第七三話:「可愛いトコあるじゃない」
人族にとって最大かつ貴重な戦力。
その早すぎる戦線離脱は、かなりの痛手となった。
ていうかぶっちゃけ致命傷に近い。
戦争が始まってもいないのに、既に崖っぷちに立たされている。
「然う悲観する事も無いわい。伊座と成れば成る様に成るじゃろ」
とはマスターの言。
この人には危機感という物が無いんだろうか。
……無いからこんな事が言えるんだろうなぁ。
そんなこんなで重苦しい空気のまま会議は解散し、僕らは中央都市を後にしている。
そして、それとはまた別の問題が起こっているのだが……。
と、隣を歩いていた王女が不意にもたれ掛かって来る。
「……大丈夫ですか?」
「……心配いらないわ。ちょっと目眩がしただけよ」
答える王女の声からは、とてもそんな風には感じられない。
理由はまぁ、概ね察しは付くが。
現状『行方不明』となっている王女のお姉さん―――第一王女についてだろう。
行方不明と言ってはいるものの、実質それは死亡宣告に等しい。
僕もチラリとだけ現場を見たが、それはもう凄惨な光景だった。
『まだ生きている』、『どこかに隠れている』。
少なくとも、そんな希望を容易く摘み取るくらいには。
その中で、合成獣である事を除けば凡人だったであろう彼女が生かされる理由が無い。
そんな事は王女だって百も承知だろう。
承知の上で、まだ信じている。
毎日のように起こる殺人事件が、自分の身にだけは降りかかるはずが無いと思っているように。
致死率九九パーセントの難病に罹ったと聞いたら、自分は残り一パーセントの側なんだと信じて疑わないように。
盲信している。
妄信している。
そうでもしなければ、多分彼女はすぐに壊れてしまうから。
事実、あの時の彼女は見ていられなかった。
ひと通り喚いて、泣き叫んで、当たり散らして。
何とかなだめすかせて落ち着いたと思ったら、今度は抜け殻のように部屋で蹲る。
ここに来る道中でも終始そんな感じで、むしろあの場でよく平静を保っていられたなと感心していたほどだ。
何なら出立するまでと道中の気苦労の九割は、王女への気遣いが占めたと言っても過言ではない。いや過言か。
とにかくそんな訳だから、僕の精神的疲労もマッハである。
元々僕はメンタルの強い方ではないから、これ見よがしに落ち込まれると僕が責められているような気分になる。
そして実際、あれだけ大口を叩いておいて何も出来なかった僕に責任が無いはずが無い。
自分で言うのも何だがよく耐えた方だ。
本来なら僕も塞ぎ込んでいたいが、そうもいかないのが辛い所である。
誰か僕を慰めてほしい。割とマジで。
あ、ヤバい。考えてたら込み上げて来た。
「どうかなされましたか、我が主? お顔が優れないようですが」
「……あぁいえ、何でもないですよ」
「すぐ横の私はガン無視なのね。私も結構重症なんだけど……」
「何だいたのか。悪かった、何せ背丈に差があり過ぎてな。目に入らなかったのだ」
「……こんな状態でアナタに絡んだ私がバカだったと言えばそれまでなんだけど、譲れない事の一つや二つくらい人にはあるものよね」
「はいはい、喧嘩しないで下さい。それとあなたも不必要に病人を煽るのは控えるように」
「どきなさい。前々からアイツとは、一度決着を付けなきゃ———」
「我が主がそう仰せられるのであれば、御心のままに」
「この、っ……!」
言い争っていたがどうやらそこが限界だったらしく、スイッチが切れたように前のめりに倒れる。
何とか地面に着く前に抱きかかえるが、顔色は芳しくない。
とてもではないが、自力で歩けそうにはなかった。
だが、同様の理由で今の僕では王女を抱えていけるだけの体力は無い。
かといってマスターでは、万に一つもないと思うけれど色んな意味で危険な香りがする。
となると、消去法で黒装束の彼女しかいないんだけど……。
「お願いしてもいいですか……?」
「……我が主の命とあらば」
顔をしかめながらもそう答えると、僕が支えていた王女を背負う。
「……?」
「今回だけだ。歩けるようになったら降りてもらうぞ」
「……何よ、可愛いトコあるじゃない」
黒装束の彼女の首に手を回すと、王女はその背に顔を隠すように埋めた。
「第一、私の上は我が主専用の場所なのだ。本来なら、貴様のような凡俗が気軽に触れて良い場所ではないのだぞ」
「没落したとはいえ王女を凡俗って、中々言うわね……。と言うか上って、アナタが言うと変な意味にしか聞こえないんだけど」
仏頂面の黒装束の彼女と、苦笑するような声色で話す王女。
その姿は、仲の良い姉妹のようにも見えた。
あるいは王女は、黒装束の彼女を本当のお姉さんに重ねているのかもしれない。
「羨ましければ遣ってやっても良いぞ?」
唐突に耳元でマスターの声がした。
喉まで出かかった悲鳴をギリギリ堪えて振り向く。
「……いきなり背後に立たないで下さい、心臓に悪いです。あとやってもらわなくて結構ですから」
「其れは残念。にしても、羨ましいと云う部分は否定せんのじゃな」
「……別に。僕一人っ子だからああいう風に兄弟姉妹に甘えたり甘えられたりした経験無いし憧れるなぁとかこれっぽっちも思ってないですよ、えぇ」
「……然う云う事にして於くとしよう」
……いや違うからね? 思った事一回も無いからね?
