敵方にとっても絶好の攻め時
「大声で触れ回るのではなく、密かに伝えて回れ」
正通さんの下知で、早々にメシを食い終わった郎党から順に、座敷を抜けた。
この館に住む郎党は、五〇弱。
他にも、館のある高台周囲に屋敷を構えて住む郎党が、五〇以上居る。それらに出陣を伝えて回るのである。
「さて、我らも動くぞ」
オレも郎党達に下知すると、庭に出た。
既に、義勇兵連中も揃っている。
「今日は竹槍訓練ではない。いよいよいくさだ。皆、気を引き締めろ」
そう声をかけ、彼らに作業の段取りを説明する。
まず、荷駄車一六台を高台の下に、すべて人力で下げた。下りは館の高台から下に下りる斜面だけである。あとは防御地点と定めた場所まで、海岸線沿いの平坦な道が続く。
高台下に並べた荷駄車のうち一台に、竹槍などの武器を積み込んだ。四台には、竹垣などの資材を積み込む。
「急げ。ただし、怪我せぬよう慎重にやれ」
皆、手分けして館から高台下へと物資を持ち出すうち、正通さんの郎党達が三々五々、鎧兜の騎馬姿で集まり始めた。
(うわ、スゲえ。実物はなかなか勇壮やな)
誰もが気合充分で、迫力がある。ただ一人一人の顔つきを見る限り、オレの郎党達の方が強そうではあるが。
「主殿。揃いましてござる」
「左様か。……では為朝殿。後を頼みます」
そう言って正通さんは、
「では、いくぞっ!!」
と、太刀を掲げ手を振り上げると、
「「「おおっ!!」」」
皆が咆哮の如き声を上げ、一斉に駆け出した。先発部隊である。
先頭を行く正通さんのすぐ後ろには、正通さんの息子さん二人が、きっちり鎧兜を着込んで付き従っている。そのすぐ後ろに、藤太さん達が続く。
嫌が応でも高まるボルテージ。
何しろこれが、本格的な初陣である。先般、盗賊をちょろっと蹴散らした時とは、さすがにレベルが違う。
だが一方で、
(何事も、経験……)
とばかり、オレの身の内に冷静なオレが居る。
「義勇兵は、積み込み作業が終わったら、残りの荷駄車に四人ずつ乗れ。我らもそろそろ支度を始めるぞ。具足を付けろ」
慌ただしく準備をしているうちに、おまささんが大勢の下男、下女を引き連れ高台を下りてきた。大量の握り飯を餅箱――蓋付きの引き出しのような、大きな容れ物――に並べ、運ばせている。
今日はオレの郎党五〇人、正通さんの郎党一〇〇人、それに義勇兵四〇人が動く。二〇〇近い人数の握り飯、二食分。スゴい量である。
下女達は朝飯の給仕を済ませると大急ぎで大量の飯を炊き、下男達も加わり総出で千個以上の握り飯を作った。
(スゲえな。たった二〇〇人規模の出陣でも、裏方まで大忙しやわ)
ひと足早い、戦場のような騒ぎだった。
ふと、おまささんの手に目が行った。手のひらが真っ赤になっている。下女達もそうだ。熱い米を次々と握って、大変な作業だっただろう。
これぞ実戦、と痛感する。
「あかん。荷駄車が足らへん。……おい、荷駄車をあと一台持って来い。あと、馬ももう一頭借りろ」
慌てて指示を出す。考えてみれば、米を炊けば水を吸って重量が増す。握り飯千個以上ともなれば、総重量は一五〇kg程か。そこに餅箱の重量も加わる。荷駄車一台では足りない。二台必要だろう。
(これぞ、兵站……)
“孫子”の記述を思い出す。
古代中国では、いくさと言えば長距離移動をともなう。当然、古くから兵站という概念が発達した。だが我が国では、近場の小競り合いレベルのいくさがほとんどで、その概念が薄い。飯も、わずか二食分の握り飯さえ馬鹿に出来ない。
師匠・円空は、それこそ僧侶ゆえ専門外ということもあり、
――我が国ではさほど、気を使わずとも良うございましょう。
などと言っていたが、どうだろう。歩兵の移動ひとつ取っても、車を使った方が早いではないか。
(うん。これは後日の課題やな)
ともあれ、全ての支度が整った。
おまささんがオレに歩み寄り、
「怪我などなさらぬよう、くれぐれもお気をつけ下さい。父を、そして橘の一同をお守り下さいますよう」
と、出陣の挨拶の声をかけてくれた。
「ありがとう。……すべて見込み通りにカタがつけば、明日の夜明け前までに戻る。戻らぬ場合は、敵が今夜攻めて来なかったと判断してくれ。その場合は、済まぬが先程同様、握り飯の準備を頼む。誰ぞ寄越して受け取りに来る」
「承知致しました。安芸勢を見事蹴散らし、皆様無事に戻られますようお祈り申し上げます。何卒、ご無事で……」
「わかった」
では、とオレは郎党達に顔を向け、
「さあ、我らも行くぞっ!!」
と下知。
皆、先程の先発部隊に負けない咆哮を上げ、騎馬五〇騎と荷駄車一七台が一斉に駆け出した。それをおまささん以下下男下女達が、頭を下げ見送ってくれた。
オレが今回選択した馬は、シルビアである。
(いくさならば、気の強いアヴェンタドールか?)
と思ったが、今回は隠密行動なので、気性の荒さがマイナスに働きそうな気がして避けた。マイバッハでも良いかと考えたが、
(名馬か駄馬かを見極めるのに、丁度良い機会かも)
と、シルビアの手綱を握っている。
シルビアは先発部隊が大声を上げ、怒涛の如く出撃した際も、そして今も、どこ吹く風といった塩梅で全く平然としている。先頭を駆ける足取りも軽やかで、反応も悪くない。
一行は刈入れの終わったばかりの田んぼ道を抜け、すぐに海岸線へと出た。急がず、程よい速度で進む。
港は相変わらずの賑わいで、大勢の人夫達が荷運びを行っている。誰もが、
――何事ぞ?
と怪訝そうな顔を向ける中、その傍らを一行は荷駄車をガタガタいわせつつ、ゆるゆると駆け抜ける。
秋晴れの海は穏やかで、昼前の日差しも暖かい。
「これならば夜間も、さほど冷え込むことはないでしょう」
ひょうタロさんが言う。
「そうだな。……ということは、敵方にとっても絶好の攻め時ということになる」
「左様でござる。読みが当たれば、今夜中に全てが片付くでしょうな」
「ああ。そうあって欲しい。長引くのは面倒だ」
別働隊と、途中で別れた。正通さんの郎党二人にオレの郎党八人の、計一〇騎である。
そちらは、いわば保険である。細い山路伝いに敵の別働隊が攻めてきて、背後を突かれる可能性があるため、その対策として配備する。
まあ、よしタロさん曰く、
――山からは来ぬでしょう。
とのこと。来たとしても、狭い山路ゆえ大軍は通れぬ、と。
その上、山中の細径のあちこちにツタを張り巡らせたため、もし少数の進軍があったとしても決戦には間に合わぬ、とオレの案に太鼓判を押す。そのよしタロさんに、別働隊に加わるオレの郎党達を任せている。
つまり、そちらの対策は万全と言える。別働隊一〇騎は藪に隠れて夜を過ごし、すんなり引き上げるだけとなるだろう。
いつもお読み頂き、ありがとうございます。
執筆が思うように進まず、やむを得ず一旦休載します。
再開はまた後日、アナウンスします。
申し訳ありません。




