第五九話:「願うばかりだ」
両断した彼の身体は、次の瞬間には元に戻っていた。
ただしその目に、先程までの光は宿っていない。
四肢に突き刺した剣を一本ずつ抜くと無造作に辺りへ投げ捨てる。
剣は神様から貰った物ではないにしても、それぞれこことはまた別の世界で入手した物で、全てがその世界で名刀、妖刀と呼ばれる類の物だ。
売却すれば城の一つは買える値段だし、そもそもまともな人の身で扱えるような代物ではないのも混ざっているためこんな場所に放置するのはきわめて良くないのだが、そんな事は気にも留めなかった。
原則、というよりは暗黙の了解として、その世界のバランスを崩すような事柄を行使してはいけないというものがある。
例を挙げるなら、この異界の妖刀しかり、先の野犬(野狼?)を殺した際に用いた銃なんかが当てはまる。
究極的には周りにバレなければいい程度の強制力なので僕自身そういう風にはしているが、それは裏を返せば周囲にバレてはいけないという事だ。
そして言うまでもなく、それらは決して適当な場所に放置してはいけない物である。
つまり何が言いたいかというと、僕がそんな程度の事に気を回せないくらいには冷静さを失っていた、という事だ。
視界が揺れ、方向を見失う。
バランス感覚の消えた僕の身体は、どちらを向いているのかすら分からず地面に倒れ込んだ。
「どうした、終わっ———おいっ、大丈夫か!?」
王が駆け寄って来るのが分かる。
その声が、距離が、やけに遠く感じられた。
傍目には外傷のほとんど見られない二人が倒れているのだから、彼はさぞ不可解に思った事だろう。
その疑問に僕が答える事は、当然出来ないのだけれど。
「……離れて、くださいっ……!」
代わりに必死で声を絞り出す。
否、もしかしたらその声は出ていなかったかもしれない。
けれどそれでも、言わなければならない。
このまま意識を失って再び目覚めたとき、真っ先に認識するのは誰か。
そしてその時、僕は一体どうするのか。
結果は、想像するに難くない。
だから僕は、言わなければならないのだ。
息を吸い込み、一際声を張り上げようとした。
が。
「……ッ!」
言葉は、発せられなかった。
それより早く僕の視界は真っ赤に染まり、そして暗転した。
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「……い、おい起きろ、おい!」
僕を呼ぶ声がする。
その声に応じるように、僕はうっすらと目を開ける。
「! 目覚めたか。一体今はどうなっているんだ? お前が意識を失ったと思ったら今度は男の方が光に包まれて、気付いたら跡形も無く消えている。どんな現象なんだ、これは?」
消えた、か……。
多分それは、元の世界に還らされたのだろう。
様々な事情により異世界での活動継続が不可能と判断された時は、強制的にその世界から退場させられる。
僕もその昔、体験している現象だ。
と言っても僕の場合、気絶して起きたら神様の所にいたので、実際にどういう現象が起こったのかは今回初めて知ったんだけど。
それより、僕はどのくらい気を失っていたんだろう。
状況から考えて、それほど時間が経ってはいないと思う。
はてさて、ロスした時間が命取りにならない事を願うばかりだ。
「おい、何を一人で納得したような顔をしているんだ。理解したのなら俺にも説明しろ」
……何だろう、さっきからうるさいなぁ。
気分が沈んでるのが分からないのかな、この人は。
ていうか、この人誰だっけ。
見覚えある気もするんだけど、どういう関係だったかな。
……まぁ、いいか。
「聞こえてるのか? 俺は待たされるのが嫌いなんだ、さっさと……」
しつこいな。
大きな声を出さないでくれ、頭に響く。
もういっその事黙ってもらえないだろうか。多分無理だろうなぁ。
じゃあどうしよう。
あ、そうか。
僕が黙らせればいいんだ。
「……おい、いい加減に———」
ドスッ
言葉は続かず、代わりに彼はゆっくりと視線を下げる。
その目線の先には、己の左胸を貫く少女の細い腕があった。
「カハ……、ッ!」
目が大きく見開かれ、口の端から赤黒い液体が流れ落ちる。
おもむろに同色に染まった右腕を引き抜くと、支えを無くした彼の身体は力なく地面に横たわった。
それを横目に立ち上がると、既にこと切れた彼の頭を乱暴に踏みつける。
すると、僕の全体重をかけてもびくともしないであろう彼の頭蓋骨がギシリと軋んだ。
僕が何キロなのかという質問に対しては返答を控えさせてもらう事になるが、まぁ標準と思ってくれて結構だ。
しかしそんな事をしても彼の顔は恥辱に震えるどころか苦痛に歪む事すら無いし、勿論悲鳴を上げたりも抵抗したりもしない。
全く、死人に口無しとはよく言ったものだ。
などという事を考えているうちに、どうやら彼の頭部は限界を迎えたようだった。
パキャ、と、落花生の殻を割ったような音がして、あっさりとそれは砕け散った。
付着した返り血を無造作に拭いながら、僕は最後の仕上げに入る。
地面に手をかざしそこに少し力を込めると、周囲の砂が引き剥がされ手の中に収束していく。
間もなく出来上がった物は、穂先がその全長の半分程を占める不格好な槍だった。
まぁ砂で作り上げた時点で槍と呼んでいいのかという気もしたが、作成者である僕がそうイメージしたのだから問題無いだろう。
どうせ、他に見る人もいないし。
僕はそれを振りかぶると、無防備な彼の背目掛けて突き立てた。
同時、遥か遠くの方から地響きが届いた。




