第六六話:「自信無くなりました」
「……どうも気に入らねぇな」
背丈が二メートルはあろうかという青毛の熊を倒した所で、主人がそんな事を呟いた。
「何がですか?」
「いや、何つうかよぉ、どうにもコイツらの目的がハッキリしねぇんだ。確かに俺らに殺意……、っつーか奴らにとっちゃ本能なんだろうけどよ、それを向けちゃいるが、その先に行こうって気が全く感じられねぇ」
「つまり、街の中に攻め入る気がないと……?」
「あぁ。どっちかってぇと、外に逃がさない方を優先してるって風だ。どういう意図があってこんな事をしてんのかはさっぱりだが……、な!」
主人が巨大な蟻の頭を踏み潰しながら言う。
確かに言われてみればこの積極性の無さには、どうにも隠しようのない違和感を生じさせる。
気に入らないというか———、気持ち悪い。
「何かしらの罠なのかあるいは———」
「もっと大きな事の前触れ……、ですか」
「どっちにしたって碌な事にゃならねぇだろうがな。そんで、それとは別にもう一個、気にかかってる事があるんだが……」
「あぁ、それは多分僕も同じ事思ってます」
「やっぱ嬢ちゃんもか……。まぁ普通に考えればいくら何でも———」
増援が遅すぎるよなぁ……、と。
主人はそんな事を呟いた。
そう、かれこれ僕らは一五分ほど戦い続けているのだが、一向に助けが来る気がしないのだ。
今の所は僕ら二人で何とかなっているので問題は無いが……。
「ま、好都合っちゃ好都合だがよ。攻める気がねぇってのは、逆に言えば姿さえ見せなけりゃ襲われねぇって事だからな。最悪でも被害は死亡二名で済むって訳だ」
「そうですね……」
と口では同意を示すものの、僕はいまいち納得しきれないでいた。
仮にも魔物討伐の援軍(どちらかというとあっちが本隊だけど)が、ここまで到着が遅れるという事があるだろうか。
こういう場合どうしても、僕は嫌な想像をしてしまう。
何かしらの緊急事態があって、応援に『来ない』のではなく『来られない』んじゃないかと。
そして大概、僕のこういう予感は的中してしまうから困る。
ついでに付け加えておくと、僕にはもう一つ懸念すべき事柄がある。
やって来る人員が討伐隊本隊ならば問題は無い。
人数が増えればそれだけ戦闘も早く終わるし、僕もこんなに気を回さないで済む。
けれどそうではなく、極々私的な事情でもって僕らに加勢する人がいたとすれば。
それは、恐らく少人数で来るあろう彼らあるいは彼女らを、むざむざ危険に晒す事に他ならないのではないか。
そして残念ながら、僕にはそれを実行しそうな人に心当たりがある。
彼女達がここに辿り着かない事を祈るばかりだが……。
と、その時、一迅の風が吹いた。
そして次の瞬間には、黒い影———否、全身に黒装束をまとった彼女の姿が現れる。
……脇に、青白い顔の王女を抱えて。
「お怪我はございませんか、我が主」
「少しは雰囲気読むって事を憶えてくれませんかね?」
「ていうかちょっと待って。私本格的に気持ち悪い」
いや、このタイミングで台詞被せなくていいですから。
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「それで、何でホントに来ちゃったんですか?」
王女が落ち着くのを待って、僕は彼女達に話しかけた。(一応魔物を屠る手は止めてない)
「知らないわよ。さっきまで大人しく隠れてたのに、いきなり『我が主がー』とか何とか言い出したと思ったら何の説明も無しに連行されて、気付いたら今ここよ」
うん、あれはまさしく連行という言葉が正しい。
そして王女を連行した張本人はというと。
「我が主と私は一心同体。何時如何なる状況であろうと、私は我が主の元へと馳せ参じましょう」
「言っときますけどそれ何の答えにもなってないですからね?」
「嬢ちゃん、頼むから緊張感を持ってくれ」
何故か僕に罪をなすり付けられたし。
「……というか、先程から貴様は何なのだ。我が主にそのような馴れ馴れしい口を利いて、許されると思っているのか?」
