よう気付きなさった
館の門を出て、九騎は一斉に高台を駆け下りた。
オレ達四騎に、正通さん達五騎が共に、安芸方面へと調査に向かう。
遠くに広がる田んぼには、よく実った稲穂がどこまでも続いている。
(これが、いにしえの日本の風景……)
平成令和っ子たるオレでさえ、ちょっと感慨深いものがある。
神より給わりし自然の恵みに、素直な感謝の念を抱く。それこそがまさに、“和の心”なのだろう。
あと半月もすれば、稲刈りだという。
オレはまだ転生後一年ということで、食うに困る経験をしていない。だが昨今は天候が思わしくなく、地方では餓死者が出るような年もあると聞いている。またそんな年は、疫病も流行るという。
だからこそ、地方の治安が乱れている。
幸い、ここ備後尾道は気候温暖で収穫が安定しており、食い詰めた者が大勢徘徊するような状況ではないらしい。だが、その根底にある、
――皆が食べていけるからこそ、平穏な世が保たれる。それこそが八百万の神々より給ひし、なにものにも替え難き恩恵。
という、日本古来の社会思想が、平成令和の世に育ったオレでさえ自然と腑に落ちるのである。
そこに、過度の商業主義は必要ない。
(やれ資本主義やぁ、自由主義経済やぁ、っちゅうのもどないやろか。競争という名の争いが増えるだけちゃう?)
それもまた、世が乱れるもとではないか。自由と言えば聞こえは良いが、
――単なる、強者によるルール無用のやりたい放題。
ではないか。
(転生以来、なんか色々考えさせられるな……)
痛感する。
他方、海側に目を転じると、港がずっと続いている。
真夏を過ごした堺の港と、雰囲気がよく似ている。平成令和の巨大な港湾を知るオレ的には、ショボい。ン十万トンのコンテナ船に、デカいクレーンを幾つも使いコンテナを積み込むような、豪快なシーンは皆無である。
が、向島に面し適度な幅の水道があり、それに沿って長く続く海岸線を天然の良港として活用出来る、ここ尾道。当世有数の港と言えるのだろう。岸壁にズラリと木造の小舟が並び、大勢の人夫が荷下ろしや積み込みをやっている。
(う~む……)
今以上に諸々の産品の生産力を上げ、物流を盛んにする。
いわゆる商業の振興。その重要性を、オレは当世の誰よりも痛感している。
(なにしろムシロを大量に準備するだけで、えらい手間暇が要ったからなあ)
今また、鉄製品の生産力向上に意識が向いている。のみならず、正通さんのところの殖産興業そのものにも知恵を貸すことになっている。
(いやオモロいわ)
当世のリアルな社会風景を目の当たりにし、色々と考えさせられる。
前世のつまらん教科書で、つまらん授業を受けつつつまらん受験勉強を続けた日々を、改めて思い返すのである。今のこの状況が、面白い。実に興味深い。
(いや、ちゃうわ。今は、いくさの調査や)
頭を振り振り、思考を切り替える。愛馬マイバッハがそんなオレを振り返り、小さくヒヒンっと鳴いた。
向島、岩子島を左に見ながら尾道水道沿いの海岸線を駆け続ける一行。ふいに、瀬戸内の海がひらけた。良い眺めである。
既に二里は走っただろうか。前方に山がせり出してきて、路幅が細くなる。
山側の傾斜は比較的なだらかで、適度に木が茂っている。槍隊や騎馬を、無理無く忍ばせておけそうではないか。
「この辺り、守るにも奇襲にも、最適ですな」
「なるほど」
オレの一言に、正通さんが頷く。
多少、戦闘の経験がある兵衛太郎さんも、
「よう気付きなさった」
と太鼓判を押した。
「この、神社の前を過ぎて土地が広がったところで、敵の隊列はバラけるでしょうな。で、またここで路幅が狭くなる。改めて隊列を整えねばなりませぬ。もたつく隊列が半分程細路に入ったところで……」
この辺に配した我が方の騎馬隊が突入すれば……とひょうタロさんが身振り手振り説明する。
「そうだな。……あと、この辺りに竹垣でも組み、その後ろに義勇兵を潜ませる」
オレが付け加える。……で、長い竹槍で騎馬隊の戦闘を突き崩す、と。ノーダメージで敵方は浮足立つぞ、と。そこで我が方の騎馬隊を突入させる。
「ほう。それは妙案ですな」
皆、口々にオレの案を褒める。
当世の戦闘など、そのレベルなのだ。経験豊富な天才軍師が、何日も苦心惨憺して作戦を捻り出すような時代ではない。だからこそもう少し後に、源義経がちょろっと奇襲攻撃を実践しただけで、大いに戦果があったのだ。
オレ達はその先、二里程走って地形を確認し、やはりここを防衛拠点とすべし、と結論した。
なにしろ二里も進むと、敵地に入ってしまう。敵地の近くに防衛拠点を築くとなると、当然、敵方に動きがバレてしまう。現にオレ達九人は、
「誰ぞ? どこへ行く?」
と誰何された。敵方の配下の者だろう。
そのための、軽装での移動である。オレはすかさず馬上にて、
「源氏の一行である。我らは九州へ向かう途上なのだが、名高い、安芸の港を見たくてな。逗留先からちょっと足を延ばしてみたところだ。通ってもよいか?」
と涼しい顔で答えた。
敢えて、源氏の一行としか名乗っていない。
うーむ、と考え込み、敵方兵士同士で相談が始まる。
「まあ、良い。急ぐ用事ではないから、また後日出直す。それまでに、我らが通って良いか協議しておいてくれ」
と彼らににこやかに声をかけ、
「今日のところは引き返すぞ。また来よう」
と、一行を促して踵を返した。
兵士達が追いかけて来ることはなかった。オレ達は平静を装いつつ悠々離脱し、防衛拠点と定めた辺りに戻ると、再度念入りに地形を確認。そして尾道へと戻る。
「敵勢力は前回、どの位の数で攻めて来たのですか?」
「一〇〇から一五〇程度です」
「えっ!?」
「ああ、そんなものです。して、我が方が二〇〇」
「おや!? では、数は勝っていたんですか」
「うむ。……されど何の警戒もしておらず、完全に出遅れましてな。一方的にやられました」
「どこで戦ったのですか?」
「この辺りでござる」
正通さんが指し示した位置は、細い海岸端の路を抜け港の辺りまで侵入されてしまっている。
「ああ……。ここで守るのはムリだ」
「左様。何とか追い返しましたが、人も馬も、半数が斃れ申した」
正通さんは悲痛な表情を浮かべた。




