復活の狼煙を上げるぞーーっ!!
程なく下女が戻ってきて、おまささんに紙を手渡す。昨夕、オレが書かせた、
――商いの心得
である。
オレはそれを正通さんに渡すよう、おまささんに促した。
「うむ……」
しばらくその、ペラ一枚のメモを眺めた正通さんは、すぐに顔を上げ無言でオレに解説を促す。
「そうですね……。そこに書き忘れましたが、商いの本質とは要するに、ヒト、ゼニ、モノ、情報を動かす行為です。これはいくさにも通じます」
オレは、前世であれば高校生でも知っているような、初歩のビジネス理論を説いた。
「それがしは、先程これなる重季が申した通り、最初は館の前に見世を構え、イノシシやシカの肉を売りました。ただの獣肉ですが、よう売れましたよ。そこに“情報”があったからです」
「情報?」
「“噂”です。京中で『河内源氏の八郎という男が、何やらスゴい』という噂が流れておりましたから、それが見世を開いたということで、ヒトが集まり、ゼニが動きました」
「ふむ……」
「そこで掃除具や、件のシャベルにツルハシを次々と投じたら、また噂――情報――が巡り、ヒトが集まりゼニが動きました。これが“商い”です」
「……」
「ヒト、ゼニ、モノ――つまり売る品――そして情報の四つを、全て意図的に動かす。これは兵法でも同じこと」
正通さんは、解るようで解らないといった表情である。
そう。賢い人には、まず本質的核心的な話をする。その上で、想像し易い具体例を与えれば、上手く理解してくれるものだ。……まあ、逆でもええねんけど。
「例えば、美人のおまささんが着飾って、館近くを歩く。人目を惹くでしょう。すぐに“あの簪が欲しい”であるとか“あの、腕に巻いている飾りが欲しい”と噂になるでしょう。噂――すなわち情報――が動きます」
で、見世に同じモノ――簪や飾り――を並べればどうか。そこに商いが生じる。
ただ、見世に商品を並べるだけではダメだ。情報の流れが生じなければヒトの動きは起きない。だがヒトが動けばゼニが動く。
「かつ、そこに“憧れ”という要素を加えれば、情報の動きに拍車がかかる。さらにゼニの動きも倍増する」
オレは、昨晩おまささんに語った話を正通さんにも披露した。商標――ブランド――の効果と、装丁一つで商品価値を上げる効果。噂を流す手段、等々。
「なるほど」
しばらく、メシを食うのも忘れてオレの話に聞き入っていた正通さん。
やがて顔を上げ、
「為朝殿。なるほどよう解り申した。いや、儂なぞ商いは全くわからぬと思うておったが、為朝殿の講釈を聴いた今、なにやら儂にも出来るような気がしてきましたぞ。わはははは」
そういう事か、としきりに頷いた。
(良かった。多少とも理解してくれたか)
オレはほっと胸を撫で下ろし、盃を一気に飲み干す。
「いくさの件が片付けば、それがしが去年やった事を実際にお見せしましょう」
「それは是非、頼み申す」
オレに向かい深々と頭を下げる、正通さん。
「お父上。その商いとやらを、わたくしにも手伝わせて下さいまし」
と、傍らのおまささん。
「昨夕、為朝様から色々とお話を伺い、大層興味を抱きました」
「うむ……」
「良い事だと思います。商いは、おなごの感性も大事です。見世に並べる品々のデザ……意匠、並べ方、装丁。それにおまささんならば、広告塔にも適任でしょうな」
「「広告塔?」」
「説明が難しいので、それもまたおいおいと」
どうせ大々的にビジネス展開せざるを得ないのだ。おまささんだけでなく、男女数名のプロジェクトとして稼働させることを提案する。
「そうじゃ。なるべく大勢でやるぞ。……うむ、いずれは京にも見世を構える気で」
「そうです。いくさが片付けば、少しずつ準備を整えましょう。冬の間は我らも加勢します」
「頼み申す。……よしっ。皆、聞けっ! 尾道橘家は、これより復活の狼煙を上げるぞーーっ!!」
――おおうっ!!
座敷中から咆哮の如き歓声が上がった。オレの郎党達も、良い笑顔で手を叩いている。
「ところで」
と、正通さん。
「この字は、我が娘まさのものでござろう?」
「はい。それがしは字が下手ゆえ、おまさ殿に書いてもらいましたが」
「なにゆえ、斯様にヨレヨレの……」
「いやっ!」
小さく呟き、顔を紅く染める、おまささんであった。勿論相変わらずSA値急上昇。
「あ、そうか」
何かを察する正通さんに、オレは、
「世の中、不思議な事も、あるものでございますな」
……とか何とか、ボソボソと言いながら誤魔化すしか無かった。
所変わって、安芸国はとある港町。――
「はあ。八郎為朝様は、当地でもまだ見かけておらぬ、と?」
「いかにも」
「デカい馬に乗った、見上げる程大きな若いお侍と聞いております」
「うむ。見とらんし、そのような噂も聞いとらん」
「はあ……」
一人の少年ががっくりと肩を落としていた。
(おがしいなあ。もはや、八郎為朝様一行さ追いづいでもおがしくねども)
陸路を移動したのではないのか。大勢が山陽道を移動するとなれば、どこかで追い抜いて先を行く、ということもあるまい。道はほぼ限られているのだ。
「まさか、海路を……!?」
であれば、一行は既に九州入りしているかもしれない。
「仕方ない。どうせ九州へ向かう覚悟で来たんだ。どこまでも追いかけるしかあるまい」
少年は改めて背筋を伸ばし、膝を僅かに落として前へと歩き出した。
(どうして、まだ合流出来ぬ? まさが源氏の御曹司ぁ、今頃どごだがでのうのうど、おなごど乳繰り合ってらったりして)
正解。




