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転生無双!! チン説弓張月 ―― 純愛路線かハーレムか!? それが問題だ!  作者: 幸田 蒼之助
家を守るという事

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一宿一飯の恩義

 ダンプに撥ね飛ばされたのに、なぜか平安末期のガキんちょになっていたオレ。

 平成令和の世であれば、オレ達若者は、

 ――もやしっ子

 なんて揶揄されるわけだが、いざ平安末期の世を覗いてみれば、そのもやしっ子たるオレが“剛力無双の一二歳”だとさ。マジ、ウケる。

 弓に、馬術。どちらもちょろっと齧っただけで、あっさり達人呼ばわりされた。

 師匠をみつけ、ちょちょっと学問の手ほどきを受けただけで、文武両道(ゝゝゝゝ)の天才扱いである。なんとも都合の良い、チートな生き方が出来そうではないか。わははは。

 オレが生まれ変わった、本来のガキんちょ君は、

 ――八郎為朝

 という名である。

 河内源氏の御曹司だから、優秀であれば多数の郎党を率いて源氏の旗を立てていく役目を担う。即ち独立し、どこぞの地方に拠点を構え、勢力を広げていくわけだ。

 八郎為朝君ことオレ(ゝゝ)も、元服早々ながら早くも目立ってしまい、そのせいで面倒なことになってしまった。時の権力者に睨まれ、京を離れざるを得なくなった。

(面倒臭え……)

 父に命じられたのは、九州行きである。

 九州はどうやら、平氏が強いらしい。歴史の教科書でも習(な)ろた、あの平清盛が、かつて肥後守に任ぜられた。以来、妙に平氏の勢いが盛んだという。

「関東にて武名を上げし、兄・義朝(上総御曹司(かずさのおんぞうし))に負けぬよう、お前も九州に源氏の旗を立てよ」

 父は言った。オレが文武両道の大器と目されたからこそ、まさにその、源氏の御曹司たる大役を負わされた。

 前世において流行っていた、

 ――歴史知識を駆使してウェ~イ♪

 といった面白おかしい人生、チート立志伝的な展開は、オレには無理っぽい。

 なにしろ当世の歴史がわからない。学校の歴史の授業で多少の事は教わっていた筈なのだが、浅過ぎて、実際には何の役にも立たないと思い知らされた。

 それこそ父にしろ兄にしろ、当世における重要人物だと想像するのだが、頭の中で教科書の記述と上手く繋がらない。

 いやいや、それ以前にオレ――八郎為朝君――自体が何者なのか、さっぱり謎である。

 歴史の授業で習(な)ろたっけ?

 記憶が無い。なにしろ源氏の人間って、似たような名前が多いからなあ。

 父が仕える崇徳院様とやらにも多少お世話になったが、誰のことやらピンと来ない。上皇様だから、絶対に重要人物の筈なのだが。教科書に載ってたっけ?

 問題は“保元の乱”と“平治の乱”だ。

 この二つはさすがに、受験を控えた高校生であれば皆、憶えているだろう。だが、それだけである。何故、それが起きて、誰それがどうしてどうなった……なんて知識は全く知らない。

 そう言えば、

 ――西暦何年に○○という事件が起きた。

 といった感じで歴史の授業では教わるし、受験のためにそう暗記する。でもアレ、全然意味ないからな。

 そう。西暦なんてのは西洋の暦だ。つまり日本では使われていない。

 もしオレが、仮に保元の乱が何年に起きたかをキチンと憶えていたとしても、全く役に立たねえ。何しろ今(ゝ)、西暦何年なのかが分からん。

 わははは。笑えるだろ。

 そこの、

 ――オレも過去に転生なり転移なりして、無双して大いに歴史を変えまくってやる!

 なんて野望を抱いてるヤツ。

 無理やぞ。絶対、ムリ。

 むしろ生活環境が激変して、ただ生きて行くだけでも苦痛やねんで。

 まず、便所や風呂が汚え。それからゴキとか、やたら虫が多い。

 ほら、もう、これだけでもアカンやろ。耐えられんぞ。色々汚えのに、水さえ簡単に使えんのも厄介だ。蛇口を捻っただけで水が出る設備なんて、どこ探したってあれへん。勿論、温水も出ない。

 そして、まさに今のオレが経験している事だが、他所への移動も大変だ。

 平成令和の世であれば、京都から九州への移動なんて、色々乗り継いで飛行機でぴゅーっ、だろ!? 朝早めに出発すれば、昼には現地に到着して悠々と博多メシを食える。簡単やん。

 だが当世ならば、呆れる程面倒だ。

 まず、郎党が五〇人。それらが移動するために、下男を一五人引き連れている。いや、これだって限界まで人数を絞っての話である。

 武士は、鎧兜を着込んでの移動となる。知っとるけ? あれってフル装備やと二〇kgを超えるねんで。重いし暑いし、五分と耐えられへんぞ。

 せやかて脱いで移動するならば、誰かが担がなあかん。鎧兜だけまとめて宅配便で事前に発送、というわけにはいかん。ほな、下男を何百人も伴わにゃならんやろ。そらムリな話や。

 というわけで、出立早々にそれを思い知ったオレは、荷駄車を開発し二〇台揃えて河内壷井を発った。

 以来一ヶ月。現在地は備後の尾道である。

 オレ的には、この一ヶ月の移動は大変だったが、それでも郎党達は、

 ――随分とラクでござる。

 と、すこぶる好評である。まだまだ改善の余地があるとオレは思っていて、もろもろ不満やねんけど。

 そういう具合に、転生後一年を経過したオレは、これでも『すこぶる順調』と言うべきなのだろう。文武両道の豪傑と評価されているわけで、イージーモードでいけそうだ。

(……にもかかわらず、この忙しさは何やねん!)

 そう。やたらと忙しい。

 今日は朝早くから、当館(やかた)の主・正通さんの郎党達を鍛えている。

 これはオレの郎党達にも手伝わせた。

 郎党達とて、メシを食わせて貰っている以上、ただただ遊ばせておくわけにはいかない。リーダーを複数決めグループを組み、正通さんの郎党達に稽古を付けさせることにした。

「一宿一飯の恩義、という言葉がある。正通殿に恩を返す気持ちで、その郎党達を鍛えてやれ。お前達にとっても良い稽古になるだろ」

 そう言って、オレの郎党達にも発破をかける。

「オレがお前達に稽古をつけてやった時の事を、よう思い出せ。同じようにやるのだ」

 段取りに、午前中いっぱい費やした。

 午後は、鍛冶師の下(もと)へと向かう。

 四台の荷駄車を、郎党達に曳かせている。一ヶ月の使用で、早くも故障しそうだ。あちこちからガタガタと異音がしている。

 鍛冶師に、修繕と補強を依頼した。

 ついでに鍛冶師の仕事や技について、いろいろと知識を仕入れる。

「正通殿。この一帯の地図がありますか?」

 館に戻ると、オレは正通さんに声をかけた。


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