第七〇話:「一体どういう了見でしょう」
突然の魔族侵攻から三日。
人族領ミズガルム。
その首都、中央都市。
政治、経済、軍事、金融、その他あらゆる都市機構を一手に引き受ける、名実共に人族領最大の街。
その中でも最奥部中の最奥部、戦争の際にそこを落とされれば人族は確実に敗北すると真しやかに噂されている場所へ僕らは訪れていた。
まぁ逆に言えばそれは、そこさえ落とされなければ負ける事は無いという事でもあるが。
事実、物理、魔術の両面において何重もの防護を施されており、世界で一番安全な場所としてこっちの世界でいうギネス的なのに登録されているとかいないとかそもそもそんな物は無いとか。
平たく言えば人族にとって超重要な所という事だ。
「———って、何でそんな所に僕らがお呼ばれしてるんですか!?」
「さぁ? 知りたかったら私たちを連れて来た張本人に聞きなさいよ」
それもそうかと張本人———ギルドマスターへとジト目を向けるが、彼女はどこ吹く風とばかりにその白髪を弄っている。
「というかマスターやあなたはまぁ良いとしても、僕や彼女みたいなどう頑張っても一般市民の域を出ない人がこんなトコに入っていいんですか?」
チラリと黒装束の彼女の方を見ながら言う。
こちらはこちらでこっそり近付いて来ていたので、とりあえず半歩遠ざかるのを忘れない。
「普通は無理よ。一般市民どころか王女って身分の私でさえ、許可無しに侵入したら牢獄行きになるわ。けど……」
そこで王女は一旦言葉を切ると、ハァと大仰に溜息を吐いた。
そして憂鬱そうに再び口を開く。
「その程度のわがままならあっさり通すのが、Sランク冒険者って生き物なのよ」
「……」
今後、安易にマスターに逆らうのは止めておこう。(権力的な意味で)
「にしても、中々始まりませんね。我が主を待たせるとは、一体どういう了見でしょう」
「僕は関係ないって話を今したばかりにも関わらずそれを右から左に聞き流すあなたの都合のいい耳は置いとくとしても、確かに少し妙ですね」
僕らを除けば今この場にいるのはたった二人。
いかにも冒険者といった風体の粗野な印象を与える中年の男と、小綺麗な正装を身に纏ってはいるもののやはり冒険者という雰囲気が抜けない若い女の人だ。
三日という異例過ぎる程短い時間で招集がかかったのだから一分一秒でも惜しいはずだと思ったのだが、そうではないのだろうか。
そろそろ本格的に抱きついて来そうになった黒装束の彼女を押さえつけながら考える。
まぁ腕の長さは彼女より僕の方が短いのでやろうと思えば抱きつけるのだから、まだ本気ではないのだろう。
そんな僕らの疑問に答えたのは、沈黙を保っていたマスターだった。
「魔族側の思惑が何で有れ、此方も一枚岩と云う訳では無いからの。其れに儂を呼ぶと云う事は当然、彼奴等にも招集は掛かって居るじゃろう」
「彼奴らって?」
「知りたいかの?」
悪戯っ子のような卑らしい笑みを浮かべてマスターは僕を見つめる。
「世界最高峰の冒険者にして、極まり過ぎる程に極まった際物。味方に付けるにも一癖も二癖も有る、扱い切れぬ曲者共じゃよ」
実力は儂には及ばんがの、と付け足すと再度髪を弄り出す。
どうやら最初からまともに答える気は無かったようだ。
と、バタンと扉が開いて新たに二人が入って来た。
まず先に来たのが、どこかの学校で校長先生でもやっていそうな白髭をたくわえた偉そうな老人。
その後ろを、眼鏡をかけた気の弱そうな中間管理職っぽい男の人が追従していた。
偉そうな老人は立ち止まって僕らを見渡すと、これ見よがしに落胆した表情をする。
「あれ程非常事態だと通達したにも関わらず、招集に応じたのがたった三人とは……」
「お、お言葉ですが、彼らはそもそも所在すら不明の者が多く、連絡を取る事すら出来ないのが大半です。三人というのはむしろ集まった方で……」
「本人が現れておればな。三人中二人が代理出席とは、貴様等揃いも揃ってふざけているのか!」
一人は余計なのをゾロゾロと引き連れて来おるし、とでも言いたげな視線をマスターに送る。
というか二人って、あそこの冒険者らしき人達は両方代理なのか。
一体誰の代理なのか気になるけど……。
「まずもってあのご老人はどちら様なんですか?」
「アナタ、それは流石に世間知らずが過ぎないかしら……」
小声で王女に尋ねると、呆れた声で返された。
「ミズガルム中央都市の現統一領主サマ。簡単に言うと人族で一番偉い人よ」
「わぁお……」
偉そうじゃなくて本当に偉い人だった。
校長先生やってそうとか思ってすいませんでした。
が、敬意を持った(常識人とも言う)のは僕と王女の二人だけのようで。
特に代理の二人は反感を隠そうともせず言い返す。
「おいおい、ひでぇ言われ様だな。こちとら頭領の命令じゃなきゃ、一度だって足を踏み入れたくねぇ所にわざわざ出向いてやってんのによ」
「同感ね。こんな事でもなきゃ今頃は、あのお方と愛の逃避行の真っ最中だったってのに……」
「ハッ、相手にもされてねぇ分際で何妄想ひけらかしてやがる。体のいい厄介払いだって事にそろそろ気付けよ」
「そっちこそ、あれだけ大勢いる中から選ばれるなんて、一番使えないヤツだと思われてるって事じゃない。哀れなのはどっちかしら」
「んだとコラ」
「何よ」
