ただ事ではござらぬ
大きな鳥が、遥か上空を悠然と飛んでいた。
白い。翼や胴など大半が、白。首や尻尾など、一部のみが黒い。
(ツル……やろか)
前世におけるジャンボ旅客機のような貫禄、存在感がある。あたかもパワー任せで物理法則に逆らい飛んでいる……といった、圧倒的イメージである。
(ツルって、優雅に軽やかに飛ぶイメージやってんけど。なんか全然ちゃうねんなあ)
実物を見たことの無いオレは、ただただ感心した。
頭は小さく、しかし嘴も首も長く、そして足も長い。何より翼が長くて広い。優雅と言えなくもないが、むしろ豪快さを感じさせられる。
その大きな鳥は、大きな翼を広げたまま、何度か旋回しつつ瞬く間にオレの目前へと舞い降りた。
(デカっ! 一メートル以上あるやんけ)
思った以上のサイズ感に驚いていると、それは一瞬にして、楚々とした若い女性の姿へと変化した。
(……!?)
なんやねん夢やないかい、とここで気付く。
彼女はゆったりとした足取りで、こちらに近付いて来た。
(お鶴っ!!)
そう。
あの、いまだ忘れることの出来ない、懐かしき彼女の姿だった。
一気に、こみ上げて来るものがあった。言葉も無く、オレはお鶴としばし熱い抱擁を交わす。
――八郎様。
小さく喘ぎつつ、オレの名を呟く、お鶴。
「お鶴……」
互いの唇を重ねる。
お鶴の、熱い想いを感じた気がした。夢だと解っているのに。……
「八郎様。時が来ました。充分にお気をつけ下さいまし」
(……ん!?)
そこであっさり、目が覚めた。――
勿体ない。もっとじっくり、夢を味わいたかった。お鶴を味わいたかった。
オレは今の境遇に満足している。
人生イージーモードでいけるやんけ、と思った割に、何かと慌ただしい。とはいえ今こうして、瀬戸内の海がよく見える高台の館にて、色気ダダ漏れ症候群(要治療)の美女とイチャつきつつ過ごすことが出来ている。
まあつまり、日々、物凄く充実していると言うべきか。不満など無い。
……なんだけど、京暮らしを捨てざるを得なかった点は、やはり心残りである。
思えば、少納言信西に目をつけられるまでは、何もかも順調だった。周囲の評価も高まり、ビジネスも軌道に乗っていた。それらを全て捨て、今、この備後国尾道に居る。
何より、円空という得難い師匠との別れが、心残りだ。そしてその養女である、お鶴との別れ。……
(未練は捨てたつもりやったけど、やっぱ一度思い出すとアカンわ)
改めて、その未練を捨てるかのように気合を入れ、目を開けた。
途端、障子越しに射す日差しが眼に入る。
「おおっ。もう夜が明けたか」
慌てて飛び起き、手拭いを掴んで井戸端へ行くと、素っ裸になって頭から水をかぶり身ぎれいにした。
そして座敷へと移動する。そこではちょっとした騒ぎが興っていた。
数人が、
――ツルを見た。
と言うのである。
「はあ!?」
「いや、夢の話でござる」
「なんだ、夢の話か……。いやいや、オレも見たぞ」
「おお。為朝様もでござるか!!」
「なんか、ツルが飛んでいてオレの目前に舞い降りて、それがお鶴に化けた」
「お鶴……。それは為朝様の情婦の?」
「イロ言うな! イロちゃうわい」
「おおっ、失敬っ」
そこへ正通さんやおまささんがやって来た。騒ぎを聞くなり、
「儂も見た!」
「わたくしもツルの夢を見ましたわ!」
と言い出す。
おいおい。
他にもオレの郎党達が数名。正通さんの郎党にも一人二人。
――見たような気がするが、目が覚めたら忘れてしもうて定かではない。
と言い出す者もいた。
「為朝様、これは……」
真面目な重季さんが、真剣な表情である。
「ツルが目の前に舞い降りてきたかと思えば、それがおなごに変化し、『時が来た。八郎様のお導きに従い動かれよ』と申しておられた。もしやあれが、為朝様のお鶴殿でござるか?」
だそうである。
「うむ」
正通さんも頷く。
「ツルが上空を舞いながら、『時は来た。為朝殿の導きに従え』と」
「わたくしもですわ」
――そうじゃそうじゃ。同じ夢じゃ。
と数人が声を上げる。
う~む……。
(これはいわゆる、前世で言われていた“予知夢”というヤツか)
「為朝殿。これは、ただ事ではござらぬ」
「そういう気がしますな。オレひとりならばともかく、これだけ多くの者が同じ夢を見たとなると」
「うむ」
考えられるのは、安芸平氏勢の襲来だろう。
既に稲の刈入れも終わり、数日といった頃合いである。
隣国安芸もやはり刈入れの忙しい時期を乗り切り、いよいよ軍事行動に打って出られる時期だろう。まさに、危ないと予想していたタイミングである。
オレと正通さんは顔を見合わせ、そして互いに頷いた。
「皆、聞け! 急いでメシを食え。食い終われば即座に動くぞ。いくさじゃ!」
――おおうっ!!
座敷中に、地響きの如き歓声が沸き起こった。
わらわらと下女が入ってきて、たちまち朝飯の支度が始まった。そしていつもより騒がしくも慌ただしい、メシの時間となる。
「ところで為朝様?」
傍らのおまささん――いつの間にやらオレの隣が定位置に――が、にこやかな笑みと共にオレに問いかけた。ただしその眼は笑っていない。
「お鶴殿とおっしゃるおなごは、どなたでございましょう?」
ちょっ!
なんかバレとるやんけ!!(滝汗)




