第五七話:「通りすがりの勇者A」
その少年を目撃した時、僕は少なからず驚いた。
勿論、普通の少年なら僕は気にも留めなかっただろう。
場所が場所だけに可能性は絞られるが、それでもいない事は無い。
けれど目の前にいる少年は、どう考えてもその可能性の範囲外だ。
根拠無しに言ってる訳ではないし、その根拠にしたって雰囲気や気配みたいな曖昧なものじゃない。
もっと直接的な、外見の話だ。
身長は一七〇センチくらい。中肉中背。どこの世界にもいそうな平凡な顔。黒髪黒目。
そこまでは良い。
ファンタジー小説の中じゃ黒髪黒目は珍しがられるなんて話はよく聞くけれど、実際は別にそんな事は無い。
生粋の日本人たる僕は言うまでもなく黒髪黒目だがそれをやいやい言われた事は無いし、ある意味においては僕以上に純血である黒装束の彼女やそのお兄さんも違和感無く溶け込んでいる。
ではなぜ僕が彼に目を留めたのか。
それは簡単な話。彼の服装だ。
僕からすればその服装は見慣れたものだ。
ただしそれは、こんな場所に存在するものではない。
より正確に言うならば、この世界で見られるものでは決してないのだ。
同系色の黒で揃えられた上下。
その上着の中央にはいくつか外された金属製のボタン。
だらしなく開けられたそのボタンの下からは、真っ白なシャツが顔を覗かせる。
……いや、こんな回りくどい言い方はよそう。
彼の服装を端的に表すならば、それは『学ラン』だ。
そして、目が合った彼が発した言葉は、僕の予想を確定付けるものだった。
「———あれ。もしかして出来事発生?」
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「いやー、せっかく異世界に来たってのに全然イベントが発生しないもんだから、マジで萎える所だったぜ。チート貰ってもハーレムも俺TUEEEもできないんだったら、魔王退治なんてする意味無えじゃん。それでいったらお前幸せだぜ? この世界における記念すべき俺のハーレム要員第一号になれるんだから。な、だからもっと喜べよ」
元の世界でしか聞いた事のないスラングの嵐。
これで、彼が僕と同じ世界の出身である事はほぼ確定的である。
というかそれ以前に、久しぶりにイラッときた。
細かい事情とかもうこの際いいから、一回痛い目に遭わさないと気が済まない。
……まぁ、冗談はさておくとして。
この状況を分析するなら、やっぱり被ったって事になるのかな。
いわゆる僕達『勇者』の力が強大である以上、同じ世界に複数人の勇者を送り込むのはあまり効率が良いとは言えない。
それで無くとも僕がブラック企業もびっくりのオーバーワークを余儀なくされているんだから、人手が圧倒的に足りていないのは厳然たる事実だ。
となると神様の手違いって事になるんだけど……。
……うん、あり得ない話じゃないな。
神様が完璧じゃないって事は、今までのあの女神様との付き合いで分かっている。
まぁどちらにしろ、同じ役割を担っている人がいるのは好都合だ。
モチベーションがいささか不純ではあるが、それなら僕は楽をさせてもらう事にしよう。
幸い、向こうはまだ僕が勇者だと気付いてないようだし。
「……おい、奴は何だ。知り合いか?」
思考に一段落つけた所で王が訊ねてくる。
「さぁ。気になるなら本人に聞いてみたらどうですか」
「それもそうだな。おい、そこのお前!」
彼に届くように、王は声を張り上げる。
「あ? 俺か?」
「お前は一体何者だ?」
「何者っていわれてもな。あー、強いて言うなら……」
少し悩む素振りを見せて彼は言った。
「通りすがりの勇者A、ってトコかな」
「……」
「……」
「……」
いたたまれない沈黙が降りる。
内訳は「マズったなこれ、外したな」というのが一名、「何言ってんだコイツ」というのが一名、「自分何も関知してないから」というのが一名。
どれが誰かは察してくれ。
「ま、まぁ、そんな事はおいといてよ、おっさん。助けてやるよ」
場を取り繕うつもりだったのだろうが、それは余計に事態を混乱させるだけだった。
「助ける? 何を言って———」
「あー大丈夫大丈夫。皆まで言うな分かってるって。この状況を見りゃ大体察しはつくっての」
……一応続けさせてみよう。
本当にこの状況が分かっているなら大したものだと思う。
口ぶりからして重大な勘違いをしている気がしなくもないが。
「要するにあれだろ? 身なりからしておっさんは多分この国の偉い人だ。王族か貴族か、どっちにしろこのバカでけぇ建物から出て来た時点で大体それは会ってると見て間違いない。対してそっちの美少女の方は、お世辞にもあんまり良い服とは言えねえ。顔は極上だけど。良くて盗人、おっさんを連行している所を見るに、人質として身代金をせしめようって魂胆か? だが残念だったな、俺に見つかったのがお前の運の尽きだ。さぁ大人しく捕まって改心して、キャッキャウフフのイチャラブ展開に持ち込ませやがれ! シチュエーション次第では一八禁展開も大いに歓迎するっ!!」
やはり盛大に間違ってました。
ていうか後半は完全にあなたの願望なんですが。
どう転んでもそんなのだけは全力でお断りさせてもらう。
まぁ、最初が合ってるだけでも良しにしておこう。
「えーっと……、長々と語ってもらった所申し訳ないんですが、それ大幅に間違って———」
「問答無用! さっさと諦めて俺に攻略されやがれ!」
ビシィ! と果てしなくダサいポーズを決めながら叫ぶ。
どれくらいダサいかというと、ダサ過ぎて描写したくなくなるレベル。
「ちなみに一つ言っておく。俺は悪党なら、例え相手が女子供でも容赦なく手を上げれるタイプの男だ」
……ただの最低だった。
あれ、おかしいな。今回で戦闘に入って終わらせる予定だったのに……?




