第五六話:「見捨てるものだと思うが」
とりあえず追っ手は撒いた、か……。
僕らが今現在隠れているのは合成獣がいた部屋……に続く通路の入り口を入ってすぐの所である。
さすがにあの部屋まで進む気は起きない。
それでなくてもここに入るだけで気分が悪くなったのだ。
中が薄暗いのが幸いし、王に顔色が悪い事は悟られてはいない。
とはいえ、いつまでもここに留まっている訳にもいかない。
微かに聞こえる、ひっきりなしに廊下を走る足音が止めばすぐにでも脱出したい。
今の所、それが止む気配はないが。
「……なぁ」
沈黙に耐え切れなくなったのか、王が話しかけて来た。
「何ですか?」
「……どうして、俺を助けようとしてるんだ?」
「……それは言ったと思いますけど。知り合いに死なれると気分が悪いんですよ」
「俺のような奴でもか? そもそも俺とお前は敵対していると言っても———」
「それが何ですか」
「……ッ!」
僕の言葉に、王は本気で驚いたようだった。
僕からすれば、どうしてそんな反応をするのかの方が分からないのだけれど。
「僕がたかだか敵対してる程度で、敵を見捨てるような人に見えますか?」
「……いや、普通敵は見捨てるものだと思うが」
「そうですか、じゃあ僕とあなたの価値観は違うようですね。今のうちに見識を広めておく事をお勧めしますよ」
「お前以外にそんな考え方をする奴も居らんと思うが……」
「……」
至極真っ当な意見だった。
えぇえぇ分かってますよ、自分がおかしいって事ぐらい。
「……ところで、もう一つ聞いていいか」
「……何ですか。この際ですから好きなだけ聞いて下さい」
「好きなだけという程の数も無いが……。じゃあ質問だ、この空間は一体何だ?」
「…………………………は?」
今度は僕が驚く番だった。
いや。いやいや。いやいやいや。
さすがに信じられない。
仮にもこの国のトップの人物だろう?
合成獣の開発なんて知ってて当然、というかむしろ率先して扇動する地位のはずだ。
それが何でこんな、本当に何も知らないとでも言いたげな口調は……。
それともまさか、本当に知らない……?
「あの……、つかぬ事をお聞きしますが、合成獣というものはご存知で?」
「あぁ、あの大昔のおとぎ話を現実に造ろうとした、頭のおかしな連中の妄想の事か?」
……どうやら、そのまさからしい。
これでは確かに民衆に愚王と罵られる訳だ。
足下で行われていた実験に、全く気付かないんだから。
「で、その合成獣がどうかしたのか?」
「……いえ、聞いてみただけです」
「……フン、そうか」
と、気付けばいつの間にか音が止んでいた。
少し集中して気配を探ってみるが、動きを止めて潜んでいるという事も無さそうだ。
「それで最初の質問に戻るが、結局ここは何なんだ」
「さぁ……。そんな事より、動くなら今が絶好の好機です。今のうちに行きますよ」
「……? あぁ……」
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「……とは言っても、堂々と正面から逃げ出すのも得策じゃないですよね」
「正面から逃げ出すというのもおかしな表現だがな。ならどうするんだ?」
「そうですね……。抜け道とか裏口みたいなのがあれば楽なんですけど……」
まぁ、そうそう都合のいい物はないだろうな。
仮にあったとしてもこの人が知ってるはずは無さそうだし。
「……どこか適当な部屋の窓から脱出しますか」
「お前がいいなら俺は構わんが……、これでは侵入者というよりは盗人だな」
「誰のせいですか、誰の」
「お前だと思うが」
「……」
うん、これもまぁまぁ反論の余地がない。
でも今回はクーデターを起こされたこの人の側にも責任はあるんじゃないだろうか。
子供達にきちんと愛情を注いでやっていれば、少なくともクーデターは起こされなかっただろう。
ただの反抗期とかならどうしようもないけど。(さすがに無いか)
周囲を警戒しながら廊下の突き当たりまで来た所で、右手に部屋へと繋がっていると思われる扉が複数並んでいた。
「この辺は何ですか?」
「俺が知る訳が無いだろう。大方客間か何かじゃないのか? 使われている所など見た事は無いが」
……ホント、何でこの人王なんかやってたんだろう。
せめて自分の住処に何があるかくらい把握しておこうよ。
……まぁそんな事を考えても仕方無いので、(若干気を落としつつ)手近な扉を開ける。
中は案の定というかある意味予想通りというか、客間などではなかった。
王宮の他の部屋の例に漏れず無駄にだだっ広いそこには、一目で高級品と分かる美術品や宝石の類が所狭しと並べられていた。
しかもそのほとんどが埃を被っており、長い間出されていない事がありありと分かる。
というかあれだけ道中大量に飾ってあったのに、まだこれだけあるのか……。
まさかこの辺りの部屋一帯がこれらの置き場という事はさすがに無いだろうが……、怖くて確かめる気にならない。
奥の方に人が通れる程度には大きさのある窓を見つけたので、乱雑に置かれた美術品の数々を壊さないように慎重に合間を縫って歩いて行く。
後ろからガチャガチャという何かの割れる音が聞こえる気がするが気のせいだ。
何とか窓まで辿り着くと手を添えて押し開ける。
窓枠に足をかけてフワリと飛び降り着地した所で———、
一人の少年と目が合った。




