第六三話:「甘えさせてもらいますけど」
主人が腕を引き戻すと、僕の背後で音も無く大蜘蛛が倒れ伏す気配がした。
それに見向きもせず、彼は角材にこびりついた血液や肉片を無造作に振り払う。
冷静に考えればたかだか木の棒ごときで、生物を文字通り破壊する事など不可能に近いのだから、魔法なり何なりの力が働いていると予測するのは自然ではあるのだが、僕はそこまでの考えに至れなかった。
否、取り繕っても仕方が無い。
正直に白状しよう。僕は、圧倒されていたのだ。
彼の、溢れんばかりの気迫によって。
そして、それを生み出したその鋭い眼光は森の奥へと向けられている。
つられて僕もそちらへ目をやれば、既に目視で姿を確認できる位置にまで大量の魔物が接近していた。
慌てて腰の剣に手をかけると同時、主人が口を開く。
「そう気を張る必要はねぇさ。あの程度の雑魚なら、動くのを確認してからでも充分反応できる」
口調や表情が真剣である事に変わりはなかったが、心なしか先程よりは緩んでいる気もする。
「……ありがとうございます」
「礼を言う必要もねぇよ。わざわざ俺がやらずとも、嬢ちゃんなら余裕で対応できた」
だからあれはただのパフォーマンスだとでも言わんばかりの言い草である。
「どうしてもってんなら、全部終わった後で何遍でも聞いてやるよ」
そう言って、彼は手に持つ角材を握り直す。
それを確認して、僕もゆっくりと鞘から剣を抜く。
余計な装飾など何も無い、灰色の無骨な剣。
純粋に、標的を殺す為だけに作り上げられた一品。
徐々に冷静さを取り戻し始め、思考が戦闘に没頭していく。
「最初の見せ場は俺が奪っちまったからな。次は嬢ちゃんに譲ってやるよ」
「はぁ……。ならお言葉に甘えさせてもらいますけど」
ボゥッ、という音を立てて、刃全体に炎が灯る。
両手で剣を支えて大上段に構える。
主人が不思議そうな顔をして見守る中、一拍置いて縦に思いっきり振り下ろす。
「ふっ!」
炎は剣先の軌道をなぞり、真正面に射出された。
それは今まさに森から出てこようとしていた魔物の一匹を捉え、着弾して———爆発した。
それに怯んだのか、他の飛び出そうとしていた魔物達の足が止まる。
爆発、とは言っても、いわゆる地雷や手榴弾のようなタイプの爆発ではない。
火花を広範囲に飛び散らせる、言ってみれば花火のようなものだ。
「……何だ今の? 一体どういう仕組みだよ」
「あぁ、炎の中心部に風魔法を織り込んであるんですよ。それで衝撃が加わると、今みたいにパーンと弾ける訳です」
なお加減は適当だ。
以前にも語った通り、細かい調整は難しいのである。
「まぁ直接当たらなければ威力はたかが知れてますし見た目が派手なだけなので、今の段階では牽制とかにしか使えないんですけどね。遠隔操作できるようになれば、もう少し使い道を広げられると思うんですけど」
「へぇ、面白い事考えんな。———暇人なのか?」
「放っといてください」
確かに暇だけども!
本やケータイなんかは持っていけないから、時間が空いてるときは思索に耽るくらいしかやる事ないけども!
もうちょっと柔らかい言い方があるだろう。僕だって傷付くんだぞ!