「ま、まぁまぁお二方、その辺りで一旦落ち着いて———」
眼鏡の男性が仲裁に入る。
苦労人というのは、負わなくていい責任まで負わされてしまうから苦労人って言われるんだよね。
ちなみにマスターと黒装束の彼女はハナから興味を持っていないようだ。
「そ、それでは全員揃ったようですので、始めさせて頂きます。まずは現状の確認から」
なんて言っている間に話が進み出した。
そしてどうでもいいけど、本当にこの人数で全員なんだね。
「事は三日前。友好関係にある亜人族領を含む人族主要都市全一一ヶ所が、魔族による襲撃を受けました。内七ヶ所は主立った被害は報告されていませんが、三ヶ所が陥落寸前、一ヶ所はほぼ壊滅状態まで追い込まれたそうです。その一ヶ所というのが……」
そこまですらすらと読み上げていた彼が言い澱む。
それもそうだろう。何せ壊滅状態に追い込まれた都市というのは他ならぬ———、
「私達が治めていた国、ですね」
吐き捨てるように王女が言葉を引き継ぐ。
そう、彼女の父親が統治していた———そして、僕らがこの前までいた街だ。
あの後僕らはしばらく戦っていたが、途中で魔族達は目的は果たしたと言わんばかりにあっさりと退いたのだ。
そのため幸運にも民間人の被害こそ軽微だったものの、どうやら別口で侵入者がいたらしく、当時王宮内にいた王族貴族や兵士、使用人は軒並み殺されていたそうだ。
まぁ数が数、惨状が惨状なだけに死体の判別がままならず、またそれを行う人員も圧倒的に不足しているため行方不明扱いが殆どとなっているが。
また、中央広場にもかなりの数の兵士や冒険者の死体が残されていた。
上流階級で無事が確認されているのは僕らと一緒にいた第三王女と、各貴族の年端も行かないため王宮には連れ出されなかった跡継ぎ達ぐらいのものだ。
そんな訳だから国営は立ち行かなくなり、民間人は難民として各地へ散らばっている。
「……えぇ。難民の受け入れに付いては各国に働きかけ、随時行わせるようにしています」
「それについては本当に感謝します。私どもの不手際を押し付ける形になり、申し訳ありませんでした」
「い、いえ。そういう時の為にここがあるのですから、どうかお気になさらず」
王女が礼儀正しく頭を下げる。
……僕は今、この世界に来て初めて『大人の会話』というのを見た気がした。片方は子供だけど。
「……!」
……何か王女に凄い目で睨まれた。
おかしいな、口には出してないはずなのに。
「……えぇと、それでは次に参りたいと思います。メッセンジャーとなった『一二魔天将』の言を信じるならば、本格的な侵攻までは七日となります」
「到底鵜呑みにして良い情報ではないがな。実際に事を起こすのが七日後であろうと明日であろうと、時間が足りない事には変わりない」
「我々も出来る限り早く軍備を整えてはいますが、上手くは行っていないのが現状です」
隠そうとはしているが、抑え切れない苦労が滲み出ているのが分かる。
「今回お呼び立てしましたのは他でもありません。世界でも指折りの実力者である皆様に、折り入って頼みがございます」
ここまで言われれば、殆どの者は彼の言いたい事を理解した。
「魔族の長たる『魔王』を含む『一二魔天将』を、大戦までに一人でも多く討伐して来て頂きたい」
「断るぜ」
間髪入れずに、冒険者風の男の人が応じた。
「そん、な……っ!」
「何故なら」
驚き狼狽える眼鏡の男性を尻目に、彼は殊更注目を集めるように溜めを作って言う。
「ウチの頭領は、言われるまでもなく出陣してるからだ。時間的に、もう二、三人ぐらいはぶっ殺してんじゃねぇか?」
「あら、奇遇ね」
言い終わらぬ内に、もう一人の冒険者風の女の人が続いた。
「あのお方も、とっくの昔に討伐に向かわれてるわよ」
「ほぅ……、此れは彼奴等を見誤って居ったの。ならば、出遅れたのは儂一人と云う訳じゃ」
言葉とは裏腹に、楽しそうにマスターが呟く。
「〜〜〜〜〜ッ!! どいつもこいつもこちらの意図を無視しおって! これだから冒険者という奴等は……ッ!」
「お、落ち着いて下さい! 『虚毒士』に『偉大魔導師』、Sランク冒険者が二名も動いているとなれば、魔族もその脅威は見過ごせないはずです」
「……フン、まぁ良い。して『稚児狩り』よ、貴様はどうするつもりだ?」
「儂か? ふむ、出来る事なら此の侭隠居して居たいが……」
一人だけ楽をしようとするマスター。
いや働けよと言いたいが、危険なので(権力的な意味で)自重する。
と、バタバタと慌ただしい音を立てて一人の男が飛び込んで来た。
「何事だ、騒々しい」
「ほ、報告致します! 『虚毒士』、『偉大魔導師』の両名が———」
「出立したという話なら今しがた聞いた。取り込み中なのが見て分からぬか」
「いえ、そうではなく……」
一瞬のためらいの後、恐る恐る彼は言葉を紡ぐ。
「……つい先程、戦死なされたとの報せが……」
「な……、ん」
「……ですって……っ!」
冒険者風の二人が驚きの声を上げる。
当然だろう、事情をよく知る彼らですらそんな反応なのだ。
僕を含めたほぼ全員が、一様に言葉を失っていた。
———ただ一人を除いて。
「……どうやら、然う云う訳にも行かん様じゃの」
彼女———ギルドマスターは、弾むような声色でそう言った。