「俺からしたらお前が何なんだって話だが……」
「気にしないで下さい、誰にでも噛み付く癖があるだけの良い娘ですから」
「……! まさか貴様、我が主と二人きりなのを良い事にふしだらな行為に及んでいたのではあるまいな!?」
「……おい、ホントに大丈夫なのか?」
「ごめんなさい、自信無くなりました」
「貴様……! 我が主に手を出して良いのは私だけなん———」
「分かりましたからちょっと医者に診てもらいましょう、ね?」
「何を仰ります! 恋の病は医者では治せないでしょう。それとも我が主は、私よりもその男の方を好いているというのですか!?」
「ある意味正しいですけどとりあえず眼科行きましょう、手遅れになる前に」
「恋は盲目とも言うではありませんか。手遅れというのならば、私は我が主と出会った時点で既に光を失ったも同然です」
「やっぱり頭を先に診てもらいましょう。ついでに思考回路をまともに矯正できればなお良しです」
「もう手の施しようがないんじゃないかと思うのは私だけかしら……」
「夫婦漫才も良いがまずこっちに集中してくれ」
「め、夫婦……」
「余計な事言うと女将さんにある事ない事吹き込みまくりますよ。あと何であなたも照れてるんですか!」
「俺が悪かった! 謝るからそれだけは勘弁してくれ、冗談抜きで母ちゃんに殺される!」
「だ、だって夫婦ですよ夫婦! 我が主は夫と嫁、どちらがお好みですか?」
「それはやっぱり、仮にも女子として生まれた以上はお嫁さんに憧れ———ってそうじゃなくて!」
「気付いてないかもしれないから言うけど、アナタ結構ノリノリよ?」
一番落ち着きを保っている王女が冷めたトーンで言う。
久しぶりに声を荒らげた気がするなぁ……。
あとさらっと流されたけど、もしかしてこの世界って同性婚ありなの?
まぁそれは後で聞くとして。
「真面目な話を、一個良いですか?」
「少なくとも今この場に置いては私が一番真面目だと思うけど、何かしら?」
「あなたの、お父さんについてです」
ビクリと、王女の顔が強ばる。
当然といえば当然だが、会議の席で一本取ったとはいえ長年の確執を取り払うには至らなかったのだろう。
でも、そんな事で悩む必要は無くなった。
王女を縛り苦しめていた呪縛は僕が消し去った。
胸を張って、それを彼女に伝えなければ。
下らないしがらみから、一秒でも早く解き放ってあげよう。
僕は笑って王女に告げる。
「あなたのお父さんは、———死にました」
「そう」
「僕が、殺しました」
「……そう」
二度目の返事は間が空いたものの、ほとんど表情を変える事なく王女は答えた。
「……驚かないんですか?」
「特にはね。あなたの傍にあの人がいない時点で、薄々察してはいたから」
「……責めたりも、しないんですね……」
「お望みなら、後でいくらでもしてあげるけど?」
予想していたよりも、随分と空虚な反応だった。
そりゃあ分かりやすく諸手を上げて大喜びするなんてのを待っていた訳ではないけれど(それはそれで問題だ)、それにしたって簡素すぎる。
喜ばなくてもよかった。
怒るでも悲しむでも。
罵るでも嘲笑うでも。
非難するでも軽蔑するでも。
何でもいいから、僕を感情の捌け口にしてほしかった。
そうする事で、僕に罪悪感を感じさせてほしかった。
先にも語った通り、僕は禁断症状によって殺した相手に何かを想うという事は無い。
そんな人でなしの僕が人であるための証明として、殺した相手ではない誰かに悪意を向けられたいのだ。
悪意を向けられ傷つく事で、僕に傷つく心があるのだという事を実感したいのだ。
それは、なるべくなら殺した相手に近しい人が良い。
近ければ近いほど、親密であればあるほど、向けられる悪意は大きくなる。
悪意の大きさに比例して心の傷も深くなり、そうする事で初めて僕は安息を得られる。
なのに。
なのにどうして。
どうして彼女は、何の悪意も向けてくれない?
