第六八話:「文字通りの地獄だ」
「あああぁあぁぁぁあぁあぁあぁぁぁあああぁああぁぁ———!!」
最初に行動を起こしたのは、やはりと言うか何と言うか第二王子だった。
ただしそれは、敵対ではなく逃走。
「どっ、どけぇっ!」
腰の抜けた大臣達をかき分け、倒れて動かない兵士を踏みつけながら一目散に出口を目指す。
「お、お待ち下さい、我々も———」
「『我々も』?」
扉に手をかけた所で背後から声を投げ掛けられ、第二王子は立ち止まった。
そして振り返った彼は、鬼の形相を浮かべて言う。
「『我々も』、何だ。『お供をさせてください』か? 何ほざいてやがる! テメーらの役目はここでそのクソ野郎共を足止めして、俺を無事に逃がしきる事だろーが!! 出来ないじゃねーよ、やるんだよ! 命捨ててもやり遂げろよ!! ……ハハ、そーだ。テメーら全員さっさと命捧げろよ。俺を守るって事は、イコール国を守るって事だぞ。テメーらの大好きな『お国の為』ってヤツだ。ほら、喜べよ。大した価値も無いテメーらの命が、この国の永劫の発展の礎になるんだ。だから全員さっさと死んで来いよ!! 馬鹿みてーにその身突っ込ませて、早く俺の為に死んで来いっつってんだよ!!!!」
部屋全体に響き渡る大声で叫ぶと、扉を蹴破るようにして駆けて行く。
「そ、そんな……」
「王は、我らを見捨てたのか……」
ある者は悲嘆に暮れ、ある者は全てを諦め、殆どが一様に絶望に打ち拉がれる中、一連の事態を冷めた眼で見つめる者達がいた。
血塗れの少年と、壮年の従者。そして———。
「ちょっとイラついたから僕あれ殺して来るね。ここの後始末は任せたよ」
「承知致しました」
まるで散歩にでも向かうかのような軽快な足取りで、少年は扉から悠々と出て行った。
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「……ハァッ、ハァッ……。……クソが……ッ!」
悪態をつきながら、第二王子はひた走る。
複雑に入り組んだ廊下を、とある場所を目指して。
と、角を曲がった所で二人の兵士と出くわした。
「! 第二王子、こんな所で何を!?」
「現在は非常事態です。早く私室へお戻りを!」
会議室の惨状は伝わっていないのか、場違いな指摘をする二人。
それに一瞬苛立ちを覚えるが、すぐにそれを振り払って王子は言った。
「……丁度良い。テメーら、付いて来い」
「はっ? 一体どこへ?」
「決まってんだろーが。合成獣を出す」
「なっ……! いけません、危険過ぎます!!」
「そ、そうです! あれは未完成の失敗作で、実用にはとても耐えられる物では———」
「ゴチャゴチャ言ってんな。時間がねーんだよ」
驚く二人に構わず王子は続ける。
「テメーらは知らねーかもしれねーが、既に王宮内にも賊が侵入してる。しかもかなりの手練だ。あれを出さなきゃ、俺らにゃ勝ち目はねーよ」
「しかし……」
「チッ……。グダグダ抜かしてんじゃねーよ! 使えなきゃ盾でも囮でもすりゃいーだろーが。それともテメーがなるか、あ?」
「……分かりました」
「よーし、聞き分けの良いヤツは大好きだぜ」
(これで奴らを……!)
