入念な備えと、奇襲
翌朝早く、正通は、大座敷に郎党達を集めた。
「これより、来る安芸平氏勢とのいくさへの備えを行う」
しっかりした声で、そう宣言した。
皆の表情が引き締まる。
「思えば我らは、先般のいくさに対し、何の備えもしておらなんだ。大いに破れ、多くの郎党達を失いし後も、まだ手をこまねいておった。儂は、これなる八郎為朝殿に諭され、目が覚めたぞ。打てる手は、全て打て。出来る事は全てやれ、と」
正通は居並ぶ郎党達を見回した。
その後ろには、河内源氏の郎党達が控えている。
(我が郎党達は、まさに儂同様、ハっと目が覚めたような表情じゃな)
それに比べ、河内源氏の者達よ。……
皆、当然だとでも言いたげな表情である。
(これはつまり、大将の器の差、か)
改めて気付かされる。彼らは日々、この若き御大将の薫陶を受けているのだ。それが、この表情の差として明白にあらわれている。
いや、良い。
(儂はまだ、間に合う)
間に合わせてみせる。今度こそ、当地を守り抜く!
そう、決意を固める。
「稲の刈り入れが終われば、奴らは再び攻めて来るだろう。それまでが勝負ぞ。備えを全て行う」
まずは地形の調査だ、と正通は声を張り上げる。次に、義勇兵の募集と、武器や防備の備えを行う。
「義勇兵、とは?」
「百姓共から、この地を守りたいと強く願う者達を雇う。素人なれど危険を冒さず闘う手がある、と為朝殿が申された。戦力の不足分を、その義勇兵で補う」
「なるほど」
「まず本日より、地形の調査を行う。儂と為朝殿は、それぞれ数人の郎党を連れ、海岸端の路、地形を視察する。そして、藤太。お前も数人、引き連れて山路の方を調べろ。鳴滝の山の方じゃ」
前回、敵方平氏勢は、海岸線沿いの路を通って――いわゆる正面から堂々と――尾道に侵入して来た。備えも何も無く、いきなり攻められて大敗した。
連中はおそらくこちら側を舐めてかかっており、再び同じ要領で攻めてくるだろう。連中に対し、どこで備え、どう守るか。これから行う調査が、まさにそれである。
昨夕、為朝殿は、
「なるほど。おっしゃる通りでしょう」
と頷いた。そして、
「関東にて名を上げし我が長兄・義朝は、かく申された。『いくさとは敵の意表をつくことよ』と。それと、備え。『事前の準備が肝要だ』と」
「ほう」
「勝つためには、打てる手を全て打て、だそうです。入念に準備し、確実に勝つ備えを終えてから戦う」
「ふむ……。なるほど兄殿の申される通りだ」
「もし、それがしが平氏方でこちらを攻めるならば、この……」
為朝殿は地図の、山路を指し示す。
「別働隊に、この山路を進ませ、こちらの背後を突く」
「おおっ!」
必死で正面の本隊と戦っている最中、別働隊から背後を突かれれば、我が方は大混乱に陥るではないか。敗北は必至だろう。
「当世、そういった兵の運用は、ほとんど無いそうですな。ですが、あり得ぬ話ではありますまいか? 現に古代の唐土の兵法書には、そういった奇襲の研究が書かれています」
可能性がある以上、そちらの調査も当然必要だろう、というのが為朝殿の提言である。
入念な備えと、奇襲。
それこそがいくさの本質だという。
(なるほど)
正通はあたかも、神の啓示を受けたかの思いがした。
「藤太はその、山路の方を調べろ。騎馬の進軍は可能か。いかほどの速度で移動可能か。防ぐとすれば、どこでいかにして防げば良いか」
「はっ」
藤太は即座に、数人の郎党を選ぶ。
「吉田太郎さん。二人ばかし若い連中を連れて、藤太殿に同行してくれ」
為朝殿も、自らの郎党達に指示を出す。
「数日がかりの調査になる。兵糧を持って行けよ。それとゼニを持たせるから、地理に明るいキコリや猟師をつかまえて話を聞け」
「承知っ」
「そうそう。紙と、矢立も忘れるなよ。聞いた話や気付いた事は、全て事細かく紙に記せ」
全部頭で憶えようとするな、どうせムリやぞ、と為朝殿が言うと、郎党達から笑いがおきた。
「そうじゃそうじゃ。儂ぁ最近時々、朝飯を食うたかどうかも憶えておらん」
太郎殿がそう返すと、そりゃあんまりじゃと郎党達がゲラゲラ笑う。
主従の間柄がすこぶる良い、と正通は改めて気付かされる。これも御曹司効果か。
「あるじ殿、それでは」
「よし。行け」
藤太、そして吉田太郎殿が発った。
「残りの者は、義勇兵を募れ。五〇人を目安に、やる気のある者を集めよ」
「承知っ!」
「では、為朝殿」
正通は促す。
「分かりました。……兵衛太郎さん、重澄さん重季さん、行くぞ」
皆、立ち上がり、厩へと移動した。各々が、馬を引き出す。
為朝殿の愛馬・まいばっはが嬉しそうに嘶いた。
為朝殿がその鼻面を優しく撫でると、まいばっはは為朝殿に何度も顔を擦り寄せ、そして頭を下げると、彼の股ぐらをはむはむした。
「あかん、あかんて。やめんかい! それは今、おまささんのモノやぞ」
まさに稀代の豪傑と刮目する若武者が、思いがけずうろたえる様を目の当たりにし、正通は思わず破顔した。




