第六五話:「今直ぐ放棄せい」
ブオンと、何の予備動作も無く白髪のエルフは大鎌を支えていた左脚を振るう。
いきなり支えが外れた事で少年はバランスを崩し直撃を喰らいそうになるが、咄嗟に腕を引いて柄で防御する。
衝撃をもろに受けたがそれを利用して後ろに下がり距離をとる。
己の獲物が射程距離であるのに対し相手の獲物は踏み込まねば当たらないという絶妙な場所に位置取るが、それでも脅威が全く衰えない事に少年は戦慄を覚える。
そんな少年の内心を知ってか知らずか、白髪のエルフは不遜な笑みを浮かべたままで言う。
「目上の者に対する口の利き方が為っとらんのう。儂が直々に矯正して遣らねばならんか?」
「悪いけど、魔族の世界に年功序列なんて概念は無いんだよね。敬われるのは強い奴だ」
「ふむ……、如何やら言い方が悪かった様じゃの」
わざとらしくためを作ると、ゆっくりと口を開く。
「三下は大人しく格上に従えと、然う言うたんじゃよ」
ゴッ、と。
鈍い音と共に、少年の視界が黒に塗り潰される。
「痛、ッ……たいなぁ!」
僅かに覗く視界内で瞬間的に正体を判断すれば、それはギルドマスターの足裏だった。
呻きながらも少年は反射的に空いている方の手で彼女の足首を掴み、間髪入れずに逆の手で大鎌を振り下ろす。
が。
ガツッ、と、腕に衝撃が走る。
見れば彼女は、伸ばしていた足を折り曲げその膝で迎撃していた。
しかし少年にしてみれば、腕を弾かれなかっただけ僥倖と言えるだろう。
止められたのが関節部分でなかったのも幸いした。
少年は止まった腕の位置はそのままに、手首のみを動かして攻撃を続行する。
「……っ!」
ギルドマスターの目が驚愕に見開かれる。
同時に少年は密かにほくそ笑んだ。
けれど、それは即座に正される。
彼女は軸足で地面を蹴り、空中で半身になって刃を躱す。
そして刃は空を切り地面に突き刺さる———前に、彼女は次の行動に移る。
半身になった身体を更に捻り、宙に浮いた状態のまま後ろ回し蹴りの要領で少年の側頭部に踵を叩き込んだ。
少年はそれ以上防御する事も出来ず、体格通りの軽い身体は民家へと突っ込んだ。
「ちと戦り過ぎたかの」
着地しながらそう嘯くギルドマスター。
しかし。
「いやぁ、まだまだ終わる訳無いでしょ」
独り言に、返事があった。
咄嗟に声のした方———少年が突っ込んだ民家へと視線を向け、それを認識する。
そして彼女はほぼ無意識で、頭一つ分姿勢を下げる。
直後、寸前まで彼女の頭があった場所を大鎌が回転しながら過ぎ去り、逆側の民家を薙ぎ払った。
「……儂の知識が正しければ、彼れは其の様に使う武器では無かったと思うが?」
「僕もそう思うよ。まぁでも、手近にちょうど手頃な物があったからさ、代用したってだけの話」
ギルドマスターの問い掛けに、真剣味など微塵も感じられない口調で少年が答える。
そして、ゆったりとした動きで少年は倒壊した民家から姿を現した。
その手には一振りの長剣。
所々傷を負ってはいるものの、大したダメージは受けていない足取りで少年は歩みを進める。
お互いの距離が数メートルほどまで迫った所で、先に少年が動いた。
大きく一歩を踏み込むと、構えた剣を右下から左上に斬り上げる。
ギルドマスターはそれを予想していたのか数歩下がって難なく避ける。
そしてがら空きとなった胴に拳を叩き込もうとする。
が、少年は即座に振り上げた腕の向きを戻し、両手に一振りずつの剣で先程の軌道を逆になぞる。
「……!」
彼女は瞬間的に拳の向きを、上方へと修正する。
果たして剣はあっさりと、二振りとも根元から破砕した。
しかしそのせいで、今度はギルドマスターの脇腹ががら空きになる。
そして少年は、そこまで織り込み済みだとでもいうように膝蹴りを繰り出した。
その攻撃に一瞬焦ったものの、彼女は少なからず疑問を抱く。
膝を伸ばした状態ならまだしも、少年の幼い体躯では膝蹴りなど届くはずが無い。
しかし目の前の少年は、当たる事を確信した表情で蹴りを放ってくる。
(一体何を……?)
