富国強兵と殖産興業
正通さんの館に戻った。日が暮れかけている。
大急ぎで風呂を済ませ、皆、座敷で飯を食った。
「諸々、感服つかまつった」
「ん?」
「シャベルにツルハシ、藤太が京土産に買うて来た物を拝見しましたぞ。あの、荷駄車とやらも拝見した。そして先程の、鍛冶師や鋳物師らとの会話……。儂は大いに感服いたした」
「そりゃまあ、何も知らんので、色々と教えて貰わんと仕方ないのです」
「いや儂らとて、為朝殿以上に何も知らぬと思い知らされました。あのように誰にでも物を学ばれるゆえ、便利な品々を考案されるのであろう、と」
「大した物は作ってませんけどね」
「いやいや」
正通さんは力説する。
シャベルやツルハシと同じ役割の道具は、当然ながらこの時代にも存在する。みな木製である。それを鉄で作れば作業効率が上がる、と考えたのがオレの凄さだという。
「荷駄車も、同じ事です」
牛車や馬車は、当世においても存在する。
だが、荷を運搬するための車を作る、という発想は誰も思いつかなかった。そこが凄いのだと正通さんは言う。
「あれはまだまだ、工夫の余地があるんですけどね。大急ぎで二〇台作らせて、長旅に耐えられるかどうか確認し、慌てて出発しましたので」
「されど、まだまだ工夫の案をお持ちなのでござろう? そこもまた凄い」
「そうですかね……。まあ、そういうわけで、荷駄車を作らせながら、色々と気になっていたのです。当世の技術で、何がどこまで出来るのか、と。だからこそ、先程鍛冶師や鋳物師に根掘り葉掘り聞きまくったのです」
例えば、荷駄車の車輪の話。
荷駄車の車輪は、堺の鍛冶師が、一つ一つ鍛造で作り上げた。
そうそう。当世の車輪は木製らしい。その接地面に鉄板を巻き、強度を稼ぐ。オレはそれを知らずに設計を説明したため、鍛冶師はオレの説明通り、全て鍛造で造った。今思えば、オレもムチャな依頼をしたものである。
幸い仕上がりは見事で、ガタツキは最小限で済んだ。まだ壊れてもいない。
「しかし本来は、鋳物師が鋳造すべきなのです。鋳造ならば、完全に真円の車輪を、安くで大量に作れる筈なのです」
鍛冶師が鍛造で作るから職人芸となり、出来不出来のバラツキが生じる。時間もかかり、その分コストが跳ね上がる。
「他にも各部の部品を鋳造出来るのであれば、もっと様々な工夫が盛り込めます。大量に作れるので安価に製造でき、普及するでしょう」
そうなれば旅もラクになり、商業も発達する、とオレは焼き魚を突きつつ語った。
それを笑顔で聞いていた正通さんは、やがて真顔になり、
「そこで、為朝様のお知恵を拝借したいのです」
と膝を正した。
(ほい、来た!)
オレも居住まいを正す。
「まあ、それがしの浅知恵程度でよろしければ」
「お力をお貸し頂けるのであれば、ゼニなど気にせずいつまででもご逗留なさいませ。……実は我ら、大いなる岐路に立たされております」
正通さんは、盃に口をつけ唇を湿らすと、語り始めた。
「隣国安芸の国司は、平清盛でござる」
おお。知っている名前が出て来た。学校の授業で習ろたぞ。……
正通さんの話は、なかなか切実だった。
安芸守清盛が商売にも力を入れ、大変な権勢を誇っているらしい。
「清盛は元々、肥後守を拝命してござってな。九州にも勢力を築いております」
安芸一国のみならず、九州瀬戸内に一大勢力を構築しつつある、という。
(九州って……。オレらが向かう場所やん。それヤバいんちゃう?)
それゆえ近頃はその配下の者達まで勢いづき、正通さんの地盤にまで触手を伸ばしてきているらしい。境界で小競り合いが増え、先程はとうとうかなりの痛手を負い厳しい状況にあるという。
「一方で、我ら備後の国司殿はますます税を増やせと申しておりましてな」
「それはキツいですな」
「我らは清盛の手の者達に負けぬよう、強うならねばならぬ。それでいて税も増やさねばならぬ。さて、どうするか。……ここは清盛に倣い、商いを盛んにすべきではと考えるわけです」
「なるほど」
富国強兵、殖産興業ってヤツか。……
事情は解った。平成令和の世の知識を有するオレならば、多少の助言は出来るだろう。
まずはきびだんごだ。あれを特産品として大々的に売り出す。
(いや、あかんわ。あれは岡山名物や。ここは尾道やから、広島か)
そもそも今、きびだんごなんて開発したところで、大した売上にはならないだろう。あれで儲けるとすれば、参勤交代やら旅人の増加する江戸時代以降だ。
(尾道の特産品って、何やったっけ?)
学校で教わったかもしれないが、忘れた。
そんな時に役立つのが、前世で流行っていた某・国民的鉄道すごろくゲームの知識だろう。
(確か……お好み焼き屋とラーメン屋と)
あと、何やったっけ? 造船所とゴム工場か。あかん。どっちも簡単には作れんわ。お好み焼きにしろラーメンにしろ、きびだんごと同じでまだ商売にならない。
まあいい。産業振興のアイデアは後回しだ。
それより、先に知っておきたいことがある。すなわち平清盛とはどんな男なのか。
「左様……」
正通さんが、知り得る限りの事を語ってくれた。
平清盛。――
桓武平氏の出だという。
つまり桓武天皇を祖とする、平氏の一族である。我々清和源氏と同様、平氏も様々な分家があり、そのうち伊勢平氏・平忠盛の息子である。
「だが実は、忠盛のまことの嫡男ではござらぬ。実は白河法皇のご落胤、という説がござる」
噂に過ぎないが、その可能性が高いらしい。
即ち白河法皇がとある中﨟女房(中級の女官)に手を出し、懐妊させた。これを隠蔽するため、彼女を平忠盛に下賜した。忠盛は彼女を正室とした。そして清盛が生まれた。
ゆえに、正室の子ということで忠盛の嫡男ではあるが、その実、白河法皇の御子であろうと一部で噂されている。
それを裏付けるかのように、かつて白河法皇が外出時、赤児の清盛を膝に抱きあやしていたという話がある。
また、清盛が異例の早さで出世した事も、この噂の真相を後押ししている。武家出身ながら一九で肥後守に任じられ、さらに安芸守となり瀬戸内の制海権を手にし、ビジネスで莫大な利益を上げているという。
(なるほど)
前世で得た歴史知識によれば、今後暫く清盛の全盛となるのだろう。
オレがこれから、九州を地盤とし地力を付けていく予定である。であれば、絶対にどこかのタイミングで清盛とぶつかることになる。そう覚悟すべきだろう。




