おのおのがた、しばし待たれよ
こうして慎重に、我ら為朝様一行は峠道を越え、備前国日生へと辿り着いた。
混乱はあった。
下りになると足を早める馬がおり、つられて荷駄車も次第に加速した。
「うおっ。ちょっと待て! 待て待て、待てぇ~い!!」
御者役の郎党達が手綱を引いて、馬の歩速を加減する。と同時に丸太を地面につっかい棒のように立て、あるいはゴリゴリと地面を擦り抵抗しつつ、荷駄車の速度を落とす。
「こりゃ難しゅうございますな」
「うむ。手綱と丸太は、二人でそれぞれ別々に対処すべきだな」
とはいえ、大したレベルではない。色々と細かい工夫を重ねつつ、どうにか下り道を制覇した。
一度だけ、少し油断した余次という若党が、軽く馬の尻に追突しただけである。
幸い、馬は無事だった。だが勢い余って馬のケツに突っ込んだ余次の左肩に、馬のウ○コがペタリと付着。
暫く、
――馬糞の余次
と、皆にからかわれて半ベソをかいていた。
「そうか、吉備か!」
備前国に入りしばらくして突如、馬上の為朝様が声を上げた。
「何事でござるか?」
「いや、当地の国名は本来、吉備国だったんやな、と」
「左様」
「それが後に分割されて、備前備中備後になったのか」
「その通りでござる」
物知りの兵衛太郎殿が頷く。
為朝様は、妙に感心しておられる。何に感心しておられるのかは、相変わらずよう解らぬが。……
「では、名物“きびだんご”は?」
「はあ。そりゃ何でござるか?」
「あ、知らんのか」
日生を抜けた辺りで宿をとり、落ち着いたところで、為朝様は改めて宿主に尋ねた。
「はて? 桃太郎伝説と申されますか。まあ、今うかがったものと似たような話はございます」
何でも第一〇代崇神天皇の御代、朝廷にまつろわぬ(従わぬ)一族、“温羅氏”という勢力が当地に存在したらしい。
温羅氏は周辺豪族を従え権勢を誇っていたが、そこへ四道将軍の一人、吉備津彦様が遣わされた。
吉備津彦様は周辺豪族のうち犬飼氏、猿女氏、鳥取氏を温羅方から離反させ、見事、温羅氏を退治したという。
「なるほど。元はそういう話か」
為朝様は膝を打った。
「犬、猿、雉をきびだんごなんぞで買収して、鬼退治をしたという奇妙キテレツな童話の元ネタは、それか!」
「はあ。犬飼氏、猿女氏、鳥取氏の事でございましょう」
合点がいったらしく、為朝様はしきりに頷いている。
「ちなみに、当地では桃が採れるのか?」
「いえ」
「そうか……では、きびだんごは?」
「何でござるか?」
「団子菓子だ。……そうか。ほな、まだか」
為朝様の申されるに、今後はその伝承が、童話・桃太郎として定着するらしい。その際“きびだんご”なる菓子が作られ、当地の名物となるのだとか。
ん!? 今後?
なにゆえ、為朝様は今後の話をご存知なのか?
まあ、良い。なにしろ八幡太郎義家公か、はたまた八幡大菩薩様の生まれ変わりかと言われておられる方でござる。今後の事を既にご存知だとしても、何ら不思議はあるまい。
為朝様は何でもアリ、と心得るべきでござろう。我ら郎党があれこれ気にするにはおよばぬ。
さて。――
備前に入って後は、概ね海岸端の平地が続いた。先般の山越えの如き難所(?)は皆無であった。
だが渡河には毎回苦労した。
海岸端の河口付近ゆえ、どれもこれも川幅が広い。それを渡るため、難渋する。どうにか渡し舟を数隻確保し、何十往復もして馬と荷駄車を渡すのでござる。ゼニも大いにかかった事でござろう。
「面倒臭え」
ボヤく、為朝様。
「平成令和の世やったら、飛行機で空飛んでイッパツやろ。大阪から半刻で九州到着やぞ」
小声で、なにやら恐ろしい事をつぶやかれた。
空を飛ぶ? 半刻で九州到着!?
よう解らぬが、それがし、何やら聞いてはならぬ事を耳にしてしもうたようでござる。空を飛ぶなぞ、まさに神ホトケのワザではござらぬか。
うむ、それがしは何も聞かなかった事にする。
口とナニだけは硬い、と向こう三軒両隣で評判のそれがしでござる。案ずるなかれ。
そうそう。この暑さ故か、為朝様の愛馬・しるびあがいきなりざんぶと川に飛び込み、悠々と泳ぎ始めた事もござったな。
あの時は皆、肝を冷やし申した。
「おいおいっ。待たんかい!」
為朝様が即座に飛び込んで手綱を掴み、しばらくそこらを一緒に泳ぎ回っておられた。そのお陰で、目ン玉が飛び出る程高価な馬を失わずに済んだものでござる。
「こいつはマジで自由やな」
ずぶ濡れでボヤく、為朝様。
それを見たまいばっはが為朝様を慰めるかのように、水の滴る頬をペロペロと舐め、あべんたどーるは渡守りに歯を剝いて威嚇し、ひと騒動でござった。
ともあれ、我ら為朝様一行は、取り敢えず無事に備前を抜け、いよいよ備後へと差し掛かったものである。
河内国壷井を出立し、そろそろひと月という頃合いでござろうか。既に暑さの最も厳しい時期は過ぎ、秋へと向かい始めている……ような気がする。
左様なことを考えていると、前から一騎の馬がやって来て、
「おのおのがた、しばし待たれよ」
と我らに声をかけてきた。
為朝様は右腕を上げ、一行に停止を下知する。
男は馬から下り、大将たる為朝様に向かい、軽く頭を下げた。
「卒爾ながら、お尋ね申す。これなるは河内源氏・八郎為朝様が御一行とお見受け致す。いかがでござろうか?」
「その通りだが」
男に一番近い位置に居た兵衛太郎殿が、そう答える。
「それがしはこの先、備後国尾道の住人、橘正通が家人の、“牛打ちの藤太”と申す者でござる」
「その、橘正通と申される方は、在地の有力者か?」
「左様。それがしはその、郎党でござる」
「その牛打ちの藤太殿は、我らが主・八郎為朝様に如何なる用事が?」
「はっ。名高き河内源氏の御曹司に、是非とも我が主の館へお立ち寄り頂きたく」
ほう。……
為朝様の高名は、もはや斯様な片田舎まで響いておるのか。大したものである。




