人馬、荷の安全が一番大事や
目前半町で倒れた鎧兜男は、盗賊の大将だか副将格だろう。一応、一番まともな格好をしている。
連中もまさか、この距離からわずか一矢で、大将格が倒されるとは予想外だったに違いない。
――のわぁ~~っ!!
二〇人ほどが一斉にどよめき、半数は踵を返して逃げ始めた。
この時点で盗賊側は、弓を持つ者――つまりここまで攻撃の及ぶ者――が六人に減った。
「よし、弓隊の前列半数。皆、一発ずつ放て! よく狙い、矢を無駄にするな。槍隊、頭を下げたままにしておけよ」
為朝様の冷静な下知が飛んだ。
こちらの、弓を持つ郎党達が一斉に弓を構え、射る。たちまち矢が空を切り、前方の盗賊達は三人を残して地に転がった。
――うわぁぁ~っ!
残る三人も、ドタドタと我先に逃げ出した。
場に、再び静寂が訪れる。
「ちっ! 手応えが無いのう」
誰か、若い郎党が口にし、皆が笑った。
「ええねん。これでええねんで。まだ先は長い。人馬、荷の安全が一番大事や。……あと、矢もなるべく無駄にしたくねえ」
今後もこのような対処を目指せ、と為朝様は言うと、
「さて、と。先へ進む。皆、武具を荷駄車に戻し、行くぞ」
と指示した。為朝様ご自身も弓を背に結い直すと、愛馬あべんたどーるに飛び乗る。
一行は半町進んだところで停止。
路上に、数名の盗賊が転がっている。
「こいつらが邪魔だ。荷駄車が通れぬ。路肩に除けい」
兵衛太郎殿が下男達に命じた。
最初に為朝様が射た矢は、鎧兜をきっちり着込んだ男の顔面にぶすりと刺さっていた。まだ僅かに息があるようだが、まあ長くはもたないだろう。
下男達が、負傷した盗賊達を三人がかりで路肩へ運び、投棄する。皆、重傷だったり軽傷だったり様々だが、誰もが抵抗する気力を失っている。
「矢が、勿体ない。まだ使えそうな矢は拾い集めろ」
年嵩の郎党、吉田太郎殿が言う。下男達は盗賊の始末を終えると、ほうぼうに散った矢を拾った。
重季は、ふと思った。為朝様は、これがいわば初陣だが、と。
既に下男達が除けてしまったが、盗賊の大将らしき男。顔面に為朝様の矢が直撃し、血まみれだった。般若のごとき形相で、ギロリと為朝様を睨みつけていた。
気の弱い若党ならば、吐くかもしれない。暫くは毎夜、おぞましい顔が夢に出てきてうなされそうなものである。
(為朝様は、大丈夫でござろうか?)
そっと、為朝様の顔を見上げた。
平然としている。
いや、そんな事など眼中になさそうである。余念無く周囲を警戒している。重季はハタと気付いた。先程の残党が踵を返し、襲って来る可能性を為朝様は考えているのだ。
不逞の輩があっさり逃げたせいで、重季はつい、油断してしまった。むしろ、歳下の大将に代わって警戒を怠らぬようすべきは、我ら郎党の役目ではないか。
重季はおのれの不明を恥じると同時に、
(もはや、ひとかどの将ではござらぬか)
舌を巻いた。元服したての若き大将だが、我らが心配する事など何もない、と。
しかし、
(いや、待てよ)
と思い直す。
為朝様が警戒なさっておられるのだ。その分我らが気を抜いて良い、ということにはならない。
(いかん。精進が足りぬ)
我ら郎党は、いつ如何なる時でも、全力で為朝様をお支え申し上げるべきなのだ。
為朝様とて万能ではない。素っ裸で入浴中、そして寝ておられる時。無防備ではないか。
女子衆と戯れておられる事も多いが、左様な時に敵が攻めてきたらば、どうなる?
襲撃者が、為朝様のずるム◯巨魔羅に恐れをなし、勝手に逃げ出す!?
あり得ぬ。左様なウマい話は、あり得ぬ。
(いや、そうとも言えぬか……。他ならぬ為朝様ゆえ)
どうであろう。女人衆でさえ、あの巨魔羅を見ても逃げぬではないか。むしろ、何やら事情はよく解らぬが、おなごが妙にはしゃいで時折押し殺せぬ嬌声を上げておる。
事情はよく解らぬが。……
大事な事ゆえ二度申し上げた。
こほんっ。
左様な事は、どうでも良い。いずれにせよ我ら郎党が励まねばならぬ、という話でござる。
その後、一里程は、大いに警戒した。幸い、盗賊連中が再び襲い来る事は、無かった。
ここ数日、日の落ちるのが早くなってきたように感じる。さらに一刻程先へと進むうちに、兄上が、
「為朝様。そろそろ宿を探しましょう」
と具申した。為朝様も、そうだなと頷く。
それがしは兄上と共に、馬の腹を軽く蹴り駆け出した。我ら二騎に代わり、年嵩の兵衛太郎殿と吉田太郎殿が少し前進し、為朝様の脇を固める。
「この辺りは源氏の者の屋敷が少のうございますな」
「ああ。寺を探せ」
二頭、並んで駆けつつ、打ち合わせる。
少し辺りを駆け回ると、幸い大きな寺が二つ、目についた。米とゼニを供し、一行六一名の分宿の、承諾を得る事が出来た。
馬を戻し、為朝様にその旨、報告する。
「おう。おつかれさん」
ねぎらいの言葉を頂戴した。細かい事ではあるが、その辺りの配慮が、既に老熟した大将のそれと大差ない。
程なく寺に着いた。
それがしは下男達の様子を確認した。先程の戦闘の後始末で、衣服に少々血のついた者もいる。
よく武芸を磨く若党でさえ、初陣ともなれば、血まみれの光景や酷い臭気に動揺するものである。ましてや下男達ならば、と心配になる。
はたして若い下男の一人が、青い顔をしていた。
「大丈夫か?」
「はあ」
「まあ、斯様な時もある。武家の下男ゆえ、慣れるしかあるまい」
そこへ為朝様が近づいてきた。同じく、下男達の様子が気になったようだ。
「為朝様も、本日がいわば初陣でござったが、いかがでござるか?」
「ああ……。実は少し心配していたが、大丈夫やったな」
ばっさり首や腕を斬られた、惨たらしい死体まみれの戦場を想像していたが、思った程ではなかった……と申された。
まあ確かに、盗賊共の負傷者は、矢が刺さり、小さな傷口から出血し地に転がった者ばかりだった。為朝様が申されるような、地獄の如き戦場の光景ではない。
「最近よく獣を狩り、血抜きなども見ておるせいか、もう慣れてもうたかも」
わははは、と為朝様は笑った。さすが、剛毅な方である。




