第二十七話 日本有数の美女のけじめ
「どうだね?日本有数の美女の日常は?」
初めて手術をした時の不敵な笑みとは違う。先生はどうやら急激な変化を迎えた私の日常を心配しているようだ。
「いつまで経っても宮下くんと付き合えないのはなぜでしょう?」
だから私はふざける。先生に心配をかけたくはない。
「クラスの男子かい?何を言うかと思えば…。そんな何処にでもいるようなクラスメイト気にかけることもあるまい。アイドルや俳優、スポーツ選手、すべての男がいずれ君の前に跪くことになるのだぞ。」
綺麗になった自覚はある。モテるようになったのもわかっている。けれど未だ交際経験のない私はそういったことを明確にイメージできない。イケてる女子たちはいつもそんな話ばかりだ。
私にもしきりにいろんな男性を紹介しようとしてくる。幸せそうなカップルを見ると羨ましくもなる。けれど今の私は警戒心のほうが強い。知らない男なんて何をするかわからないというモテない女特有の考え方が身に染みてしまっている。
以前考えた悪い男に騙され二人の子供ができるという未来。相手が芸能人という可能性は考えていなかった。その場合どうなるのだろう?相手もお金を持っているはずだから私の負担は減るのだろうか?けれどイメージで言えば芸能人なんて遊んでいるだろうしいくら究極の美女だとしても一人では満足しない気がする。なにせ芸能人なのだ。浮気や不倫のニュースは毎日の様にあるしそれによって仕事がなくなったりもしている。そして離婚…どうやら想定とあまり変わらなそうだ。
今まであえて避けてきたがそれが宮下くんだった場合はどうなのだろう?宮下くんは優しいし浮気なんてしない…というのは言い過ぎか。正直そこまで宮下くんのことを深く知らない。そうなると捨てられる可能性も否定はできない…か?
いやしかしだからといって私がアイドルと…?
そりゃあ地味な女子高生としては好きなアイドルの一人くらいいる。大手アイドル事務所の6人組グループに所属するレンくんだ。
レンくんはサラサラヘアーにさわやか笑顔を武器にグループの端っこで頑張っている。私の性格上なのかど真ん中センターの方には惹かれない。私以外の人がたくさん応援してくれるんだからいいでしょ、とどこかで思っているのかもしれない。
もしレンくんと結婚した場合…。ファンに殺されるんじゃないか私は…?究極の美女なら仕方ないと思ってくれるかな?いやいやいや、傲慢、傲慢だ。いくら見た目が良くなったって私には他にモテる要素がないのだからそんな風にはならないだろう。もしレンくんに話しかけられたりしたらまともに応対できる自信はない。
「ひゃ、ひゃい!!」
なぁんて上ずった裏声で汗だくになってるのがオチだ。ないない。アイドルはない。
「芸能人でもアイドルでもなんてそれこそ傲慢ですよ先生。」
「おっとこれは一本取られたな。」
「今日は先生にお渡しするものがあるんです。」
私は懐から封筒を取り出す。中には一枚の紙切れ。3億円の小切手だ。
「これ、お返しします。 」
驚いた顔をする先生。それはそうだろう。どこにもらった3億円を返すバカがいるんだ。でもこれは考えに考えた私の答え。受け取れない。こんな大金。どんな未来が来ても先生の責任じゃない。私の責任だと気づいたのだ。だから返したい。それが私のけじめ。
「先生、私は自分が地味であることに何の疑問も持っていませんでした。むしろ地味なおかげで無駄な争いに巻き込まれずにすむ。大きな喜びもないけれど悲しみもない。それが一つの幸せなんだと信じていました。
けれど今は違う。それは間違いだったと思っています。以前の私は結局すべてを諦めて努力をしなかっただけ。ただの逃げです。今の私には毎日いろんなことがあります。男性からの告白もあれば女子のやっかみもあります。街へ出ればスカウトされることもあるし、買い物をおまけしてもらえることもあります。
初めて痴漢にも会いましたし、すれ違う人たちの視線が胸を見ているのもわかります。SNSに写真をあげれば数十万人からいいねがもらえるし、ぶりっ子だとか合成だとか言ってくるアンチだって大勢います。
つまりその、何が言いたいかと言うといいことも悪いことも含めて人生なんだなと感じました。後ろを振り返った時に真っ白でなにもない人生は決して幸せとは言えません。そんなの人形と同じです。いろんな事が起きてそれと向き合って努力して乗り越えて成長していく。それが人の正しい生き方、人の幸せなんだと思います。
本来そうあるべきなのに私は努力せず先生に力を頂きました。皆が興味を持ち私と関わりたくなるようなとてつもない力です。私は今幸せです。前のちゃんと生きていなかった頃の私よりずっと。
だからこのお金は頂きすぎなんです。これ以上頂いては罰が当たります。」
先生はしばらく真っ黒なコーヒーを見つめ、何を話すべきか考えているようだった。
「君の考えはよぉくわかった。うん。素晴らしい。君が前向きに人生を生きようと思えた事、そしてその手助けができたこと嬉しく思う。けれどそのお金は受け取れない。」
「なぜですか?正当な報酬、契約だからですか?お金はこうしてクリニックに通う度に報酬を頂いています。私にはそれで十分です。私が先生にできるお礼なんて他に何も考えつかなくて…。」
「ありがとう。君の気持ち、本当に嬉しく思う。手術を受けてくれたのが君で本当に良かった。
そのお金は私にも考えがあっての事なんだ。いずれ君に必要になる。そう考えている。だからどうしても返したいというのなら全てが終わってからもう一度考えてにしてくれたまえ。私は君が今まで通り素直に手術を受けてくれることが何よりの幸せだよ。」
先生は優しく微笑むと席を立った。考えとはなんだろう。
言葉通りに受け取るならすべての手術が終わった後に私はお金が必要な状態になる?どうして?
美人になって気づいたことがある。今の私くらいの美人になるとお金を稼ぐのは簡単だ。SNSでなにかの宣伝をしてほしいという依頼だって来ているし、ユーチューバーだって美人というだけで再生回数を稼げるだろう。それが究極の美女になった後ならなおさらだ。
私は楽観的になってしまったのだろうか?だとすれば先生が慎重でいてくれることはありがたくもある。どのみち今の私に先生を疑うことはできない。だからきっとこのお金は必要になるのだ。どんな用途になるのかはわからないが、どうやら子どもたちに残してあげることはできないようだ。