そこまで考えた所で、彼女は少年に違和感を覚えた。
少年の膝―――正確にはローブで覆われたそれが、人体と比べやけに尖っているのだ。
無論少年が魔族である以上、ローブの下がどんな異形を為していても不思議ではない。
けれどそんな可能性を一々考えるよりは、もっと合理的な説明を付けた方が簡単だ。
そう、例えば。
ローブの中に鋭利な刃物を仕込んでおくとか。
(しまっ———)
「遅いよ」
ズブリと。
間に挟まれたローブなど気休めにもならず、彼女の腹部に深々と銀色の刃が突き刺さった。
「……〜〜〜〜〜〜っっっ!!!!」
痛みが全身を駆け巡るが、動きを止めるわけにはいかない。
当然だろう。ローブの下に仕込んである武器が、一つである保証などどこにも無いのだから。
そして案の定、次なる刃が彼女を襲う。
形はそのままに、体勢だけを傾けて少年は脚を横に振り回す。
ローブを切り裂いてやってきたのは、柄を太ももとふくらはぎに挟まれた一本の刀。
「この……っ!」
躊躇無く顔面を狙ったそれを、首を振って紙一重で躱し大きく後ろへ跳ぶ。
少年が脚に挟んだ刀を手に持ち替えながらも追撃してこないのを確認し、頬を伝う汗を拭う。
その拭った手の甲が真っ赤に染まっているのを見て、彼女はようやくそれが血であるという事に気付いた。
「乙女の肌を傷物にするとは、お主も女子の扱いが分かって居らぬのう」
軽口を叩きながら、ダメージ云々というよりは弱みを見せない事を優先し腹部に刺さった刃を抜いて放り捨てる。
「そうなの? 女は傷つき傷つける事で愛情を確認するものだって僕は教わったんだけどなぁ」
「其の教えは今直ぐ放棄せい」
一方の少年は、その行動が至極当然であるかのように満足げに頷いている。
「射程の拡張、と云う訳では恐らく無かろうな」
「もちろん。これなら重さの無い打撃を何発も喰らわせるよりずっと手っ取り早く、それでいて確実にダメージを負わせられるんだから」
「暗器に曲芸……。お主等は奇術師団か何かか?」
「まぁあながち間違ってはいないかもね」
「全く……、厄介極まりないの」
「そう言わないでよ。これが僕なんだからさ」
そう言って、少年は両手首を軽く振る。
次の瞬間には、逆の手に剣がもう一本と指の間に短剣が三本ずつの合わせて八本を手にしていた。
「お喋りはこの辺にしてさ、そろそろ再開しようよ」
「然うじゃの。儂も丁度、お主と戯れるのにも飽いだ所じゃ」
「同意です。遊ばれるのもいい加減になさってください」
二人の会話に、突然別の声が割り込んで来た。
とは言っても、今この場において彼ら以外でまともに口を利ける者などまずいない。
大抵は少年に怯え逃げ出しているか、それすら出来ずに身動き一つ取れないでいる。
あるいは、少年によって既に物言わぬ骸と化しているか。
ならば残るは、彼らから少し離れた場所で苦い顔をして歩いて来る執事風の壮年の男。
「時間を考えてもここらが限界でしょう。武器を収めてください 」
「ちぇっ、せっかく面白くなりそうだったのに」
「あなた一人の我が儘で他の皆様に迷惑が掛かっては、我々の面子が立ちません」
「……分かったよ。おばさんの強さに免じて、今回だけは退いてあげる」
そう言うと少年は再び軽く手首を振る。
すると持っていた剣は全て消え、代わりに先程のような大鎌が出現した。
それを肩に担ぎながら、少年はギルドマスターの方を向く。
「じゃ、そういう訳だから。縁が合ったらまた殺ろうね」
「勝手に話を進められては困るの、儂は未だ何も納得して居らんぞ。何よりお主等『一二魔天将』を目前に取り逃がす程、儂は甘く出来とらんわい」
「貴女の勇名は窺っていますよ、『稚児狩り』」
あくまで冷静に、しかしその中に僅かばかりの侮蔑を込めながら壮年の男は言う。
「しかしいくら高名な冒険者であろうと、あなたは既に手負いの状態です。対してこちらはほぼ無傷。その上でなお我々と拳を交えようというのは、いささか己を過大評価しておいででは?」
「誰がお前と一緒に戦うなんて許可したんだよ。あれは僕一人のモノだ」
「一人も二人も然して変わらぬよ。其れに此の程度の傷———否、死なぬ程度の傷等何とも無いわ」
「……挑発、と受け取っておきましょう。それでは」
執事らしく、折り目正しく腰を曲げる壮年の男。
そして少年は、担いでいた大鎌を身体の前で一回転させる。
すると、大鎌の刃が通った空間が彼らが現れた時のように歪んだ。
それは彼ら二人を覆い隠し、更に歪みを増して行く。
「! 待———」
「じゃあね〜」
慌てて駆け出すも、気付いた時には遅かった。
少年の場違いに明るい声を最後に、彼らの姿は歪みに飲み込まれる。
ギルドマスターの伸ばした手は、空しく空を切るだけだった。
その手を見つめながら、彼女は表情に悔しさを滲ませてポツリと呟く。
「……気に入らんのう」
溢れ出るパワーバランスがイマイチ分からない感。←




