第七六話:「……何か言い訳はありますか?」
跳び上がった瞬間、その場に王女を置き去りにしてしまったのを思い出す。
が、直後にそれは余計な心配だったと悟った。
黒装束の彼女がいつの間にか手にしていた短刀を、青年の顔目掛けて投擲する。
それを青年はこともなげに素手ではたき落とすが、彼女達の狙いはそこではない。
はたき落とす事によって視界が狭まり生まれる死角。そこに、息もつかせぬ早さでマスターが潜り込む。
当然ながら、時間にすれば一秒と経たずに死角は無くなる。
けれど真剣勝負の世界では、———その一瞬で充分な隙となる。
「……チッ!」
青年の脇腹に、マスターの長い脚が鞭のようにしなりながら直撃する。
青年は数メートルほど吹っ飛ぶと、仰向けに転がって地面に倒れ込んだ。
それと同時にマスターは空いている腕で棒立ちの王女を引き寄せると、反動を利用して一息でその場を離脱する。
着地するのとほぼ同じタイミングで王女を回収して戻って来たマスターに、僕は声をかけた。
「大丈夫ですか?」
「問題無い。見れば分かるじゃろう」
「問題ありそうだったから声をかけたんです。そもそもあなたの心配はしてません」
「毎度の事じゃがお主、儂に対して当たりが強くないかのう?」
「毎度の事なんで慣れて下さい」
適当に言い捨てると、心配の種へと視線を向ける。
「……生きてますか?」
「聞き方おかしいわよ……」
辛うじて絞り出したといった調子の返事が返って来る。
「そうですか。まぁでも無事なら良かっ———」
「良くないわよ! もう嫌、何でいつもいつも私ばっかりこんな目に遭うの……」
「それはその、何というか……。あ、ほらあれですよ、さらわれるのはお姫様の特権的な……」
「私は正真正銘紛れもなく歴としたお姫様よ! 第一、味方にさらわれるお姫様がどこにいるっていうのよ! 実行犯には丁重さの欠片もないし!!」
「悪気は無かったんじゃ。反省もしておる」
「悪意は無かったが反省はしていない」
「そこの黒いの、ちょっとこっち来てなおりなさい」
「どうしてこう女子という生き物は、集まると喧嘩か他人の悪口大会しか出来ないんですかねぇ……」
「其の括りならお主も含まれて居るからの」
ハハハ、ナンノコトヤラ。
と、そんな事を言い合っていると。
「……くだらねぇお喋りは終わったかよ」
ゆらりと上体を起こしながら、青年が言葉を発した。
「大体何だよお前ら、初対面の相手にいきなり殴り掛かりやがって」
「蹴っただけじゃ、殴っては居らん」
「凶器を投げただけだ、右に同じ」
「逃げただけです、以下略」
「私に至っては本当に何もしてないんだけど……。ていうかどうしてそうアナタ達は揃いも揃って見境無く火に油を注ぎたがるのかしら!?」
「屁理屈聞きてぇ訳じゃねぇんだよ。ぶっ潰されてぇのか」
「ほら見なさい! 余計な争いの火種生んじゃったじゃない!」
「いや、そう言われましても……」
というか、どちらかと言えば僕もグレーゾーンなんですがそれは。
「……つか、さっきからうっせぇんだよそこのチビ。黙ってる事すら出来ねぇのか、最近のガキは」
……あ。
王女にそのワードは禁句……と思ったけど、どうやら手遅れのようです。
だって今はっきりブチッて聞こえたもん。
え? 何がってそりゃあ……、
———堪忍袋の緒が切れる音が。
「……誰が」
「あん?」
「———誰がチビですって?」
直後。
青年の立つ位置を中心に、巨大な火柱が巻き起こった。
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逆巻く火柱はどんどんとその規模を増して行く。
熱風が吹き荒れ、火の粉が弾け飛び、地面に亀裂が走る。
と言っても、ただ単純に魔力を込めて威力を上げている訳ではどうやら無いようだ。
天高く舞い上がる火柱を、風が渦を巻いて覆っている。
その光景はさながら、炎の竜巻のようだった。
「よくこんな魔法使えましたね。てか何で今までこういうの使わなかったんですか?」
「うるさい! 今集中してる所だから黙ってて!」
……なぜかキレられたし。
仕方無いのでマスターに解説を求める。
「どういう事ですか」
「何故然う喧嘩腰なのじゃ……。……まぁ儂は普段の彼奴の魔法を知らんで断定は出来んが、平たく言えば『キレて』居るからじゃろうな。魔法は確かに本人の資質に大きく依存するが、其れが全てでは無い。精神状態や体調の良し悪し、喜怒哀楽の強弱迄有りと有らゆる要素が絡む。今の状況なら、少なくとも威力だけなら一級品じゃろう」
「威力だけなら、ですか」
そのどこか含みを持たせた言い方が耳に引っ掛かった。
「ん? 否々、此れと言って深い意味は無いわい。並の魔族相手なら力押しでも充分通用しようぞ」
「けど今回の相手はどう見たって並じゃない、……ですか?」
「其の通りじゃよ」
いつになく真面目な表情でマスターは言った。
が、すぐに表情を緩めると、
「じゃがまぁ流石の一二魔天将と言えど、彼れを食ろうて無事で済むと云う事は———」
