第六一話:「さて……、初陣だ」
「チッ、状況はどうなってる!?」
王宮内、会議室。
その中央の席で、第二王子が声を張り上げている。
「住民に主立った被害は無し。爆発の衝撃で、外縁部の建造物が数棟倒壊したとの報告が」
「敵戦力は?」
「魔族の軍勢が、少なくとも一〇〇〇は押し寄せていると」
「魔族だ? 住民からの報告じゃ、魔物って話じゃねーのか!」
「断言はできませんが、恐らく元から周囲に生息していた魔物が大軍に追いやられて出て来た物かと」
「クソッ、面倒事引っ張り込んで来やがって!」
悪態をつくも、それで何かが変わるはずもないのは本人も承知している。
「住民の避難を最優先だ。街の外へは脱出できそうか?」
「ほぼ全方位を囲まれています。数人ならばともかく、全員となると不可能かと」
「しゃーねーな、城を開放して住民を収容する。身分は関係ねー、女子供と老人を優先的に受け入れろ」
「よろしいのですか? 貴族達からの反感は免れませんが」
「構わねー。俺は先王とは違うって事を住民にアピールする、良い機会だ」
「分かりました。それと、その王の事ですが……」
「行方が掴めたのか?」
「いえ……。ただ経過した時間からみても、未だ城内に留まっている可能性は薄いでしょう」
「分かった、捜索は後回しでいい。どの道、親父殿が一人で魔族の包囲網を突破できるとは思えねーしよ」
「王には第三王女が護衛として連れて来た者が付いておりますが」
「尚更心配ねーだろ。当人をほっぽり出してまで別の人物を逃がそうとする奴を、あのガキが自分の護衛に選ぶとは考えにくい」
指示を受けた兵士が会議室を去るのを待たず、別の兵士に声を掛ける。
「どうしてこんな所まで接近されてる。見張りは何してやがった!?」
「その……、非常に言いにくい事ではあるのですが、何分ここ数十年は魔族側にも動きが無かったもので……」
「……平和ボケしやがって、クソッタレが!」
歯切れの悪い兵士の言葉に、彼の苛立ちは更に募る。
それを無理矢理振り払うと、その兵士に新たな指示を飛ばす。
「現状動かせる戦力を総動員して街の防衛に当たらせろ。近隣諸国への応援要請も並行して行え」
「それが、こちらは未確認の情報なのですが……」
「あん?」
「他国でも同様の事態が起こっているらしく、応援を出せる状態ではないと……」
「……何だそりゃ。一体何が起こってやがる……?」
困惑が頭を支配するも、それに囚われている暇は無い。
「……無理なモンは諦める。かなり癪だが、あの女狐に何としても連絡を付けろ」
「まさか、冒険者を頼るおつもりで……?」
「この段階で借りを作るのは想定外だったがな。なりふり構っていられるほど余裕はねー」
「……了解しました。すぐに居場所を突き止め———」
「其の必要は無いわい」
新たな声が、会議室内に発生した。
声の出所を探れば、いつの間にか自分に用意された椅子に腰掛け、不遜な態度を取るギルドマスターの姿があった。
「呵々、随分と難儀な事に為って居るのう」
「お前、いつからそこに……!」
「何時でも良かろうて。其の様な些事を気に出来る程、お主等に時間が残されて居るとは思えぬがの」
「おい貴様! 王子に向かってそんな口を利いて良いと———」
「止めろ、今は一分一秒が惜しい。状況は理解してるな」
「確認する迄も無い。要するに、彼奴等を打ち倒して来れば良いのじゃろう?」
そう言って、彼女は口元を歪めながらその場を出て行く。
それを見送ってそこで初めて、彼は自分が緊張している事に気がついた。
「大丈夫ですか?」
「……問題無い。部隊の編成及び指揮は任せる。俺は戦争に関しちゃまるっきり素人だからな」
「は!」
力強く返事をして、その兵士も会議室を後にした。
そこでようやく、彼は一息つく。
椅子に深く腰掛け、天を仰ぎ手のひらで眼を覆いながら言う。
「さて……、初陣だ」
===============
「何だよ、ありゃあ……」
隣で主人がそう呟く。
現在僕らは、ギルドの屋根の上に立ち街の外を見つめている。
その目線の先、門の向こうには、蠢くと表現するのがピッタリと当てはまる光景が広がっていた。
「いくら何でもあんな数、流石に対処しきれるとは思えねぇぞ……」
「同感です。この辺り一帯を焼け野原に出来るくらいの攻撃を放てるなら話は別なんでしょうけど……」
「ここまで近付かれてんなら、例えそんなのを撃てたとしても街が巻き添えを食らっちまう」
僕らは同時に溜息を吐く。
「……つまり、そういう事ですよね……」
「腹括っとけよ、嬢ちゃん。幸い、援軍はもうすぐ到着するみたいだしよ」
主人が指し示す先、街の中心部の方へ耳を澄ますと、微かにだが人の足音が作り出す地響きと雄叫びを上げる声が聞こえる。
「奴らを待って合流するか? 生き残りたいならそっちの方が賢明だぜ」
「そうしたいのは山々なんですけどね。女将さん達にああ言っちゃった手前、偵察だけしてすごすごと引き返すなんて出来ないでしょう? 特にあなたは」
「……あぁ、母ちゃんに知られたら確実にぶっ飛ばされる」
「じゃ、決まりですね」
屋根から飛び降りると、僕らは門へと向かって走り出した。




