第六四話:「相手にもならないよ?」
「一二……、魔天将……」
誰かがポツリと呟いた。
騎士団や冒険者など、荒事を生業とする者ならば知らぬ者はいないと言われるほどのその一団。
過去三度に渡って行われた、人族、魔族間による戦争。
その全ての大戦で魔王の手足として忠実に殺戮を実行し、その破壊的な力によって悪意を振り撒き暴虐の限りを尽くしたという。
しかし目の前の少年を見る限り、とてもそのような力を持っているとは思えない。
彼らの鍛え上げられた肉体ならば、拳一つで黙らされてしまうのではと考えるほどに。
けれどその一方で彼らは、『一二魔天将』という称号が子供の遊びで名乗れるような代物ではない事も知っている。
「あれ、もしかして疑ってる? まぁ別に僕としては何でもいいんだけどさ、戦う気がないならそこどいてくれるかな。僕やる事があるんだよ」
どこまでも緊張感の無い少年の言葉に痺れを切らしたのか、一人の冒険者が肩を怒らせ前に進み出てくる。
「……調子に乗るなよクソガキ。どこの誰だか知らねぇが、その名を口にした時点でぶち殺される覚悟は出来てんだろうな」
「だから本物だって言ってるのに」
「テメェが本物かどうかは関係ねぇ。それに百歩譲って本物だとしてもだ、たかだか十一番目如きがこの人数相手に勝てると思ってんのか」
「……」
少年が黙る。
けれどそれは、彼の迫力に気圧されたからではない。
困惑の表情を浮かべて、少年は言った。
「確かに僕は十一番目だけどさ……。———君たちくらいなら、相手にもならないよ?」
「んだと……ッ! ふざけ———」
言葉は途中で途切れた。
代わりに彼の身体の中心、正中線を一直線に赤い線が走る。
その線の先を辿れば一体いつの間に手にしていたのか、否、それ以前にどこから取り出したのか、少年の手には死神の使うような大鎌が握られていた。
それを確認した所で鮮血が大量に溢れ出し、彼の身体は地に崩れ落ちる。
その最中、返り血を浴びる少年が浮かべる狂気に染まった笑顔に、彼は己の今際の際を自覚してなお身も凍るほどの恐怖を抱いた。
そしてその光景を最後に、彼の意識は闇へと落ちる。
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そこから先はあっという間だった。
一人の騎士が剣で斬り掛かる。一人の冒険者が斧を振り下ろす。一人が隙間を縫うように槍を繰り出す。一人が至近距離から短刀を投げる。弓使いは弓を引き絞り、魔術師は杖の先に炎や氷を宿らせる。ある者は身体がそっくり隠れるほどの大盾を構えて突進し、またある者は己の拳を握って殴り掛かる。
少年は勿論の事、未だ正体の窺い知れぬ(とは言っても、十中八九少年の関係者である事には違いないのだろうが)執事然とした男にも半ば巻き添えのような形で浴びせられる。
そして当の少年はというと、雨のように降り注ぐそれらを眺めてなお表情を変えなかった。
狂った笑顔のままで、ただ一振り。
おおよそ近接戦闘向きとは言い難い大鎌を、己を中心にして円を描くように一周させる。背後に控える男の事など、まるで気にしないとでも言うように。
たったそれだけの行動で、全てを薙ぎ払った。
剣は根元から折れ、斧はガラスのように砕かれる。槍は薪を割るように縦に裂かれ、短刀はあっさり弾き返される。放たれた矢は空中で斬り落とされ、炎や氷は霧のように掻き消され、盾はその役目を果たす事無く持ち主ごと真っ二つになった。肉弾戦を望んだ者の末路など、記すまでもないだろう。
血飛沫が舞う。
挑んだ者の大半はこと切れ、残っている者達の戦意も根こそぎ刈り取られた。
「……あは」
思わず漏れてしまったという風の少年の笑い声が、一層それを増長させる。
そして。
「う……、うわぁぁぁああああぁぁあぁぁああぁぁあぁあぁぁぁぁぁあぁぁぁあぁぁぁあぁあぁぁあああ!!!!!!」
緊張の糸が切れたのか、一人が叫び声を上げて駆け出す。
それを契機として、動ける者達が一斉にそれに続いた。
背を向け、泣き叫び、涙さえ浮かべて逃げ惑うその姿に、先程までの闘志は微塵も感じられない。
「……」
無言でそれを追おうとする少年の肩を、無傷の執事風の男が手を置いて引き留める。
「……何?」
「彼らは最早戦士ではありません。これ以上戦うのは無意味かと」
「戦士じゃなくとも敵ではある。敵なら最後の一人まできっちり殺しきらなきゃ」
「それは勿論でございます。最終的にはそのような結論となるでしょう」
「ならいいじゃんか。遅かれ早かれ結局殺し尽くすなら、早いにこした事は無いでしょ?」
「優先順位の問題です。一二魔天将としての務めを果たした暁には、どうぞ彼らをお好きになさって下さい」
「……分かったよ」
「ご理解頂けたよう———」
言い切る前に、少年が動いた。
と言っても、少年がした事は単純だ。
膝を折って屈む、ただそれだけ。
元々彼ら二人の間には大人と子供の身長差がある。
しゃがんでしまえばそれだけで、拘束は簡単に外れる。
そして膝を折っているという事は、言い換えればためを作っている———バネで言う所の縮んでいる状態だ。
バネは縮めば反動で伸びる。
それを生物に当てはめれば、爆発的な加速力となる。
全身の筋肉をそれこそバネのように使い、少年は弾かれたように前へと走る。
その先には、逃げ遅れた一人の女性冒険者がいた。
「……え、あっ……」
気配に気付いたのか不意に後ろを振り返った女性冒険者が、バランスを崩して地面に倒れる。
その隙を逃さず(無くとも追いつく事は容易であっただろうが)、一瞬で距離を詰める。
既に大鎌は振り上げられていた。
その遥か後方で執事風の男がやれやれといった調子で嘆息している姿を捉えた時、彼女は全てを諦めた。
少年は狂気を持って凶器を振るい、そして———。
ギィンという音と共に、刃は彼女を斬り裂く寸前で止められていた。
ほんの数ミリ前に出れば眼球を抉り取られるほどの間近。
しかしその距離は、もう絶対に詰められる事は無い。
彼女はそれを確認し、自分と少年の間に立つ人影を見て安堵の息を吐いた。
片足で立ち、もう片方の足で大鎌の柄を押し止める。
時折少年が力を込めるが、鎌が動く様子は見られない。
何より不安定な体勢で微動だにしないその姿に、少年は底知れぬ強さを感じ取る。
そして、少年と彼女の間に割って入った白髪の女性エルフは不遜な笑みを浮かべて言った。
「少しばかりおいたが過ぎんかのう、小童」
「……誰、おばさん?」
三人称の方がかなり書きやすいという←
まぁどちらにしろ低レベルなのには変わりないんですけどね。




