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ネガティブ戦線  作者: 楽夢智
前編 「もう終わりにしよう」と闇が囁いた
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埋もれていた欠片

すっかり日が沈み辺りが暗くなった頃、クレナハーツはカルディア城に宛がわれた部屋へ向かって歩いていた。

胸や肩といった急所を守れる程度の鎧は魔物の返り血で赤く染まっている。

今日は魔物討伐の任務を与えられたわけではなかったが、近頃城下町で多発している破壊騒動の下手人を探そうと、魔物が棲みつきやすい場所を重点的に調べまわっていた。

ホロの見解では、大型のドラゴン系、かもしれないとの事。

今ひとつ明確でないのは、仮に大型のドラゴンだとするのならばそのほとんどは気性が荒く凶暴で人的被害が出ていない事は明らかにおかしいからだ。

それに、大型のドラゴンとなると人目につく。にも拘らず目撃者がいないのもおかしい。

人の目を騙すほど強力で知能の高い魔物などいただろうか。

ホロも訝しんで、先日倒れた事など忘れたのか寝る間も惜しんで調べ続けてくれている。こういった知識はホロの専門分野なので有難いには有難いのだがまた倒れたりしないか内心心配だ。

相手の考えが読めない以上、いつ牙を剥かれても戦えるよう鎧と剣の手入れを欠かさずに行うしかない。


――魔王は倒したのに、なんで俺はまだ戦わなきゃならねぇんだ……?


自分が戦っている理由など、もう分からなかった。

ただ勇者だからという惰性で戦い続けているようなものだ。

やり場のない思いをため息として吐き出し、何の気なしに通り掛かった庭園を横目で見て、足を止めた。

カルディア城にはここの他にも趣の違う庭園が随所にあり、クレナハーツの部屋の近くにある庭園には生き物の泳いでいない小さな池がある。

その池の畔に、見覚えのある少女が座っていた。


「――――ノゾミ?」


思わず名前を呼ぶと彼女はびくりと肩を跳ねらせてそっと振り返った。

「く、クレナ、さ、ん……」

いつも通りのおどおどとどもった声はどこか震えているように思えた。

面倒な場面に遭遇してしまったなと思い、見なかった聞こえなかったフリをして通り過ぎてしまおうか考えたが、自分から声を掛けてしまった以上見て見ぬフリは出来ないだろう。

なにより、先日の薬草の一件がある。放っておいたらまた何をするか分からない。

クレナハーツは頭をがしがしと掻くと、希美の方へと歩を進め、彼女の隣に腰を下ろした。

「……で、今日は何やらかしたんだ?」

「え、え、あ、えと、な、なんでも、ないです、なんにも、ないです、だ、だいじょうぶ、です」

「嘘つけ」

「う、あ、あの、ほんとに、だいじょうぶ、なんです。えぇっと、ちょっと、夜風に当たり、たかった、だけで……その、もう、部屋に、戻ります、から」

そう言って立ち上がろうとする希美。

クレナハーツはすかさず彼女の腕を掴んで逃亡を阻んだ。


「言いたいことをハッキリさせねぇのもイラつくが、そうやって下手クソな嘘で誤魔化そうとすんのもイラつくんだよ!」


半分本音だが、こうでも言わない限り希美は話そうとしないだろう。

それでも希美はなかなか口を割ろうとせず、視線を泳がせて「でも」や「だって」と言い口元をまごつかせた。

アーニャにも短気勇者と呼ばれるように、クレナハーツは気が長い方ではない。いい加減、苛立ちが募る。

「あの、ほんとに、なんでも、なく、て……」

「そうやってなんにも言わねぇで、また勝手な事するつもりじゃねぇだろうな?」

その言葉ですぐに薬草の一件が思い当たったのだろう、希美は落ち込み気味に押し黙った。

勝手に森へ行った挙句、天啓に殺されそうになった事を意外と気に病んでいるらしい。

「――きょ……今日、アーニャ、さん、と、買い物、に、行ったん、です」

しばしの沈黙の後、ようやく希美は口を開いた。

「そ、それで、えと、帰り道、で、屋根の、上、から、木材、が、落ちて、きて……あ、アーニャ、さんの、おかげ、で、無事、だったん、ですけど……」

また死にかけた訳か、とクレナハーツは半ば呆れ返る。

随分と話すのを躊躇っていた割にはいつも通り希美が鈍臭かっただけの話にクレナハーツ脱力したが、希美が言いたかった事はそれではなかった。


「……それで、その……えっと……その時に……思い、出した、んです」

「思い出した……?」

「……こ、この世界、に、来る前、の、事、です……」


そういえば、希美がこの世界に来た時に成り行きでツァラトゥストラ書院へ連れて行き、この世界について教えたりと色々な会話をしている。主にホロが。

ほとんどの内容は話半分にしか聞いていなかったが、ホロが希美に「この世界へ来る前は何をしていたのか」と訊ねた際、彼女は「買い物に出掛けたところまでは憶えているが、それ以降が思い出せない」と答えていた。

不安げに肩を震わせる彼女を見て、思わず妹のミーリィテスにしていたように頭を撫でようと手を置いた記憶がある。

不思議そうに自分を見上げてきたのが少し心外で置くだけで終わったような。

「思い出せたならよかったじゃねぇか。それで、元の世界に帰る方法でも分かったのかよ」

希美は俯き、力無く首を横に振った。

「わ、わたし……私、元の、世界、に、帰れ、ない、んです……帰れ、ないんです」

元の世界への帰り方まで思い出せなかったからといって、そこまで否定する必要があるだろうかとクレナハーツは疑問に思ったが、次の希美の言葉でその疑問は解消される。


「私……っ私――死んじゃってるんです」

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