はしたないおなご、と思わないで下さいまし
(うわ、どないしよ……)
オレは内心、慌てた。
表向きは八郎為朝君(一二歳)。その中身は実質一九歳……だが進学校で受験勉強とバスケに明け暮れ、女性経験が無い。
(こういう場合、どないしたらええねん)
美人のおまささんが、意外にもグイグイ来る。
(昨日初めて会って、ちょい前から少し会話を交わし始めたばっかやぞ)
当世の女性は、前世よりグイグイ来るのがデフォなのか。そういえばこれまでも、女人衆のアプローチが凄かった。
「はしたないおなご、と思わないで下さいまし」
おまささんは、オレにぴったりしなだれつつ、そう小声で囁く。
「初めてお見かけした瞬間から、このお殿方こそ……とお慕い申し上げておりました」
すまん。オレは昨日、おまささんを最初に見かけた瞬間を憶えてへん。
その後、傍らで酌をしてくれていた時は、おまささんの色気に当てられて半死半生やったけど。
おまささんの髪の匂いが、微かにオレの鼻腔をそろりとくすぐる。
健康的な若い女性の、それも素の匂いが、オレの本能と煩悩をくすぐるように刺激する。
(もう、しんぼーたまらんっ!)
ナイショだが、オレの相棒が、
――ん!? 出番か?
と勝手に目を覚まし、アップを始めた。おいおい、ちょっと待て、アップにしちゃあペース早すぎやろ! あかんて。HP無くなってまうで。
「あのな。オレは、ここでおまささんと結ばれるわけにはいかん。当家の養子にはなれんぞ。父から、九州へ行き河内源氏の地盤を固めよ、と言われている」
「存じ上げております」
「であれば、そなたの思いはムダになる。気持ちは嬉しいが、諦めてくれ」
オレ達一行はひと月程ここで世話になるが、何もないままキレイに別れた方が良い、とオレはおまささんに言い聞かせる。
おまささんは、突如顔をあげ、きっ、とオレを見つめた。
ふくれっ面をしている。
(この人、ふくれっ面さえ色気があるわ。色気過多症候群か何かやろ。一度、医者に診てもろた方がええぞ)
心の中でボヤく。
その、おまささん。
「少しお待ちくださいまし」
と立ち上がり、座敷の傍らの襖を開けると、薄い夜具を取り出して来た。そしてオレの横に戻る。
「少し、冷えて参りました」
ムシロと大差ない、当世のペラペラの掛け物を、ふたりの前に掛けた。
「歳上のおなごの言うことは、素直に聞くものでございます」
「ん?」
「おなごが一世一代、決死の思いでおのれの心のうちを明かしているのです」
今は男と女、ふたりきり。誰も見ておりませぬ、と、おまささんは再びオレにしなだれかかる。……いや、オレの胸に抱きつく。
「斯様な時は、殿方は黙って、おなごを抱くのが正しいのです。為朝様は聡い御仁ゆえ、あれこれ考え過ぎでございます」
「だが」
「父の事は、お気になさらずとも良うございますとも」
「いや、だが」
「確かに、為朝様が当家の養子となりわたくしを娶って頂くのが一番でございますが、そうでなくとも構いませぬ。為朝様と、こうして御縁が深まり、わたくしもおなごの本懐を遂げられる」
それで良いのです、とおまささんは小声で囁いた。
オレは、心がぐらりと傾くのを自覚する。もはやHPは枯渇寸前である。
「為朝様があくまで父に気兼ねなさるのでしたら、今宵の事は、ふたりだけの胸のうちに……」
ほら、こうして掛け物がありますから、お月さまとてふたりの秘め事を知るすべはありませぬ、と。
そう言いながら、オレに妖しい笑みを投げかける。
落ちた。――
いや、オレはおまささんに落とされた。陥落した。
(つまりこれは、アレや)
色気むんむんの美形のおねいさんに迫られ、何もかもおねいさん任せで……嬉しハズカし“少年からオトナに変わる”パターンのヤツや。恙無くご卒業おめでとうパターンや。……
全・少年の憧れパターンやんけ~っ!!
――お前、『もう純愛路線は止めたるわ』て言うてたやろ!
相棒までもが喚いている。
「わかった」
オレは、おまささんのおとがいに指をかけると、ゆっくり唇を引き寄せた。
そして、互いの唇を重ね合わせる。
「ああっ……」
微かに漏れる、おまささんの吐息。
目前に、月がある。
月だけが、これから始まるふたりの秘め事を黙って見守ってくれている。その柔らかな光に祝福され、オレのHPはめでたく急回復した。
「今宵八郎様に、わたくしをオンナにしてもらいとうございます♡」
あかん、クリティカルヒットや。HP急減。
身も心も彼女の色気に蕩けてしまい、耐え難い程の、オトコの本能の昂ぶりを感じた。
(負けへんぞ)
オレのターン、とばかりスキル大解放。掛け物の下で、女体にあまたある様々な弱点を多彩なワザで、じっくり丁寧に攻め立てる。
「あっ!」
彼女の細い腰を抱き寄せただけで、吐息を漏らした。
――以下、諸事情により、唐突に日露戦争の戦況解説へと移行する。諒とされたし(筆者)――
(拠点たる旅順口を陥落させるためには……)
こんもりと小高く盛り上がりし二〇三高地を、麓よりじわじわと包囲。戦況たけなわとみるや、一気に頂上へと駆け上る。
「……っ!」
おまささん、眉間に軽くシワを寄せつつ、必死に声を噛み殺している。
程なく、二つの双丘を制覇。頂上でウメボシを食べた(?)
次は本丸たる、旅順港……ではなくヴェーヌスベルグ(??)である。
「あの……」
おまささんの進言により、戦場を旅順港――ではなくてオレの寝所――へと移動した。
暫くして、おまささんがオレのもとへと忍んで来た。
つい先程までと異なり、肌から漂うオンナの匂いが薄まっている。
(ああ、身を清めて来たのか)
彼女は、お待たせ致しました、と小声で囁き寝具の傍らに膝をつき、すぐに中へ入ってきた。
旅順港……ならぬ、ヴェーヌスベルグの攻撃再開。
オレの主砲は盛大に咆哮を轟かせ、旅順艦隊(???)を殲滅した。派手に水しぶき(????)があがる。耐えに耐えたおまささんも、ついに勝利の歓声(?????)を上げた。
うーむ……。
忌まわしき諸事情により、的確な戦況描写がままならぬ事を、深くお詫び申し上げる。いやホント、マジで申し訳ない。




