第三十八話 究極の美女の日常
最後の手術を終えて一ヶ月が経とうとしていた。
私の世界は大きく変わった。究極の美とはそれまでとは別世界だった。街を歩けば人々はただ頭を垂れ、家ではなにかの勧誘かそれとも私という存在の詮索なのか電話が鳴り止まなくなり半狂乱になった母は実家に帰った。
寡黙な父はついに電話のコンセントを抜いてしまった。幸い私の携帯番号はもれなかったらしく被害があるわけではない。いや、被害と言うならばたくさんある。
まず父が私を恐れるようになった。挨拶をしても返事をしてくれない。父はもう私を娘と認識できないのだろう。何を言っても無言で視線をそらすばかりだ。それはそうだ。昔とは何もかもが違う。私だって未だに鏡を見て驚くことがある。
最後の手術を受ける前、私は将来のことを考えていた。以前の私なら考えられなかったが、究極の美女ならばテレビや映画などの華やかな世界を目指してもいい。いや、それが当然なのだ。こんな小さな町では皆を驚かせるだけ。卒業したらすぐにでも東京へ行こう。原宿だか渋谷だかを歩けばすぐにスカウトが寄ってくるだろう。こんな田舎町ですらスカウトを受けた私だ。プロが放っておくはずがない。そう思い皆への刺激を最小限にするよう休み休みに学校に通っていた私だったが、どうやら卒業はできないらしい。
「休学?私がですか?」
目付きの鋭い女性教頭に呼び出された私は誰も居ない教室でその宣告を受けた。
「わかるでしょう?」
そういって窓から外を見る教頭先生、つられて私も校門の方に目をやると、数十人の人だかりができている。
「あなた見たさに近隣の人から県外の人、テレビ局まで集まってる。小さな小競り合いも起きてるみたいだし、これじゃあ授業にならないわ。」
人だかりが起きるのは今日に限ったことじゃない。私が登校すると何十人もの人が何をするでもなく遠巻きについてくる。近づきたいけど近づけない、そんなところだろう。圧倒的美の力が低レベルの人間たちを寄せ付けないのだ。こないだの男は美の力が低すぎたせいで発狂してしまったのだろう。ほとんど生物兵器だ。噂によると私を神として祀る宗教もできたらしい。
「休学の件…了承してくれる?しばらくすれば騒ぎも落ち着くと思うから。」
担任ではなく教頭先生が来たのは担任が男だからだろうか?いや、おそらくこの人が一番私の力の影響を受けなかったのだろう。男性教師は皆私に意見することができなくなっていたし女性教師もほとんど私に近づけなかった。だがこの人は私と対峙して会話することができている。教頭先生のことなんて詳しくは知らない。決して美の力があるわけではないが多少の力を持つ者なのだろう。
だがそれだけだ。平静を装っているだけ。私と対峙していられるのはせいぜい5分といったところだろう。しきりにメガネを触り私と目を合わせない。早くこの場を去りたがっているのが手に取るようにわかる。それを考えれば父が私を避けるのも当然と言える。
「教頭先生、私の美の力は先生が思っている以上、おそらく数十倍はあると思います。いくら時間が経ったところでこの騒ぎは収まりません。むしろエスカレートしていくでしょう。」
「そ、そうかもしれないけれど学校側としては…!!」
「落ち着いてください。学校を困らせるつもりなんてありません。」
私は一度小さく呼吸をする。この一ヶ月自分がどうするべきか考えていた。教室でも私に近づく人は居ない。皆恐れている。私の美しさに興味があるくせに近寄れない。今の私の異常性は子供にだってわかる。感情に正直な子どもたちは泣き出し逃げ出す。何があったのかと母親に聞かれても答えられない。それはそうだ、私は何もしていない。ただ生物としての本能が勝手に敗北しているだけだ。
「先生、私退学させていただきます。」
私にできる選択はそれしかなかった。最早学校に私の居場所はない。いや家の中にも、この街の何処にも居場所なんてないのだ。
懐から一枚の便箋を取り出す。今の私が唯一頼れるはずだった先生からの手紙、いや遺書だ。先生はもしものときのために私に手紙を残してくれていた。そして今ならなぜ先生が私に静かに暮らすよう言ったのかよくわかる。




