第三十一話 経験者
電車で30分、私は住み慣れた中核市を出て同じ県とは思えないほど栄えた大都市に足を踏み入れる。寄せ返す人波。少し人酔いしてしまう。何度来てもこの人の多さには慣れない。私の街にはいないレベルの美人も大勢いる。それでも私を見て振り返らない人はいない。私の力に気圧されない何人かの男寄ってきた?
「すみません、私こういう者なんですが…」
微かに見える大手芸能事務所の名前。ちゃんとした事務所の人はこうしてまず名刺を出すらしい。逆にちゃんとしてないところは「どこか事務所に入られてますか?」から始まり「いや美人だから手遅れかなと思って」「じゃあちょっとお話でも」という流れになることが多い。これは私調べだ。我ながらよく逃げ切っている。
私はスカウトを振り切り目的地を目指す。しかしなかなかしつこい。
「一目でビビッと来たんだ。君なら必ず一流になれる。僕にマネージメントさせて欲しい!!」
誠実そうな顔立ち、仕事への熱意、私を見極める眼、こういう人がモテるんだろうな。それでも私は彼を振り切る。まだ手術の途中、もしもマスコミにマルボウ先生が人体実験を行っているとでも書かれたら大事だ。
目的の場所はすぐに見つかった。大都会の駅すぐ傍のタワーマンション。まさしく塔だ。聳え立つという単語がよく似合う。
部屋番号を押すと明るい女性の声が聞こえた。
「春宮さなさんよね?先生から聞いてるわ。どうぞ。」
自動ドアを潜り抜け37階を目指す。驚いたことに20階以下と20階以上でエレベーターが別れている。きっと高いところの方がお値段もお高いのだろう。天上人はこんな所でも下界の人々を見下ろしているのか。私が卑屈な根性のまま天上へ向かうと、開いたエレベーターの向こうに見たことのある顔があった。
「はじめまして、沢木ひろ子よ。」
三十代後半のはずだが二十代にしか見えない若々しさ、美しい。
「いや!!沢木すみれさんですよね!?極楽平家物語見てました!!大ファンです!!」
そう、目の前にいるのは大女優、沢木すみれその人だった。若くしてその美貌と演技力で新人の女優賞を総ナメにし、女優として不動の地位を気づいた。今や大御所と言っても過言ではない女性。
代表作の極楽平家物語は源氏にやられた平家が、極楽に行くため地獄でも源氏と争う様子をコミカルかつ斬新な切り口で描いた傑作だ。
「沢木さん…整形してたんですね…。」
思わず口が滑ってしまった。まさか彼女も先生の作品だったとは…。
「…まぁね。別に隠してたわけじゃないけど…運良くなのか気づかれずにここまで来たわ。」
沢木さんは私を見るとすぐに目をそらす。少し戸惑っている様子だ。やはり失礼だったか。
「すみません、失礼でした。私本物の沢木さんを見て少しパニックになってしまって…。」
「え?あ…そうね、あ、いや気にしてないわ。」
どこか様子がおかしい。体調でも悪いのだろうか?ファンだからと言って握手をお願いできる空気でもなさそうだ。
「ごめんなさい、少し落ち着かせて。」
そういうと沢木さんは胸を押さえ深呼吸している。
「あの…もしかしてどこかお悪いんですか?日を改めた方がよろしいでしょうか?」
恐る恐る尋ねる私に沢木さんは首を振る。
「いえ、そういうわけじゃないの。ごめんなさいね。あなたがあまりにも…」
言いかけてまた深呼吸。
「美しすぎるから…。」
「そ、そんな、沢木さんの方が…。」
「いいえ、きちんと自覚しなさい。今のあなたは私のように美を糧として生活している者にとっては絶望するくらいの美しさよ。」




