第三十三話 日本有数の美女 沢木ひろ子
手術の条件は自分の好きなようにするから口を出すな。だが絶対に後悔はさせない。
マルボウさんらしい。当時すでに50を超え自分の目指す整形の考えを固めていた先生は彼女を実験台に選んだのだ。自暴自棄になっていたひろ子はマルボウさんに言われるまま手術を受けた。
一ヶ月後世界が変わった。
敗戦処理をしようとしていたマネージャーは山ほど仕事をとってきた。仲間たちは私の変貌に目を丸くした。当然整形を疑うものもいたがひろ子は何も言わなかった。先生の手術は間違いなく違法な物だったからだ。開院前の自分のクリニックで届け出も出さず一人で手術を行った。
もし何か事故が起きれば確実に逮捕される。けれどそれでも先生はやはり自分の欲求を貫いたのだ。
ひろ子にとって嬉しい誤算だったのは他の外科医が見ても整形したとわからなかったことだ。先生の手術は最も自然な形を目指すため全体の調整を行う。その独自の方法が整形による違和感を無くし彼女を落としめようとするライバルたちを黙らせた。
元々演技力に定評があったひろ子は沢木すみれとして再スタートし一気にスターダムを駆け上がった。全てが順調だった。結婚、出産もした。しかし今は離婚し、子供とも離れて暮らしている。
「子供には正直悪かったと思ってる。でも私は結局自分が一番だったのよ。今だってね。後悔はしてないわ。マルボウさんには感謝してる。あのままなら私は死んでた。」
「また手術を受けようとは思わないんですか?」
「受けたいわよ。誰よりもね。でももう…私は手術をしてはもらえないわ。」
沢木さんは先生から二度の手術を受けた。そしてそのときにこれ以上はできないと言われたそうだ。
「もちろんアンチエイジングの注射くらいはやってるけど、手術はもうね…。これが私の才能の限界なんですって、これ以上やると自然なバランスを保てないって。」
自分の美の限界を受け入れることは彼女のような職業の人にとってどれほどのことだっただろうか。
「でも…あなたに会えてよかった。これがマルボウさんが目指した究極の美なのね。あなたを見せられたら私だって諦めが付くわ。それほどにあなたは美しい。」
「沢木さんは…今幸せですか?」
私は一番聞きたかったことを沢木さんにぶつけた。
「ええ。幸せよ。昔の私は卑屈なまま誰かを恨んで一生終えてたと思う。あなたの美には負けるけど私を愛してくれる人たちも大勢いる。彼らに出会えたのも全てマルボウさんのおかげ。今だって足を向けて寝られないわ。あ、ちなみにあなたの手術費用私が援助してるのよ。」
「え!?」
「マルボウさんはいいって言ったんだけど何でもいいから彼の力になりたかったから。」
沢木さんは先生を崇拝している。彼の行為はまぎれもなく彼女を幸せにした。美しいと言うだけで生きたいように生きられる。彼女はそれを私に教えてくれた。
「あなたの未来が楽しみだわ。究極の美女さん。」
「沢木さん…あなたは一つ勘違いしている。」
きょとんとする沢木さん、そうだ、ずっと気になっていた。違う、違うんです沢木さん。
「私はまだ手術の途中。これから新たな段階へ行くんです。これから究極の美女になるんです。」
一瞬だけ、沢木さんが怯えたのを感じた。しかし表情には出さず、彼女は私を見送った。
最期に一言だけ残して。
「怖いわね…。それ以上なんてものが存在するとしたら。」