僕らがそんなやりとりをしている間にも、目の前の疑似姉妹の会話は続く。
「ねぇ、アナタ年幾つなの?」
「少なくとも貴様よりは年上だと言っておこう」
「人を見た目で判断すると痛い目みるって教わらなかった? 何なら今ここで実践してあげるわよ」
「事実を述べたまでだ。暴れるようなら引き摺り落とすぞ」
「少しは気遣いなさいよ。あとこの髪鬱陶しいんだけど」
「それは貴様が私の背に乗っているのとでおあいこだ。切るつもりは無い」
「へぇ……。でも考えてもみなさいよ。愛しの主様とこういう状況になった時に、迷惑がられたくはないでしょ?」
「……一理あるな」
「でしょ? なら———」
「だが、長い方が出来る事は多い。我が主の為であれば望むべくもないが、貴様に指図される謂れはない」
「……ホンットつまんないわね、アナタ。何か面白い話の一つでもしてみなさいよ、それ子守唄にして寝るから」
「ふむ……。ならば私がこれまでに仕留めたターゲットの断末魔でも聞かせて———」
「寝かせる気ある? 無いでしょ? それただの嫌がらせよね? 私が求めてるのはもっとこう普通の、神話とかおとぎ話とか、童話みたいなのよ」
「私の幼い頃はこれが普通だったが」
「……アナタにお姉さまと同じ役割を期待した私がバカだったわ。えぇ認めるから、お願いだから黙って」
……今更だが、彼女に王女を任せたのはマズかったかもしれない。
「アナタ達は何かない?」
「そう言われましても……」
王女は僕らに話を振ってくる。
あるにはあるが、僕が知ってるのは元の世界の物だ。
話していいものかどうか判断に迷う。
僕が返事に窮していると、横を歩いていたマスターが口を開いた。
「有名所で良いのなら『創世記』、『竜騎士物語』、『人魚伝説』等々在るが……。矢張り最も知れ渡って居るのは、『英雄王』じゃろうな」
「『英雄王』?」
耳慣れない単語に思わず聞き返す僕とは対照的に、王女や黒装束の彼女は「あぁそれか」といった表情を浮かべる。
「うむ。凡そ一〇〇〇年前に起こった第一次人魔大戦。其の結果は知って居るの?」
「……」
当然ながら知る訳がない。
口を噤んでいると、代わりに王女が答えた。
「人族側の勝利、でしょ?」
「左様。じゃが、始めから人族側が優勢だった訳では無い。物量や戦術こそ上回り局所的な戦勝報告は挙がったが、大局的には其れ等が意味を成さぬ程の身体的能力差が在った。当時は魔法の有用性も軽んじられて居っての。一方的に領土を侵されるのみじゃった」
まるで実際にその目で見て来たかのような話し振りに、思わず耳を傾けてしまう。
「じゃが、或る時期を境に形勢は突如逆転した。盛り返した人族側は一気に戦局を押し切り、瞬く間に勝敗を決定付けたのじゃ。じゃが、其の或る時期に何が在ったのかは未だ以て解明されて居らん。天より神の使いが降臨した。失われし超古代兵器の発掘に成功した。幾つもの学説が唱えられたが、何れも根拠に乏しく決定打に欠けた。其の中の一つに、此の様な説が有るのじゃよ」
そこでマスターはわざとらしく溜めを作ると、実に勿体ぶった言い方でこう続けた。
「曰く、異界の勇者を召喚せしめた、とな」
「……ッ」
咄嗟に息が詰まる。
後から考えれば何て事のない、事の真偽すら定かではない逸話であるにも関わらず、『前任者がいた』というその事実は、少なからず僕の心を揺さぶった。
「其れを元に有る事無い事尾鰭が付けられ、遣る事成す事全てが肯定されて、美談として語り継がれて居ると云う訳じゃ」
そう告げて、マスターは話を締めくくった。
その語り草に僕らはしばらく言葉を失っていたが、
「……で、本編は?」
「面倒じゃから次の機会で」
思わず手が出たが僕は悪くない。
と思っていたが、いつの間にやら王女は寝入っていた。
「こんなグダグダで寝れるんですね……」
「本人が満足なら良いじゃろう」
静かに寝息を立てる王女。
それを横目で見やると、黒装束の彼女は束ねていた後ろ髪を身体の前面へと持ってくる。
「どういう心境の変化ですか?」
「他意はありません。起きた時に、寝心地に文句を付けられては堪らないと判断したまでです」
「そうですか……」
……そういう事にしておくとしよう。
※注:ああ見えて、主人公は意外と思い込みの激しいタイプです。




