犯罪を教唆するな!というかロゼ、先日もオークの群れを掃討するときに、迷宮の草原を『お掃除』とか言って焼き払って怒られてただろ! 誰がどう見ても自業自得だ!」
カブトは冷静にロゼの頼みを突っぱね、彼女の掴んだ手をピシッと引き剥がした。
ロゼはしょんぼりとその場に座り込み、今にも消え入りそうな声で「……お腹、すいたぁ…」と呟くのだった。
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