……ちなみに、この手のワンポイントアイデアなら腐るほどある事は言わない。
まぁ、どうあれ結果的に先手は取れたのだから良しとしよう。
というかしてくれないと困る。主に僕のメンタル的に。
「そんじゃあ威嚇も存分に出来た事だし、一丁暴れるとするか」
「なるべく僕を巻き込まない方向でお願いします」
「保証はしかねる」
言い合って、僕らは魔物ひしめく森の中へと突っ込んでいった。
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同時刻、中央広場。
小綺麗に整えられた装備に身を固めた兵士達と、それとは対照的にボロボロの、言い換えれば使い込まれた武器と防具で武装した冒険者達が、続々と集合していた。
その中で、他の兵士より若干高級そうな鎧を纏った中年の男に近くの兵士が声をかける。
「隊長! 住民の避難、ほぼ完了しました」
「そうか。部隊の編成は?」
「総員振り分け終わりました。ただ、冒険者の方は統制が上手くいっておらず……」
「気にかけるな、奴らに元より秩序などない。最低限の戦力として機能してくれればそれで構わん」
「は!」
そう返事をして、その兵士は隊列へと戻っていく。
それを確認すると、彼はしっかりとした足取りで兵士達の前に立ち大声を上げる。
「聞け! 良いか、この戦いは我らが生き残る為の戦いではない。無力でか弱き人々を、我らの手で守り抜く為の戦いである! 故に、この場を死地と定める事はならぬ! 我らの誇りの為に、全霊を賭して敵を打ち払い、罪無き世界と人々を守護する事こそ最上の誉れと知れ!!」
一瞬の間を空けて、その場にいた全員が叫ぶ。
ある者は自らを鼓舞する雄叫びを、ある者は戦に酔いしれる歓喜の声を。
鳴り響く轟音は、否が応にも彼ら自身の士気を高揚させる。
それを見て満足げに頷くと、先頭に立っている男は剣を抜き天に掲げる。
「全軍、進め!!!!!!」
言って彼が一歩を踏み出す———その直前。
正面の空間が、ぐにゃりと歪んだ。
「な……っ!」
見た事も無いような異常事態に、思わず彼の足が竦んだ。
その間にも歪みは大きさを増し、次第に生物の形を成していく。
そして気付いた時には、二つの異物が彼らの前に現れていた。
一つはまだ年端もいかぬ幼い少年。
着ているローブが明らかに丈に合っておらず、裾が地面に引き摺られている。しかしそれを含めても、纏っている雰囲気は良家の子息のそれを思わせた。
もう一つは初老の男性。
黒色の燕尾服に似た衣装を着ており、少年に付き従う姿と相まって執事を連想させた。動作一つとっても、洗練された気品と優雅さを漂わせる。
こんな状況でなければ、どこかの国の貴族がお忍びで来訪したと言われても違和感の無い組み合わせ。
しかしそれが、今この状況に置いては違和感を際立たせている。
そして完全に動きの止まった兵士や冒険者を眼にしながら、少年は悠然と口を開いた。
「うん、なかなかナイスタイミングで登場できたんじゃない? 流石は僕とお前のコンビだよ、息ピッタリだね」
「お褒めに与り恐縮でございます。ですが無礼を承知で言わせて頂くならば、我々自身による若干の微調整が必要とはいえ、大元の術式は魔王様の力に依存する故———」
「あーあーもういいって。お前はそういう事言っていつもいつも空気ぶち壊しちゃうんだもんなー。ここは素直に『はいそうです』って言っとけば良いの」
「……出過ぎた真似を致しました」
「ん、おっけ」
それだけのやり取り。
この短い会話の中の、たった一語。
それだけで、動きの止まっていた彼らが臨戦態勢に入るには充分だった。
あっという間に二人を取り囲み、それぞれの武器を構える。
「何者だ、貴様達。返答次第ではただでは済まんぞ」
「最初っから無事に返す気なんて無いくせに。ま、別にいいけどさ」
投げやり気味にそう呟くと、一転あっさりと表情を崩す。
年相応の無邪気な笑顔を浮かべて、少年は高らかに名乗りを上げた。
「魔王直轄戦闘部隊『一二魔天将』が一柱、序列十一位。『虐童』って言った方が通りがいいかな」
ようやく中ボスっぽいキャラも出て来て、やっと本格的に盛り上がって参りました!
そろそろ第三章も終わりに近付いて来ましたが、ぶっちゃけここまでを序章と言い換えてもいいかも。←
……書き始めた当時はここまで作者の話の進め方が下手くそだとは思わなかったんです。いやホントすいませんorz




