第六〇話:「いやはや参ったぜこりゃ」
ドォォォオオ———……ン、と。
地の底から響いて来たのかと錯覚するほどの轟音。
少なく見積もっても外壁の外で起こったはずのそれが、わずかながら熱気と烈風を城まで届かせている。
「……」
完膚なきまでに破壊した、かつて人だったものの残骸は、既に僕の頭から消え去っていた。
血に塗れた両手をダラリと下げて、視線を爆発の方へとやる。
そして無意識のうちに、僕の足は爆発の起きた方へと向いていた。
否、それはむしろ条件反射と呼んだ方がいいのかもしれない。
遠からず自分に降り掛かってくるであろう火の粉を、早いうちに対処してしまおうと思っただけの事だ。
辺りの惨状を気にかける、どころか思い出す事も無く、僕はその場を後にした。
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(誰も気にしてはいないと思うが)ここで一つ、補足を入れておこう。
即ち、何故王を殺したのに、禁断症状が出ないのかという事だ。
まぁ長々と語る事でもないので一言で言わせてもらうと、いわゆる例外というヤツである。
世界には何事にも、何かにつけて例外というものが存在する。
中には例外の方が多いなんて訳の分からないルールがあったり、ただしイケメンに、みたいに差別的なものも多々見受けられるが、それはそれとしてだ。(別に僕の好みのタイプという訳ではないのであしからず)
この場合の条件は簡単。
過剰殺戮の最中、ある種のトランス状態に陥っている時は、対象が何であろうと一切考慮する事が無くなる。
例えその相手とどれだけ親密な関係を築いていたとしても、僕は全くと言っていいほど躊躇も遠慮も容赦もしないし、殺し尽くしたあとで罪悪感を感じる事も無い。
言うなればそれは、記憶喪失となった人が自分のアルバムを見返しても何も感じないのに似ている。(記憶喪失になった事は無いが)
傍から見る側としては異常なのかもしれないが、少なくとも僕の精神衛生上は健全だ。
それが人道的に良いのか悪いのかは、まぁ議論するまでもないだろう。僕自身、それがどういう事を意味するのかくらいは分かっているつもりだ。
唯一の救いがあるとすれば、最悪の無限ループに陥る事だけは無いという点だろう。
……こんなことを言っている時点で、既に僕は人として終わっている訳だけれど。
そんな事を考えながら城の敷地を出た所で、僕は改めて事態の大きさに驚かされた。
どこかの魔術師が魔法を暴発させたか、あるいは花火でもやっていたのかという僕の楽観的な予測は、ものの見事に打ち砕かれた。
目に入ったのは逃げ惑う人々の姿。
耳に届いたのはあちこちで上がる悲鳴。
そしてその誰もが、まるで何かから逃げるように街の中心部へと集まってくる。
人の流れに逆らって街の外周へと向かっていると、見覚えのある親子の姿を発見した。
「大丈夫ですか? 一体何があったんです?」
そう声をかけると向こうもこちらに気付いたようで、
「あぁ嬢ちゃんか。いやはや参ったぜこりゃ」
宿屋の主人は苦い顔をしながら話に応じて来た。
女将さんはその横で、腕に抱かれてすすり泣く娘をあやしている。
「俺も噂で聞いただけなんだが、何でも魔物の大群が押し寄せて来たみたいでよ。そろそろ王宮に連絡が行く頃だと思うけどよ、あの王様じゃ、あんまし期待は出来ねえな」
その王が既に故人となっているとは、夢にも思うまい。
まぁいずれは知れ渡るだろうし、わざわざ僕が言う事でもない。
「そうですか……。じゃあ気を付けて避難して下さい」
「気を付けてって……、嬢ちゃんはどうする気だよ……?」
「僕ですか? ぼくはまぁ、ちょっと様子を見てこようかと」
「はぁ!? 正気かよ嬢ちゃん、自殺でもしにいく気か!?」
「まさか。心配しなくても死んだりしませんって。僕、そこそこ強いので」
「おいおい、本気かよ……」
呆れたような声を出して僕を見る。
僕の言った事が冗談でない事を認めると、今度は難しい顔をして僕と女将さんを交互に見る。
そして少しの間逡巡したあと、意を決したように女将さんの方を向いて口を開く。
「悪りい母ちゃん、俺ちょっと嬢ちゃんに付き合ってくるわ」
女将さんもそれを察していたのか、大して動じる事も無く答える。
「さっさと行ってらっしゃいな。あたしらの事は気にしなくていいからさ」
「あんがとよ」
そして、女将さんの腕の中の女の子を優しく撫でる。
「父ちゃん、ちょっと用事が出来たから行ってくる。絶対戻って来るから、それまで母ちゃんの傍から離れるんじゃないぞ」
「……」
女の子は目に涙を浮かべながら、しかし泣き喚くような素振りは見せず、
「……分かった。お父さん、浮気しちゃ駄目だからね」
「しねぇよ!」
「手を出したら二度とウチの敷居は跨げないと思いな」
「母ちゃんもかよ! だからしねぇって言ってるだろ!」
僅かながら弛緩した空気に、誰ともなく笑みがこぼれる。
「じゃあアンタ、気ィ付けて行っといで」
「……おう!」
最後にそれだけ言うと、女将さんは女の子を抱えて人の流れへと加わった。
それを見届けた所で、不意に主人が僕に話しかけてくる。
「そういや、嬢ちゃんは武器とか持ってんのか? 見た所手ぶらみてぇだけどよ」
「一応ありますよ。そういうあなたはどうなんですか?」
「俺か? 俺はそうだな……」
主人は辺りを見回す。
そして少し離れた所に長さ一メートルほどの木の棒が落ちているのを見つけると、それを拾い上げる。
「ま、こんなモンでいいか」
言いながら、僕の腕くらいの太さはありそうなそれを、まるで長年使い込んだ相棒のように軽々と扱う。
それを見ながら、僕は後ろ手に取り出した一本の剣を腰に装備する。
ひとしきり振り回して満足したのか、主人は僕に告げる。
「っし、行くか!」
「はい」




