前方に不逞の輩が
真っ先に、その不穏な状況に気付いたのは、先頭を行く兄上であった。
兄上。名を、須藤重澄という。
それがし重季の三つばかり歳上で、為朝様には遠く及ばぬが腕に覚えがある。身内の期待を大威張りで背負っていたものの、近頃為朝様の進境著しく、
「我も主・為朝様に負けず、励まねば……」
と、尻に火が点いた。その甲斐あって、皆から武術に関しては一目置かれている。それがしなどよりずっと、肝が据わっている。
兄上は、すすすっ、と馬の歩速をさりげなく遅らせた。
すぐ後方には、それがし、兵衛太郎殿、そして為朝様がおられる。兄上はそこまで馬を下げ、小声で、
「前方右側、一町ばかし(一〇〇m強)先に、不逞の輩が潜んでおりまする」
ほれ、あれでござる、と僅かにアゴで右前方を示した。
「なるほど。解った」
為朝様は素早く状況を確認し、兄上に小さく頷く。
「皆に小声で伝言を回せ。前方右側、一町ばかし先に不逞の輩あり、と。一同、半町進みて停止し、すぐに弓と槍を取れ。連中に悟られぬよう、気をつけろ」
そう、下知なされた。
我らはそれを、小声で後方へ伝える。
こういった事態にどう対処するかは、既に何度か協議を重ねている。賢い為朝様ゆえ、
「道中、我々一行に襲いかかってくる勢力があるとすれば、どんな連中だ?」
と壷井出立直前の夜、年嵩の郎党達に意見を求めている。
「左様さのう……。まず、地方の小豪族ですな。それと盗賊でござろうな」
「地方の小豪族というのは、そう簡単に、道中の武家集団に突っかかってくるものなのか?」
「いや。元より故(理由)あって攻めて来るか、警固の都合で声を掛けてくるか、のいずれかでござろう」
「つまり、理由無く不意に襲われる可能性は低い、ということか」
地域に根ざす豪族は、さすがに誰でも彼でも襲撃する事は無いらしい。彼らの側からすれば、むやみやたらに揉め事を起こす利が無いからだ。
何らかの事情があってこちらを敵視すれば、襲って来るだろう。逆に言えば、敵視されるような揉め事をこちら側が起こすまでは、先方から襲われる事も無い。
あとはせいぜい、通行中に、
――何者だ? どこへ向かっている?
と、警備のため待機している連中に問われる程度だという。
「では、盗賊は?」
為朝様が尋ねられた。
「盗賊どもが、我ら武家に襲いかかる事は無いでしょう」
「ほう。我々は武装しておらんぞ。皆、鎧兜を脱ぎ、武器も含めて荷駄車に載せている。武家ではなく、商人の隊だと勘違いされるのでは?」
「おおっ。……そうでござった」
騎乗の郎党は、為朝様含め十数騎である。それも皆、鎧兜を着用しておらず、腰に太刀を佩くのみだ。
残る者達は、郎党にせよ下男にせよ、荷駄車に乗り移動している。
なので盗賊からすれば、我らを武家と思わぬ可能性がある。為朝様は、そう指摘する。
「為朝様の申される通りでござろう。不逞の輩にも、警戒が必要となりましょうな」
兵衛太郎の言葉に、皆も頷く。
「当世、商人がこうして隊列を組み荷を移動させる場合、規模はどの程度か? そもそも商人が大人数で一気に、大量の荷を載せ移動することがあるのか?」
「蝦夷(東北)の商人が、荷を積んだ馬を数頭並べ、移動することはございますな。我ら程の人数の商隊は、見聞きしたことがございませぬ」
「なるほど」
「もっとも、この先は商いの盛んな地ゆえ、もう少し大規模な商隊がおるやもしれませぬ。……まあ、その場合は舟での移動が主でござろう」
「ふむ」
暫く腕組みし、考え込む為朝様。
「されば、盗賊の最大規模は二〇人程度と想定する」
二〇人程度!?
はて? 皆、その意図を測りかね、首を傾げる。
「なに、簡単な事だ。経済の原則というヤツよ」
ここで為朝様は、それがし重季が長らく忘れられぬ、恐るべき知性の片鱗を曝された。
「通行する大小の商隊を襲うだけで、大人数を食わせていけるか? 当世、大規模な商隊がさほど陸路を往かぬのであれば、盗賊とて規模を維持出来ぬ」
ひと月に商隊を襲い、稼げるゼニ。盗賊集団を食わせていくために必要な、ひと月あたりのゼニ。
それが釣り合わなければ、盗賊達は集団を維持出来ず崩壊する、というのである。
(はぁ……)
それがし重季、目からウロコが落ち申した。
やはりそれがしは、サカナの化身と成り果て(……以下略)
「まあ、この原則に当てはまらぬ場合もある。即ち、極度に食い詰めた集団だ。窮鼠猫を噛むが如く、勝算なぞ関係なく襲ってくる」
そういった連中は武装も貧弱で練度も低いだろう、落ち着いて対処すればよい、人数が多かろうと戦闘力は低い……と為朝様は言う。
なるほど。
我らはその後、急襲を受ける可能性のある、最大目安二〇人規模の盗賊にどう対処するか、毎夜、検討を重ねているのである。
閑話休題。――
不逞の輩の半町手前で、為朝様は静かに右手を上げられた。
我らは毎夜の打ち合わせ通り、皆一斉に荷駄車に駆け寄ると弓を手にする。
いや、一〇人は竹槍を構え、一行の前列に並ぶ。その後方に、弓を構えた四〇人が控える。
不逞の輩は、
――我らの存在を気付かれた。
と察したようで、慌てて路上に展開しこちらへと駆け寄り始めた。その数、二〇に満たない。まさに為朝様の申される通りである。
武装は皆、みすぼらしい。鎧兜全てが揃っている者は、中央の三人のみで、残りは具足を一部だけしか装着していない。弓を握る者が一〇人程か。残りは皆、ボロい太刀を抜いている。
「槍隊、少し腰を屈めろ!」
為朝様がそう下知された瞬間、唸り音と共に、前方へ矢が鋭く飛んだ。
我らが頼みし為朝様の、神業の如き一矢である。
「うわっ!」
半町先で悲鳴が上がり、真正面の武者姿の男がどさりと路上に倒れた。




