第七八話:「終わりにさせてよ」
警戒は、していたつもりだった。
ただでさえ一二魔天将の一角、それが更にパワーアップするときた。しすぎて困る事は無い。
神経を張り詰めて意識を張り巡らせて、何があろうと対応できるように。
けれど、そんなものはまるで無意味だったと思い知らされた。
僕と黒装束の彼女の間を素通りし。
真横にいたマスターをして身動きさえさせず。
青年は余りにも易々と、王女の胸を貫いてみせた。
丁度胸の前に抱えていた杖も盾の役割を全く果たさず———どころかむしろ一緒に貫かれた事で粉々になった破片が、王女の傷を悪化させている。
……勿論それがなくとも、致命傷に近い事に変わりはないだろうが。
「……ぇ?」
事態を把握できていないのか、そんな風に王女は掠れた声を上げる。
それに反応して振り向いた僕らが目の当たりにしたのは、そんな事が推測できる状況だった。
青年が―――否、彼をそう呼ぶには、いささか以上に人の姿から離れすぎていた。
白と黒の虎柄を持った、大型の豹のような姿。(虎柄だから素直に小さめの虎というべきか?)
何より理性が微塵も感じられない赤い眼が、否応に恐怖を掻き立てた。
ズリュリと獣が腕を引き抜くと、王女は口から血を吐き出しグラリと揺れる。
「貴ッ……様ァ……!」
同様の光景を目撃したであろう黒装束の彼女が、珍しく怒りをあらわにする。
けれど、なぜか感情に反して彼女の動きは緩慢だった。
普段ならいつの間にか手にしている短剣を取り出す様も、普段ならとっくに辿り着いている移動の動き出しも、何もかもがゆっくりに見える。
……あぁ。ダメじゃん、そんなに遅くちゃ。
そこまでのろいと、ほら、そんな風に。
先端がナイフみたいに尖った尻尾で片目を潰されて。
肋骨が折れたのかな? 蹴られたお腹から嫌な音が鳴ってるよ。
マスター、あなたもですよ。
今さら飛びかかった所で対処されるに決まってるじゃないですか。
肩から腰にかけて斜めに袈裟切りに。
間を置かずにもう一筋赤い線が、エックス字を描くようにマスターの身体に走る。
やったのは多分、振り上げてる両腕の爪かな?
そこまで視た所で、ふと気付く。
———あれ? どうして僕は、一歩も動いてないんだろう。
変わり果てた姿の青年の、次はお前だと言わんばかりの野生の猛獣さながらの眼光を受けようやく僕は理解した。
あ、これ死ぬ間際のスローモーションになるってあれじゃない?
「———あ」
世界が、
「……あぁ」
時間を、
「……あぁぁ」
取り戻す。
「……ぁぁぁああああああぁぁぁぁあああぁぁあああぁああぁあああああ———!!」
ガツンと頭を強打される感触がして、僕の視界は黒に染まった。
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どうやら僕の身体というのは、自分の思ってる以上に強いらしい。
精神の方はとうにへし折れているというのに、頭をぶん殴られ(?)地面に打ちつけられても、死ぬどころか意識を失いさえしなかった。
全く本当に、嫌になるよ。とてもやってられない。
もういいでしょ、神様? 僕はもう充分頑張ったよ。だから元の世界に帰してよ。
世界に帰ってご飯食べてシャワー浴びて布団に入って。
朝になったら制服に着替えて学校に行く。
それでいいじゃん。そうさせてよ。
もうここで、終わりにさせてよ。
いつまで経っても、応えてくれる気配はなかった。
……まぁそうだよね。
誰も、僕に興味なんてないよね。
「……ふざけるなよッ!! 僕が———」
「うっせぇんだよッッッ!!!!!!」
起こした上半身は一瞬で青年に足蹴にされ、再び地に叩き落とされる。
精一杯の心の叫びも、それとともにあえなく遮られた。
「頭蓋割り砕いてやっから大人しく死んでろよ虫けらが! それともそのキンキンうるせぇ喉を引き裂いてやろうか!!」
怒りを爆発させ———というよりは半狂乱のような状態で、青年は僕の頭を何度も踏みつけて来る。
……あぁ、痛いなぁ。まるで容赦が感じられないや。
もう少し手心を加えてくれてもいいじゃん……って、聞こえてないか。
向こうも何言ってるか分からないし。
にしても、女子の顔を躊躇いもなく傷めつけられるってどうなのよ。
