抱いて下さいまし
日が落ちる前、オレ達は正通さんの館に戻った。
ちなみに藤太さん達は、まだ、戻っていない。野宿をしつつ、数日がかりの調査となる筈だ。
皆で風呂を済ませ、飯を食う。
「義勇兵は、いか程集まったか?」
「二〇程でござる」
「そうか。明日、儂も行く。もっと数を集めたい」
「そろそろ稲刈りゆえ、集まりが悪うござる」
「いや、稲刈り前に、支度と稽古をやる。実際に動くのは稲刈り後だ。農民達の田んぼ仕事には影響せぬ。そこを上手く説明せい」
「はっ」
正通さんが、郎党に指示を出す。
「正通殿。明日、我らはいくさ支度の加勢をしましょう。竹槍と、竹垣用の竹、それに丸太の杭などを調達に行きましょう」
「それはかたじけない。山に明るい郎党を与けましょう」
製造を依頼している弓、太刀がまだ、出来上がっていない。荷駄車もメンテ中である。
それらの完成は、稲の刈入れ後となるだろう。その後に当地を出立すれば、豊後入りは冬になるだろう。もし、頼みの尾張権守から我々の受け入れを拒否されるような事態となれば、冬の寒空の下、路頭に迷うこととなる。
そう考えると、当館で冬を越すのが望ましい。
オレは既に、そうハラを決めた。
正通さんにもそう伝えてある。長期逗留の宿代として、安芸勢が再び攻めて来るようであれば助っ人つかまつる、と。オレの郎党達にもその旨、周知済みである。
館の夕飯は、美味い。
当世、メシがショボいのだ。京は源氏ヶ館のメシも、壷井の館のメシも、驚くほど粗末だった。当地は海産物に恵まれている分、汁が美味い。加えて、焼き魚がある。
海の幸様々である。
そして何より、この館は居心地が良いのだ。
正通さんは穏やかな大人、といった感じで、人あたりが良い。正通さんの郎党達も、我々に敬意を払ってくれている。
館から見える、景色も素晴らしい。
人生イージーモードの筈なのに、何故か日々が慌ただしく過ぎるなか、夕日が海に沈む様をのんびり眺める。この穏やかなひと刻が、素晴らしい。
ちょっとじじ臭い感傷っぽい気がしないでもないが。
平成令和の世であれば、高級リゾートホテルのお高い部屋でも取らなければ味わえない、ある意味贅沢な環境である。
そして……。
「為朝様」
傍らに、袂をおさえつつ瓶子を抱え微笑む、美女が居る。
お色気ダダ漏れ症候群の、おまささんである。
こざっぱりした着物。唇に薄く紅をひいただけの化粧。長い髪を、後ろで結っただけ。ごくごくフツーのハイティーン女子が、瓶子を手に、小首を傾げている。
それだけだ。それだけに過ぎない。何か特別な格好、しぐさをしているわけではない。
(……せやけど、何やねん。この色気は)
――世の中、色々あるわいの。不思議な事も珍しくないぞ。
以前、誰かがそう言っていた気がする。願わくば、幾つかの検査器具を前世より持ち込んで、調査研究してみたい。
すっぽんぽんにして、ひっくり返したり上にしたり下にしたり、色々パカーッと拡げたりあちこちクリクリ突くじってみたりして、
「なるほど。SA値が基準値を大幅に超えてますね。おくすり出しときますから、毎日飲んで下さい」
……とか、何とか。
世間一般ではこれを、
――お医者さんゴッコ
と呼ぶ。
極めて高い専門性を要するため、シロートが真似するなと厳しく戒められているそうだが、公称一二実質一九のオレにはまだハードルの高い世界である。
そんなおバカな事を考え、思わずクスリと笑ってしまった。
「……?」
おまささんがそれに気付き、改めて小首を傾げる。
「どうなさいました?」
「……いや、何でもない。おまささんも、飲まないか?」
「では一杯、頂戴します」
そうだ。飲ませるならば、酒だ。妙なモノを飲ませてはいけない。この世にSA値を下げるくすりなど存在しない。
おまささんのもとには盃が無い。オレは自らの盃をおまささんに渡し、逆に瓶子を受け取ると、一杯注いでやった。
おまささんはそれを両手で受け取ると、そっと飲み干した。首筋がわずかに桃色に染まり、そして頬が染まる。正通さんの血だろう。あまり強くはなさそうだ。
白粉など付けていない、健康そうなすべすべの肌に血が通い、おまささんのSA値が推定一割アップした。
「もう一杯、どうだ?」
「頂戴します」
彼女の瞳が潤んできた。
「為朝様」
「ん?」
わずか二杯で、突如としてふたりだけの、淡くピンクに色づく特殊空間が醸し出される。
何かを察し慌てた正通さんが、
「では、儂はこれで……。また明日よろしゅうお頼み申す」
と軽くオレに頭を下げると、立ち上がってバタバタと座敷から去った。
「我らもそろそろ……」
何やら空気を読んだかのように、その他の連中もバタバタと退席。
「あれ?」
小さく呟く、オレ。
デジャビュー!?
この光景、前にも見たことがあるぞ。
辺りをキョロキョロと見回すオレは、不意に頬を両手で軽く挟まれた。
「為朝様」
「ん!?」
勿論、おまささんである。オレの頬を綺麗な両手で優しく包むように押さえ、自らの顔に向ける。彼女の瞳がとろんとしている。色気のダダ漏れ具合に拍車がかかり、もはや手の施しようがない。
「為朝様。おなごには、酒の力でも借らざれば口に出せぬ事があります」
「……」
「抱いて下さいまし」
「あっ!」
「先日来、毎夜為朝様をお待ち申し上げております。されど……」
顔を真っ赤にし、俯くおまささん。
あははは。
なんか忙しくて、忘れちょったわ。
……ちゅうか、おまささんの寝所って、どこやねん。