———無いじゃろう、とマスターが続ける前に、それは来た。
草むらをかき分けて進んでいるのかと思うほどあっさりと、火柱の中から青年が現れる。
「……嘘、でしょ……?」
魔法を撃ち終えたと思しき王女が、肩で息をしながら驚愕の声を上げる。
「……何か言い訳はありますか?」
「……聞かんかった事にして於いて呉れんかの」
尋ねる僕の声も答えるマスターの声も、微かにではあるが震えていた。
そんな僕らに、青年は酷くイラついた視線を向ける。
「無抵抗の奴相手に殺しにかかるって事はつまり、そういう事でいいんだよなぁ?」
そう吐き棄てると、肩を怒らせながらこちらへ歩いて来る。
「まさか今さら逃げる気はねぇよな? そっちから売って来た喧嘩だぜ」
「あなたは下がって休んでて下さい。ひとまずは僕らで相手をしときます」
青年の問い掛けは無視して王女にそう促すと、彼女をかばうように僕、マスター、黒装束の彼女の三人は前に出る。
僕が取り出したのは鍔も無く刀身も短い、仕込み刀のような形状の剣。黒装束の彼女は先程投げた物と同じデザインの短剣を逆手に構える。マスターは何も持たない、つまりは徒手空拳だ。
そうして僕らが臨戦態勢を整えると同時、青年が間合いに踏み込んでき———
———づいた時には、既に懐に入り込まれていた。
それに反応する暇も無く、視界に何かが覆い被さって来る。
否、そうではなく。
青年が僕の頭を、バスケットボールのように鷲掴みにしているのだ。
その状態のまま青年は更に一歩踏み込むと、勢いに任せて腕を振り下ろし———つまりは僕の頭蓋を地面に叩き付けようとする。
「ッッ!!」
咄嗟にその手から逃れようとするが、そう簡単に振り切れるほど甘くはない。
為す術も無く僕の頭は潰れたスイカのようにグチャグチャに———はならなかった。
僕は反応できなくとも、彼女達であれば。
潰されかける正に瞬間の手前、不機嫌そうな青年の眉間に深くしわが寄る。
その彼の喉元には、銀色に輝く鋭利な短刀の刃が添えられていた。
短刀を持つ黒装束の彼女は、刹那の躊躇いも無く青年の頸動脈を裂きに掛かる。
「死ね」
「ッ、クソがッ!!」
青年は瞬間的に身体全体を捻り、ギリギリの所で凶刃を躱す。
そのまま一八〇度身体を回転させ天を仰いだ青年が、そしてそのお陰で僅かながら確保できた視界の中で僕が見たのは、青年を僕ごと無慈悲に踏み潰さんと迫って来るマスターの足だった。
「ちょ、待っ———」
止める間もなく、彼女はその長い脚を繰り出す。
直後に、ゴキリという嫌な音がした。
ただし、音の発生源は僕ではなく。
僕を顔を掴んでいた青年の腕、その肩の関節を、マスターは正確に踏み砕いていた。
「ング……っ、あああぁぁぁぁぁ———」
「騒々しいぞ、獣が」
僕が緩んだ拘束を振りほどくと同時、マスターが青年の顎を踵で打ちつける。
さほど強く蹴飛ばしたようには見えなかったが、青年は勢いよく転がって行った。
それを横目に素早く起き上がると、倒れる青年から意識を外さないよう気を付けながらマスターに話しかける。
「何してくれるんですかこの野郎」
「良い具合に危機感を楽しめたじゃろう?」
「死と隣り合わせのスリルなんて求めてないんですよこっちは!」
「然う感情を荒らげるで無い。折角の美人が台無しじゃぞ」
この人の顔面一発ぶん殴りたいんだけどいいかな? いいよね?
「其れに、お主の手癖の悪さとて中々じゃろうに」
嘆息しながらマスターは僕の手元を見、それから青年の方に視線を向ける。
その僕の手にあったはずの剣は無く、代わりに倒れ伏す青年の脇腹にそれは深々と喰い込んでいた。
「うわお。これはびっくりしました」
「白々しいのう。にしても遣られながらの一瞬の間に相手に深手を負わせるとは、空恐ろしい奴じゃわい」
褒めてるのか呆れてるのかよく分からないテンションでマスターは言う。
まぁ実際これは反射的に手が出ただけで反応できていた訳ではないので、あまり誇れる事ではないのだが。
そしてそれに———。
「———どうも僕には、深手を負っているようには見えませんけど」
「……?」
マスターが訝しげに視線を僕に戻した所で、青年が動いた。
と言っても、やった事は至極単純だ。
刺さった剣をむんずと握ると、止めどなく流れ出る血に一切構う事無く引き抜き地面に叩き付ける。
当然剣は根元からへし折れ数秒ほど宙を舞った後、カランと音を立てて地面に落ちた。
そして彼は小さく、しかし今まで聞いたうちで最もイラついた声音でこう呟いた。
「『獣半形態』」
同時、青年の身体からミシリと音が鳴る。
変異が、始まった。
書く気はちゃんとあるんです。
展開もちゃんと浮かんできます。
いざ書き始めると急速にやる気が萎えていくんです←
これが噂のスランプというヤツか(違う
そんな訳でほぼ丸々二ヶ月空きました。真に申し訳ございませんでした。
次話からは早く投稿できるようにします(できるとは言ってない)




