第三十四話 渡かなえ
先生が紹介してくれたもう一人の人物がいるのは電車で沢木さんのいる大都会とは全く逆方向へ一時間。県を跨いだその先にあった。
そこは世情に疎い私でも聞いたことのあるくらい治安の悪い街だった。駅前にはホームレスが多く嫌な匂いがする。駅自体もかなり汚い。
こんなところに私のような美女がいて大丈夫なのだろうか…?美の力は悪い男には餌にしかならないのではと、万が一のため遠くから私を守っているSPの位置を確認しておく。目的の場所は駅からも遠かった。徒歩で20分ほど進み辿り着いたのは見るからに廃墟と言った古い日本建築の一軒家だった。築百年とか経っているのではないだろうか。壁には穴が開き埃が舞い今にも柱が崩れそうだ。
中に入るのが躊躇われる。仕方なくこの距離から家主を呼んでみる。
「すみません、丸田先生の紹介で来ました春宮です。」
返事がない。だが何かが動くのが壁に開いた穴から見える。ふと目があった。
ドタドタと音が聞こえる。ドサドサと何かが崩れる音も聞こえる。乱暴に扉が開かれるとそこに立っていたのは巨大ななにかだった。
常人の倍以上はある頭には天然なのかぐねぐねとうねる長い白髪。目は2つついているがその位置は左右対象ではない。不自然に吊り上がりまぶたの膨らんだ右目と不自然に下がり半分しか開かない左目、鼻は魔女のように尖り唇は不自然に裂けている。歯はキレイすぎる何本かが残っているだけ。頬や額にはボコボコと膨らんだ箇所があり膿んでいるのか黄色くなり液体が漏れているところもある。
その大きな頭とは対象的なガリガリに痩せた小さな身体。細く長い腕と足、何十年着続けたのかというランニングに短パン。白すぎる肌にひどい悪臭…。
化け物…そんな言葉がよぎった。
「話は聞いてるよ。入んな。」
入るのはとてつもなくためらわれたが、この人の話を聞かなくてはならない、その気持ちが勝った。室内はやはりと言うべきか想像通りの悪臭とごみの山。恐る恐る足を踏み入れるがそこかしこに嫌な虫の気配を感じて落ち着かない。
「驚いたよ。あんたには。」
「え…?」
「すごい美しさだねぇ、さすがマルボウ先生だ。心臓が止まりそうだったよ。」
そういうとごみの山から取り出したタバコに火を付ける女性。その眼は焦点があっていない。何処まで見えているのだろうか。タバコを歯の間に器用に咥えて煙を吐き出す。こんなところじゃいつ火事になってもおかしくない。
「あんたにはここは居心地悪いだろうけど、私が外に出たら大騒ぎで警察沙汰なんでね。少しの間我慢してくんな。」
「……。」
彼女の外見以上に一つ驚いたことがある。彼女の右目はじっと私を見据えている。私の美の力に負けていないのだ。この姿で生きていくにはそれだけの力が必要になるのかもしれない。だが私が聞かなくてはならないのはそんなことではない。
「そのお姿は…整形手術の失敗…ですか?」
「そうさね…そうとも言える。」
彼女の名は渡かなえといった。
年齢は45歳。私の母と同じ。どう見ても60歳は越えていると思っていたがそれもやはり整形の影響らしい。
彼女は元々銀座のホステスだった。やはり女の世界。美しさというものが何よりの武器になる。立場上お金もあった若き日のかなえさんはすぐに整形に手を出した。しかし彼女のライバルたちも迷わず整形をする。顔はもちろん豊胸やお尻を引き締める手術も受けた。しかしどこまで行っても満足できない。少しでもお店での順位が下がれば手術をした。そうこうしているうちにお店は低迷し始め、年齢を重ねたかなえさんの順位も下がりつづけた。
そうして彼女は仕事を失った。しかしそれでも整形だけはやめることができなかった。そもそも私のような特殊な整形でなければ本来手術後は常に調整としての検査や治療を続けなくてはならない。やめてしまえば一気にガタが来る。そうなれば必然美の力が落ちていく。
彼女はその際の他人の変化を目の当たりにした。ちやほやしてくれていたボーイが見向きもしなくなり、湯水のようにお金をつぎ込んでいた客は他のホステスに流れた。
わかリ安すぎる手のひら返し。美しくなければ価値がない。そう言われているようだった。すでに整形中毒に陥っているという自覚はある。でもやめられない。鏡を見るたびに気になるところが増えていく。
整形費用を工面できなくなり追い詰められたかなえさんは、盗みに手を出した。整形のこと以外考えられなかった。自分で調べて美容にいいという成分を取り寄せ毎日のように注射した。その時点で彼女の顔はいびつに変形し始めていたがそれでもやめられない。
盗みはあっけなく見つかり、逮捕され投獄された。整形のための盗みなど情状酌量の余地はなかった。
出所したのは一年半後。それは彼女の姿を破壊するには十分な時間。徐々に自分の姿が壊れていくという地獄を彼女は牢獄の中で味わったのだ。
かなえさんはすぐに新たな整形を願ったが誰も相手にはしてくれなかった。それほどまでに彼女の姿は破壊されていたのだ。痛みだって強い。お金だってないのだ。そんな状態の彼女に手を貸してくれるのはやはりまともな医者ではなかった。粗悪な痛み止めや注射を受け身体の崩壊は更に進んだ。最早誰にもどうすることもできない所まで来ていたのだ。
そんな彼女の噂を聞いて現れたのが先生だった。 先生は彼女の治療を願い出た。無論無報酬でだ。




