第一話 現れた老人
「ついに見つけた…」
しわがれたその声がまさか自分に向けられているとは思いもしなかった。その日も私はいつもと変わらない平和で何事もない学校生活を終え帰路につき、さて家でおやつの豆大福でもつまもうかと思っていた矢先の老人接触である。
老人は先程の言葉をささやくと、すれ違った私の肩を掴み強引に振り向かせた。
老人の顔は緊張、興奮、驚きの交じったなんとも言えないこわばったものだった。
「君こそ私の求めていた女性だ!!」
その言葉は力強い。70歳を越えたくらいだろうか、頭頂部は完全にハゲ上がり側頭部にわずかに残った白い毛髪が数の少なさを補うかのようにうねり膨らみを出している。
「……。」
モテないとは思っていたがまさか半世紀以上年上から告白されるとは…バレたら即いじめ確定だ。できることなら聞かなかったことにしてこのまま通り過ぎたい…。だがしっかり肩を捕まれ目が合ってしまっている以上逃げ切るのも難しい。
私が反応に困っていると老人は冷静さを取り戻したのか申し訳ないと数度頭を下げハゲ頭を私に主張すると、懐から名刺を取り出した。
「美容…整形外科?」
名刺には丸田美容クリニック院長、丸田坊市とある。私が不思議そうに見ていると老人は静かに口を開いた。
「美容整形に興味はあるかい?」
正直まったく興味がないわけではない。女性なら誰しも一度は考えたことがあるだろう。だからと言って実際にするかどうかは別だ。そもそもなぜ老人は私にそんな話をするのだろう。
「なにかの勧誘かなにかですか?ああいうのってすごくお高いですよね?私はお金もないですし興味もないです。他の人を当たってください。」
冷たく言い放ち自宅への歩みを進める。
「ま、待ってくれ…!!君に…頼みたいことがあるんだ!!」
老人の声は何処か悲しみを帯びていて私の中にも迷いを生んだが、見知らぬ老人に肩を掴まれた恐怖のほうが圧倒的に勝っていた。
そのまま振り返ることなく自宅へ戻った私はすぐに父と母に先程の老人の話をした。父は気をつけなさいと一言言うだけですぐに新聞に視線を戻し、母は野菜を切る包丁を持ったまま肩を組んできた。
「なになに?おもしろそうじゃん?今度あたしにも会わせなさいよ。」
私は明らかに父似なんだと思う。派手なことが好きな母が無口で地味な父と結婚したことは我が家の永遠の謎だ。母はその奇抜というか派手好きな性格のせいであちこちで揉め事を起こしては父が謝りに行くというのが我が家の日常なのだ。
感情を表に出さず言葉にも表さないということはそれだけで敵対者を減らすことにつながる。それを私は父から学んだ。もちろんそれでも反発する者はいるだろう。しかし感情を表に出さない者への反発には相手も感情を出しづらい。結果的に諍いを避けられる。
重ねていうが私はあの粕屋さんのような状況には耐えられないのだ。




