刈入れは六日後辺り
正通さんは、朝早くから郎党達に色々と下知していた。
元々優秀な人だ。覚醒するなり、人が変わったかのようにビシバシと働いている。
オレはオレで、朝から用事がある。愛馬アヴェンタドールに乗り、郎党を数人連れて外へ飛び出した。
行き先は鍛冶師の下である。
「ほれ、この通りでございます」
四台の荷駄車の修理が完了していた。オレは礼を言ってゼニを払った。
「太刀は、もう数日お待ち下され」
「おお。そっちは急がぬ。橘正通殿のお館で、冬を越させて頂くことになった。時間はあるから名刀を頼む」
相変わらず鼻息の荒いアヴェンタドールを宥めると、次はもう一つ隣の鍛冶師を訪ねる。
「これはこれは源氏の御大将殿。出来ておりますぞ」
リアカーと、小荷物運搬用の台車である。
最初に尾道の港を見た時、気付いた。これだけ荷が集まり大勢の人夫が働いているならば、リアカーや台車が売れる筈だ、と。
そこで先日、鍛冶師や大工を集めて設計を検討し、試作品を作らせていたのだ。
どちらも荷駄車の応用である。リアカーは荷駄車の先頭に、人が曵けるよう取手を付けただけ。そしてサイズを、荷駄車より小さめに変更した。
台車にしても、アイデアを彼らに伝えたら、すぐに理解してくれた。ほぼ、オレのイメージ通りの製品に仕上がっている。
「よし、ようやった。これは今後、売れるぞ」
鍛冶師にゼニを払って製品を受け取る。
荷駄車を馬に曳かせ、郎党の一人にはリアカーを曳かせる。色々とテストを行いつつ、ゆるゆると正通さんの館へと戻る。
途中の田んぼで農夫を見かけた。
「どうだ? 稲刈りはいつ頃になる?」
「左様さのう……」
正通さんより少し歳上、といった塩梅の農夫は、稲穂を触ったり色艶を丹念に確認し、
「明日には水を完全に抜き、……六日後といったところでしょうかの」
と答えた。
「なるほど」
これだよ。好奇心が刺激される。
稲刈りの時期を知る方法なんて、前世ならばほぼ、必要のない知識だ。だからオレは何も知らない。
だが、当世を生きる以上、知っておくべき知恵ではないか。現に今、いつ敵が攻めて来るかを察する手がかりとなる、貴重な情報である。かつ、今後も同様の判断をする機会が生じる筈だ。
「オレはまだ元服したばかりで、農作業に疎い。色々教えてくれ。おっちゃんは今、どうやって稲刈りの日取りを判断した?」
「それはもう、稲穂の具合を見ればよう分かります。……ほれ、これをようご覧じろ」
農夫はそう言って稲穂に手を添え、オレによく見るよう促す。
「黄色く色づいておりますが、まだ一割二割、青みが残っておりますじゃろ」
「おお」
「稲穂の重み、米の育ち具合も上々。これがまさに、刈入れの目安ですじゃ。こうなれば田の水を抜き、それから五日後に稲を刈ります」
今年も良い出来じゃと破顔する、農夫。
なるほど。……
暦など意識せずとも、そうして稲穂をよく見れば、収穫のベストタイミングが判るのか。
「されば刈入れ時期だけでなく、いつ田植えの準備を始めるか、実際にいつ苗を植えるか、暦を見ずとも判断出来るのか?」
「それはもう、何年も作業をやっておれば、自然と判るようになります。……いや、逆に暦に拘ってはダメですじゃ。ほれ、年ごとに早うから暑うなったり、寒うなったりしますじゃろ?」
「言われてみれば、そうだな……」
暦より、自らの肌感覚でタイミングを計る方が正しいのか。
(ほな、あの話は?)
前世における、中学時代の社会科の授業を思い出す。
確か、古代メソポタミアやエジプトにおいて、農作業のスケジュールを知るために暦が出来た。
暦を知るべく、天文学が高度に発達した。……そう教わった。
(せやけど、農作業に暦は要らんのやろ?)
だとすれば、教科書の記述は随分といい加減ではないか。
(天文学の発達って、むっちゃ大変やぞ。何十年も星々のデータを正確に記録したり……)
そういえば、長年の膨大なデータが見つかっている、という話も聞いたことがない。
(何故、どうやって、天文学が発達したんやろ?)
動機も手段もわからん。謎が深まった。前世に戻って色々と調べてみたいところだが、無理な話だろう。
――平安後期の源為朝って男は、実は平成令和の世から転生した。
と記録を残しておけば、未来の人々がタイムマシンを使って助けに来てくれるだろうか。
わはははは。アホな事を思いついてしまった。あかんて。
「嵐でも来ぬ限り、刈入れは六日後辺りで確定か。その、嵐の心配は?」
「大丈夫でござろう」
「それも、判るのか」
「勿論じゃ。空の様子、鳥や虫の様子、空気の匂いなど色々見ておれば、数日のうちに嵐は来ぬと察しがつきます。今のところ、その心配は不要ですじゃ」
はははは。そりゃ一種の超能力やぞ。
「刈入れには何人、人手が要る? 作業が一段落するのに何日必要だ?」
「そうですな……。一反に一〇人弱ですな。二日ばかしかかります」
その、一反が分からない。
「ほれ。あれから、こう……あれまでですじゃ」
農夫に大体の範囲を教えて貰った。結構、広い。
だが、この一帯の広大な田んぼを考えれば、一反とてそのわずか一部に過ぎない。全体の刈入れともなると、相当な人手が必要なのだろう。
ただし時間は待ってくれない。刈入れのベストタイミングは一瞬で過ぎる。農夫によれば、借りられる手はことごとく借り、全ての作業を数日で一気に済ませてしまうという。
(コンバインの無い時代の農業は大変やな)
農夫と別れ、館へと戻った。
正通さんの座敷に顔を出すと、藤太さん達が調査から戻っていた。
同行した吉田太郎さん達、オレの郎党も一緒である。労をねぎらい、井戸端で汗を流してこいと促す。
その後改めて、彼らの報告を受けた。
「大半は細い山路でござる。ただ、猟師やキコリしか利用せぬ、山中の路無き藪路も四ヶ所ござった」
「馬が通れそうか?」
「まあ辛うじて、通れます。我らもそこを通り申した。されど、明るいうちだけでござろうの。夜は、いかに月明かりがあろうともムリでござる」




