第三十二話 沢木ひろ子
沢木さんの部屋はまさにセレブのお部屋だった。大理石の玄関を抜けると広すぎるリビングにフカフカのソファ、どうやって中に入れたのか不思議になるくらいの大きすぎるテレビに寝室へ続く螺旋階段まである。
そして海と都会のシンボルである鉄塔を同時に見渡せるロケーション。先生のクリニックは自分のイメージを上げるための戦略的な物だったがこの部屋は自分の力を誇示するためのものだ。
彼女が私を連れてきたのはドレスルームだった。何百着というブランド物の服が立ち並ぶ。なんだかいい匂いまでする。
「こっちよ。」
案内された場所には試着時に使うのであろう大きな姿見。そこにはいつものTシャツにスカートの私と、細かな装飾が綺麗なジャケットに、見るだけで最高の手触りだとわかるロングスカートという恐らくはうん十万はするであろうコーデの沢木さん。
「どう?」
彼女は一言そう言った。
「どう…とは?」
間抜けに聞き返す私に沢木さんは呆れたようにそれでも正解を教えてくれる。
「この鏡の中が雑誌の1ページだったとして、あなたと私の服、どっちが売れると思う?
そんなこと考えるまでもない。
「………私のです。」
鏡の前に並ぶ二人の美女。私のシャツは980円の物だがとてもそうは見えない。変貌した私の体型がシャツを芸術的形に変貌させている。これを着ればこの人のようになれるのでは?そんな錯覚を与える。
それ以上に隣の沢木さんが私の美で霞んでいる。これでは勝負にならない。
「その通りよ。私が先生の手術を受けたのは10年以上も前だから…先生の進化には脱帽よ。」
疲れ切った顔で沢木さんはその場を離れた。
時間にして私たちが同じフレームに収まったのは数十秒だったと思う。けれどその中で彼女は私に勝負を挑み葛藤し、果てた。
その通りとは完全な敗北宣言だった。きっと彼女は確かめたかったのだ。自分と私の差を。同じ姿見に写ってしまえば逃げられない。彼女は私の隣に並ぶ資格すらないと気づき退いた。きっとこれが美の力の差なのだ。
「あの…」
どう声をかければいいのかわからない。何を言っても嫌味な気がする。それでも沈黙でいるのも辛かった。私は勝利が苦手らしい。
「何が聞きたいの?」
単刀直入な質問だ。そうだ。私は彼女に美女としての生き方を聞きに来たのだ。
「あの…私急激に見た目が変わって、周りの反応も変わって自分自身も変わっていくのがわかって、それがだんだん…怖くなって…。」
「…私にもそんな時期があったわ。」
沢木ひろ子が整形を決意したのは19の時だった。子役としてはそこそこのキャリアを誇っていたひろ子だが思春期になるにつれて徐々に仕事はなくなった。
同じように切磋琢磨してきた仲間がどんどん高みへ登っていく。一人だけ取り残され埋れていくのは彼女のプライドが許さなかった。けれども理解できることもある。彼女の美しさのピークは幼少期だったのだ。みんながどんどん綺麗になる中ひろ子は言ってしまえばどこにでもいるタイプ。
仲間たちと並んだ時それをはっきり自覚した。瞳の大きな若さ弾けるポニーテールの女の子。八重歯が魅力的なボーイッシュな女の子。おしとやかさが見た目にも現れている真っ黒なロングストレートが自慢の女の子。それぞれが自分の魅力に気づきその力を最大限引き出せるよう努力している。彼女たちといてはひろ子の姿は誰の記憶にも残らないだろう。
ありとあらゆる美容ケアをした。健康的な食生活も適度な運動も、嘘みたいなサプリメントだって飲んだ。それでもみんなとの差は縮まらない。マネージャーは最後通告をしてきた。
「そろそろいいんじゃない?」
クビ宣告だ。どうすることもできないとわかっていながらひろ子は号泣して一ヶ月だけ時間が欲しいと言った。
そしてひろ子は残された最後の手段、整形の選択をした。しかしその費用はとても彼女に払える物ではなかった。絶望の中帰路についた彼女を追いかけてくる人がいた。
「君、どうしても整形がしたいというなら、私が無料でしてもいい。」
それは悪魔の囁きだった。




