二千円そこらやないかい!
当・尾道でビジネスを展開する上で、ひとつ、大きなメリットがある。
お隣の安芸に、大勢の唐人(外国人)が出入りしている。前世において、学校の教科書では、
――日宋貿易
と教わった。
そのお陰で、当地でも“宋銭”をはじめとする貨幣が結構流通しているのである。
ちなみに我が国では、もっと古い時代に貨幣を鋳造し発行していた。
――皇朝十二銭
という。だが後半の硬貨は質が悪く評判が下がり、当世より二〇〇年ばかし前の“乾元大宝”を最後に貨幣の発行が止まった。
前世でフツーに貨幣経済に慣れ親しんだオレとしては、ヒジョーに面倒だと感じる。馬探しの旅に出た時、それを痛感した。
なにしろ、旅をするのに米とか砂金を持って行くのだ。砂金はともかく、米は結構重い。米を運ぶために、わざわざ下男を伴うのである。
今また九州へ移動するにあたり、思い切って荷駄車を導入したので、下男の数を減らせたのだが。
移動する人が増えれば、その分荷が増える。米なんぞ持参すれば、下男を増やすことになる。で、下男が増えるとさらに荷が増える。悪循環ではないか。だからこそ大枚はたいて荷駄車を開発、導入せざるを得なかった。なにも、鎧兜を運搬するためだけの話ではない。
さらに言うと、米や砂金をどれだけ相手に渡すかで、ちょいちょいモメる。
(そりゃまあ、ビジネスをやるなら、その辺がマイナスだよなあ)
前世、学校で教わった事ではある。サラっと教わるだけだから大して気にもしていなかったが、実際に自分で過去を体験しつつある中、一つひとつが腑に落ちる。
当・尾道の場合、そこに大きなアドバンテージがあると想像するのだ。例えば港で各種のサービスを提供するにあたり、
――リアカー貸し出し、◯銭。保証金◯銭。
――台車貸し出し、◯銭。保証金◯銭。
――茶菓子セット、◯銭。
――宿代一人一泊、◯銭。
といった具合に、値付けとやり取りが簡単に出来るのだ。
まあ、“米◯合”“金◯分”と設定出来ないわけではないが、貨幣利用の方が圧倒的にラクだろう。
とはいえ、貨幣も“ビタ銭”という、いわゆるボロい硬貨がちょくちょく混じっており、これをどう扱うかでモメるわけだが。……
「というわけで、ここ尾道は大いに商いの手を広げる条件が、諸々揃っていると感じるのです。京への商品出荷も、難しくない距離にある」
「ふむ……」
正通さんも藤太さんも、周囲に居たオレの郎党達も、皆、唸りつつ考え込んだ。
あ、重澄さんなどは、
――儂ぁ、難しゅうてよう解らん。
といった顔をしているが。
「ふむ、なるほど。……やはり為朝殿は噂通り……いや噂以上の知恵者じゃ。我らと何かが違う」
「左様……。主殿の仰せの通り、為朝殿を探し出しお力を借りたのは、正解でござった」
「どこが、我らと異なるのか。目の付けどころが、何やら根本的に異なる」
正通さんと藤太さんが、頷いたり首を捻ったりしている。
「為朝様が、京にて見世を構えたのは、去年のこと……まだ元服前でござった」
いきなり重季さんが、会話に割り込んで来た。珍しい。
「最初は御自ら狩りで仕留めた、イノシシやシカの肉を並べて売り始め申した。次が……御自ら考案された、掃除具でござった」
「ほう」
「館の下男下女に与えたところ、評判が良かったので、見世に並べたのでござる。これが、飛ぶように売れた。売れると当然、数が要るようになり申す」
「うむ」
「すると為朝様は、年端もいかぬわらべ共を集め、その掃除具を作らせたのです」
「童に!? 童には、掃除具など作れぬであろうに」
「左様。されど為朝様は、それぞれ木を削る者、藁を編む者、木に藁を巻く者、それを縛りつける者……といった按配に作業を割り振り申した」
「?」
「つまり、童一人一人の技術など、大して要らぬのです。皆、単純な一つの作業をずっと続けるだけ。柄を削るだけの者、先っぽを削るだけの者、柄と先っぽを組み立てるだけの者。藁を編むだけの者……。気が付けば、同じ品が大量に出来上がっており申す」
「ほう!!」
「かくの如く、驚くべきやり方を考案された。くどいようでござるが、為朝様元服前の話でござるぞ」
大切な事ゆえ二度申し上げた、と重季さんはドヤ顔で言う。
「荷駄車も同じ事でござる。泉州堺にて鍛冶師、大工、革細工師を集め、意見を聞きつつどう造るか話をまとめ、地金や釘、炭の手配まで済ませて二〇台の荷駄車を作らせ申した」
そう力説する重季さんに、オレは苦笑するしかない。
タネを明かせば、オレって実は一九歳なんやけどな。前世の知識の蓄積があるからであって、何もスゴい事はやってへんねんけど。……
日も傾き始めた頃、本日の作業を終了した。
一時雇用者達に、米とダイコンを配って帰す。
いやもう、当世の人件費は安い。オレはそこにも驚かされた。
なにしろ、米一升にダイコンの一本も付けて渡すだけで、大の男を丸一日雇えるんやで。それで皆、喜んで帰っていくんやぞ。
平成令和の世であれば、二千円そこらやないかい!
風呂を済ませると、普段のように、皆座敷に集まって夕飯である。
「おまささん、昨夜のあれを……」
そう言うと、傍らのおまささんがちょっと顔を赤らめた後、手を打って下女を呼び何かを告げた。