いやまぁそんな事を言い出したら、この人最早顔とか言うレベルじゃなくボロボロにしてるんだけど。
……うん。もう何か、何でもいいや。
殺してから、考えよう。
ドゴン、と。
地面を変形させて作った巨大な腕で、彼をぶん殴って吹き飛ばした。
視界が霞むのは血が足りないからかな。現に額から温い液体が伝う感覚があるし、などと考えながら立ち上がる。
同時に土の腕はボロボロと崩れ、代わりにその残骸が小さな土塊をいくつか形成する。
指揮するように軽く手を振ると、それに合わせて次々に土塊が青年へと飛来する。
最初の二、三個は直撃するのが見えたが、それ以降は砂煙に覆われて見えなかった。
まぁ当たっていようがいまいが、元よりダメージには期待していない。
せいぜい足止めの時間稼ぎだ。
後はこの隙をついて、どうにか彼女たちを逃がしたいんだけど……。
「待……て……」
と、そんな声がした。
声の出所を見てみれば、マスターが息も絶え絶えに起き上がろとしている所だった。
「……生きてたんですか」
「儂は死なんよ……」
吐き捨てるように言うマスター。
驚いて口が滑った僕に対しての皮肉なのだろうが、それにしては断定的な口調が少し気になった。
いやまぁ、今はどうでもいいけれど。
「其れよりお主……、彼奴と戦うつもりか……!?」
「えぇ」
「儂等は援護出来んのじゃぞ! お主一人で相手に出来ると思うて居るのか!?」
「えぇ」
「無謀じゃ、死ぬぞ!!」
「僕は死にませんよ」
「巫山戯……っ、ゲホッ、ゴホッ……!」
そこまで捲し立てた所で、マスターは勢いよくせき込んで吐血する。
「無理はしない方がいいですよ。回復魔法とか使えないんですか?」
「……使えん事は無い。が、無いよりは良い程度じゃ。気休めにしか為らんよ」
「それは重畳。僕は使えませんからね」
ニコリと笑顔を作って言う。
やってから気付いたが、血塗れに笑顔って相当アレな絵面だぞこれ。
「ある程度彼女たちを回復させたら、二人を連れて一緒に逃げてください。その間は僕がどうにかしておきますので」
「……お主の事はさて置くとして、其の提案に乗りたいのは山々じゃがの。言うたばかりじゃろう、無いよりは良い程度じゃと。生憎と儂の力では、辛うじて此奴等の命を繋ぎ留めるのが精一杯じゃよ」
「そうですか……。じゃあ、役割を逆にするしかないですね」
尋ね返される前に行動を起こす。
と言っても、した事は単純だ。
彼女達と僕との間に、土を盛り上げて壁を作っただけ。
と言うよりは、彼女達を覆うようにドーム状に囲った、の方が正しいか。
そしてそれも、広さこそいくらか余裕は持たせたが壁の厚さはたかが知れているし、何より上方には人が出られるだけの隙間が空いてしまっている。
それこそ普段のマスターなら簡単に脱出なり破壊なり出来てしまう訳だ。
勿論、それが出来ない事を考慮してのこのずさんな手抜き工事ではあるけれど。
一応念には念を入れて、僕と彼女達を包んだドームとの間にもう一枚壁を作っておく。
こちらの方はそれなりに強度を持たせた作りにした。
戦う相手を思えば盤石とはとても言えないけれど、『無いよりは良い』だ。
新たに作った壁にもたれかかりながらその向こうにいるマスターに、ひいては聞いているかも分からない王女や黒装束の彼女に話しかける。
「その壁は僕が自分の意思で崩すか、維持してられないくらいまで追い込まれたら崩壊するように設定してあります。とりあえずは彼をここから離れさせる事に全力を注ぎますので、それが壊れたらあなた達は安全が確保できたと思ってもらって大丈夫です」
返事はない。
代わりに、ゴスッという壁を殴る音が何度か聞こえた。
それを合図に壁から体を離すと、一振りの刀を取り出す。
そして刀を構えながら、今度は正面に向かって声を飛ばす。
「お待たせしてすいません。そろそろ再開しましょうか」
こちらもやはり返事はない。
ただ刺すような殺意だけが、ずっと僕に向けられていた。
さて問題です。次回の更新はいつになるでしょーか?
1、年末
2、年明け
3、年度末
答えは神のみぞ知る(物理)
エタるが選択肢にない点に作者の最後の意地を感じていただければ……。




