第二十八話 世界有数の美女
四度目の手術が終わり包帯を取る。私はこの包帯を取るシュルシュルという音だけが響く時間が好きだった。しかし今回はいつものようには行かなかった。
ガシャンと大きな音がする。先生が何かを倒した?包帯で前が見えなかった私はそう思ったがそうではなかった。
「う……くっ…。」
先生の苦しそうな声を聞き自力で包帯を引き剥がす。
「先生!!」
「だ、大丈夫じゃ。少し疲れただけじゃ。」
倒れたのは先生自身だった。医療器具が辺りに散らばっている。明らかに顔色が悪い。すぐにスタッフを呼ぶ。
「さなちゃん…今回の手術では感情がより表情に乗りやすくなるようにした。」
「どやって!?」
この状況で母譲りのすばやいツッコミが開花したのか、いや、先生がいうのだから嘘ではないのだろう。
「君はこれで世界有数の美女となった。またここからは別世界じゃろう。そしてそれは君にとって今までほど楽しい世界ではないかもしれん。」
苦しそうに話す先生。鏡を見る。そこに映る私は明らかに美の力が増している。見た目以上にオーラと言うかなにか近寄りがたい雰囲気を醸し出している気がする。最早地味女の面影はない。
送迎を断り街を歩く。先生はストレッチャーに乗せられ運ばれていったが本当にただの過労らしい。命に別状はなく数日で回復するだろうとのこと。それほど私の手術は大変なものらしい。当然だ。
一度目や二度目の手術を踏まえその影響を考えつつ新たな処置を施すのだ。しかも先生たった一人で。簡単なわけがない。それでもやり遂げたい夢がある。ならば私にできるのはこの身を捧げることだけ。
町並みが徐々に都市の色を帯びてゆく。時間も夕焼けの美しい時間。周りを歩く人々が私を見ているのがわかる。この視線は…なんだろう。今まで感じたことのない。じっとりとなめつけるような視線。そうか、これは奇異の視線だ。
考えてみれば世界有数ということは隣をハリウッド女優が歩いているようなもの。奇異な目で見られても仕方ない。
そんな事を考えていたせいだろうか。トンとお年寄りにぶつかってしまった。
「あ、すみません、考え事をしていて…。」
謝ろうとすると老婦人は放心状態になっている。そのまま片方の目から一筋の涙が流れた。
「貴方様のような方が私なぞにお声をかけてくださるとは…。ありがたや…。」
老婦人は手を合わせ私を拝んでいる。すると周りで見ていた年配の方々が同じ様に手を合わせる。若者は見惚れているのか放心状態のままだ。
…これは最早世界的とかいうレベルじゃないのでは…。
急いで家に帰る。状況を理解しているはずの両親も今までと少し反応が違う。
「あんた、なんか…なんて言ったらいいのか…もう私の娘じゃないみたい。」
「ちょっと何いってるの?」
今はそんな冗談聞きたくない。
「声も変わったのね…ていうかあなた…本当にさなよね?」
背筋が寒くなる。私とはなんだ?
外見から声まで変わり、内面も大きく変わった。それはもはや私ではないのか?私の面影が残っているのは私のこの心だけ。親ですらそれを疑うなんて…
慌てて父を探す。残業嫌いの父はすでに家に戻っているはずだ。狭い家では探すまでもない。父はいつものように居間で新聞を眺めている。
「た、ただいま…。」
「………おかえり。」
かなり間があった。父も私を私と認識できなかったのだろうか?
「どうかな?変わった?」
「そうだね…。見た目よりも雰囲気というか、すごいね、あの先生は。」
父はすぐに視線をそらし新聞に戻す。
「ちょっと…ちゃんと見てよ。」
しかし父は寡黙モードに入りもう私を見ようとしない。母ももう興味を失ったのかいつものただ炒めるだけの濃い味付けの料理に戻ったようだ。なぜだろう…。私は世界的美女になったはずなのに。これが美の次の段階なのだろうか。