「勘違いしないでね。別にアナタを許そうだなんて思ってないわ」
言葉にこそ棘があるが、その口調は至って平淡だった。
「冒険者と王族の二足のわらじなんてやってると、それこそ日常レベルで簡単に人が死ぬわ。一歩間違ってれば私が命を落としてた事も一度や二度じゃない。だからこそ言うけれど、人の命ってのはそんなに軽いものじゃないの」
「……」
「確かに私はあの人の事が嫌いだったし、あの人のやって来た事を考えれば嫌ってる人は他にも大勢いた。そういう意味じゃむしろありがとうとお礼を言いたいくらいよ。でも、それとこれとは話が別。アナタが人一人殺しておいて平気で笑っていられるようなら、私は迷いなくアナタの敵に回ってたわ」
「っ……、でもっ、なら何で———」
「『何で』? おかしな事聞くわね」
王女は、悲しみの混じった笑顔を浮かべて言う。
「そんな表情してる人が、何も感じてない訳ないじゃない」
「え……?」
ポタリと。
一滴の雫が、瞳からこぼれ落ちた。
「何……、これ……」
それは堰を切ったように溢れ出し、止めどなく頬を伝う。
「安心したわ。アナタも、そんな風に泣けるのね」
「ち……が……」
違う。
これは、そんな高尚な涙じゃない。
良心の呵責とか、罪の意識に苛まれたとか、そんな事じゃあ全然なくて。
これは。
これは。
これは———。
「……ハァ、アナタも強情ね。良いわ、ちょっと目瞑りなさい」
「……?」
言われた通りに目を閉じる。
直後、パシンと。
軽い音と共に頬に痛みが走る。
痛みと言っても、意識しなければ他の感覚に紛れてしまう程度の僅かな痛み。
うっすらと目を開ける。
頬に走る痛みと振り抜いた王女の平手を見、そこから更に数拍置いて、ようやく僕の頭は結論を導き出した。
「アナタへの罰はこれ。アナタ自身が納得できるその時まで、その痛みを覚えておく事。それでもまだ足りないって言うなら、全部終わった後でしかるべき所へ出て裁きを受けなさい」
私は全力でアナタを守るけどね、と。
王女はそんな風に嘯いた。
「私の目の前で我が主に手を上げるとは、覚悟はできているんだろうな」
「空気読むって言葉知ってるかしら!? 今は感動するシーンだったでしょ!」
やいやいと言い争いを始める二人。
殺伐としたこの場にそぐわないほのぼのとした雰囲気に、心地良い何かで心が満たされて行くのを感じる。
「真面目な話は終わったか? なら真面目に戦闘を手伝ってほしいんだが」
そう言う主人の前には、頭が三つある虎が傷だらけで唸り声をあげていた。
「……何ですかその生物は」
「三つ首虎。討伐難度Aランクに指定されてる凶暴な魔物だよ。本来ならこんなトコに現れる奴じゃねぇんだがな」
億劫そうな調子で主人は呟く。
その身体は深手こそ負っていないものの所々血が滲み、武器にしていた木の棒は根元から噛み千切られていた。
「流石に俺一人で、しかも素手となりゃあ倒すのに一苦労すんだよ」
「なるほど。あ、じゃあこれ貸しましょうか?」
言いながら僕は今まで使っていた剣を差し出す。
「良いのかよ。俺としちゃあ願ったり叶ったりだが、嬢ちゃんはどうすんだ?」
「僕は大丈夫ですよ。まだストックはありますし、いざとなれば魔法で戦えば良いですから」
「……知ってはいたが、何気にハイスペックだよな、嬢ちゃん。まぁそういう事なら遠慮なく借りてくぜ」
主人は剣を受け取ると、二、三度振った後鋒を虎に向ける。
「それ結構貴重な物なので壊さないで下さいね」
「そんなのをおいそれと人に渡すなよ……」
「次から気を付けます。ところで、さっきの話聞いてました?」
「あん? 別に深く立ち入ったりなんざしねぇよ」
主人は、それこそ面倒だとでも言いたげな口調で続けた。
「ガキの喧嘩に大人が口出すなんて野暮な真似、御免被りたいぜ」
久しぶりの登場 たす 深夜テンションでの執筆 は キャラ崩壊不可避
作者の皆様も、真夜中の執筆には充分注意して下さいネ☆
……おえ、気持ち悪。