自然、王子の口の端がつり上がる。
「行くぞ!」
そう言って、王子は先陣を切って走り出す。
極限状態というのは恐ろしいもので、普段から鍛えている兵士達は元より運動など殆どした事のない第二王子さえ、合成獣がいる隠し部屋までの一〇数分を全力疾走で走りきった。
「お前はここで見張ってろ」
兵士の片方にそう言いつけると、壁に手を当て隠し部屋への入り口を開く。
入る際にその場の誰も光魔法(というより魔法自体)を使えなかったため、近くの照明を剥ぎ取ったのはまた別の話である。
それで第二王子の苛立ちが加速したのも言うまでもない。
閑話休題。
暗闇の中で、二人分の足音がやけに大きく響く。
可能な限り急ぎたいが足場が階段の上、灯りも心許ないため歩みは慎重にならざるを得ない。
第二王子の予想より幾らか遅れて、ようやく階段の底へと辿り着いた。
「こ、ここが……」
「何だ、来るのは初めてか?」
「えぇ……」
「この先にあるのは文字通りの地獄だ。怖けりゃここで待機してくれてていーぜ」
知ったような口を叩いてはいるが、実の所王子自身もこの先に足を踏み入れた事は無い。
分かりやすく緊張している兵士に虚勢を張る事で、無理矢理に己を鼓舞しているのだ。
「……フーッ」
気付かれないように唾を飲み込むと、深呼吸を一度して息を整える。
(……さて、鬼が出るか蛇が出るか……)
それから重々しい扉に手をかけ、焦らすようにゆっくりと開いた。
その先に広がっていた光景は———。
「もぬけの、殻……?」
後ろからこっそりと覗き込んだ兵士が疑問の声を上げる。
「お、王子、これはどういう———」
「どういう事だ!!」
兵士の言葉に被せ気味に、大声で王子は叫ぶ。
慌てて駆け寄るも近付いた所で景色は変わらない。
檻は丁度王子の胸の位置辺りで切断されている。
その向こう側には生物が存在している様子はなく、灰と骨のような物があるだけだった。
(———骨? ッ……、まさか———!)
閃いた瞬間には、それは確信に変わっていた。
「ん、の女……ッ、裏切りやがったか! クソがっ!!」
怒りに任せて檻を力任せに蹴る。
よっぽど老朽化していたのかそれだけで檻は軋み、直撃を受けた部分が欠ける。
(とにかく、合成獣がいない以上こんな逃げ場のない密室に止まる意味は無い。さっさと脱出して別の一手を打つ!)
「すぐにここを出るぞ!」
背後の兵士にそう声をかけ振り向こうとした所で、
「な、何だ貴さ———ガッ……!」
ゴツッという何かを打ち据える音と、兵士の呻く声がした。
それを耳にしただけで、王子の背筋が凍る。
対照的に、喉は一気に干上がった。
まだ決まった訳ではない。
けれどこの状況下で、その可能性を考えない訳にはいかなかった。
「……………………」
嫌な予感が的中しない事を祈りながら、ぎこちない動作で改めて後ろを見る。
果たしてそこには、王国支給の銀色の甲冑が覗いていた。
ただし。
本来付いているはずのない、赤色の装飾を施されて。
「ハ、ハハ……」
もう、笑うしかなかった。
王子がそれを視界に入れた瞬間、役目は果たしたと言わんばかりにガシャガシャと二つの甲冑が重なって倒れる。
行き場を失っていた血が隙間から溢れ出し、地面全体に染み渡って行く。
そしてその後ろから、小柄な人影が一つ現れた。
王子は、己の予感が当たった事を理解する。
「ツイてねー……、ツイてねーよ……。何だって今日に限ってこんな……」
「星の巡りが悪かったんじゃない? あるいは元々運が無かったとか」
答えなど求めてはいまい王子の独り言に、まるで真剣味の無い調子で少年は返す。
肩には恐らく兵士を仕留めるのに使ったであろう、穂先が血に濡れた槍を乗せていた。
「僕さ、君みたいなのって嫌いなんだ。見てると何か凄くイライラするんだよ」
言いながら、少年は肩に乗せていた槍を手に持つ。
手首を軸にグルリと回転させると、それはいつの間にか大鎌へと変わっていた。
「だからまぁ殺すけど、別に良いよね」
言葉は、既に王子には届いていなかった。
それを見て少年は、詰まらなそうに大鎌を構える。
「……ふざけんなよ、ちくしょう……」
死が、振り下ろされた。
前回で切りがいいと言ったな、あれは嘘だ。
……はいすいません調子乗りました。
今回で正真正銘三章が終わり……と言いたい所ですがもう一話あります。
「長くなったので分割〜」をまさか作者が言う日が来るとは。




