第五二話:「仲良しでしたか」
館を後にした僕は、その足で宿屋へと戻る。
最早おなじみとなったボロボロの入り口を抜け、受付を素通りして階段を上がる。
宿泊している部屋の扉を開けると、ベッドに寝かされている王女とそれに付き添っている黒装束の彼女が目に入った。
「あぁ、お帰りなさいませ、我が主。ご無事で何よりです」
「無事……ではないですね。色々と啖呵を切って来ちゃったモノで」
返事をしながらベッドの空いている部分に腰掛ける。
「どんな内容でも、我が主がお決めになられた事ならば私はそれに従う所存です。何なりと仰って下さい」
「だから重いですって……。まぁ今は、その重さがありがたいですけど」
程良い、というには少々過ぎるけれど、それぐらいのプレッシャーは背負わなければいけない。
この手に人一人の———否、もっと大勢の命がかかっている。
「王女が起きるまでもう少しかかるでしょうし、二度手間になるのも面倒なので彼女が起きるのを待って全部話します。巻き込まれるかどうかは、それを聞いた後で決めて下さい」
「聞く必要はありません。我が主が何を言おうと私の答えは是のみですから」
「……良いんですか? 下手すれば一生追われる身になりますよ?」
「構いません。いつどこにいようと誰が何をしようと、我が主のいる場所が私の居場所です」
この人はぶれないなぁ……。
なんて事を考えていると、人がムクリと身体を起こす気配がした。
「……私は聞かせてもらうわよ。アナタには感謝してるけど、それとこれとは話が別。私の一番はお姉さまだから」
「……起きてたんですか」
「丁度今ね。だから待つ必要は無いわ」
痛みが残っているのか頭をさすって、一瞬黒装束の彼女の方を恨めしそうに睨むと視線を僕に合わせる。
「でもその前に一つ聞かせて。返答次第じゃ話を聞く前に交渉は決裂するわよ」
「……聞きたい事は分かってますよ。アナタのお姉さんはまだ生きてます」
———まだ、殺していない。
「『まだ』? これから先なら殺す予定があるとでも?」
「それは……、まだ分かりません」
「ふーん……」
疑わしげな目で僕を見つめる。
「私、アナタの事は好きだけどそういう所は嫌いだわ」
「そういう所って?」
「そんな風にいつまでも迷って結論を先延ばしにする所。やってるアナタはよく考えてるつもりなんでしょうけど、端から見ればただの優柔不断よ」
変に希望を持たせるのは止めてちょうだい、とでも言いたげな口調だった。
ぐうの音も出ないとはまさにこの事だろう。
自覚している欠点を人から指摘されるというのは、僕みたいなタイプには一番効くのだ。
よく「日本人だから」なんて言い訳を使う僕ではあるが、決して好き好んでこんな風になっている訳ではない。
「……まぁ今はいいわ」
僕の無言をどう受け取ったのか、王女はそんな事を言う。
「分かったわよ、話だけなら一応聞いてあげる。後は内容次第ね」
「……おい、先程から我が主に対し無礼だぞ。立場を弁えろ」
「私はアナタと違って下についた訳じゃないのよ。アナタにとやかく言われる筋合いは無いわ」
「ハァ……、喧嘩はしないで下さいよ」
「「だってコイツが!」」
「……あぁ、仲良しでしたか」
「「違うわよ(違います)!」」
息ピッタリじゃないか。
この分なら大丈夫だろう。
「じゃあ改めて、方針を説明します」
その言葉を聞いて、二人は居住まいを正し表情を引き締める。
……うん、良い空気だ。
「まず先にざっと現状を説明しておきますと、近い内にこの国でクーデターが起きます。そして僕は、それを止めるために行動しようと思ってます」
特に驚きの声は上がらなかった。
黒装束の彼女はともかく、王女の方はそういうのに慣れていなさそうだったから何かしらの反応があると思ったのだが、様子を見る限りどうやら事前に知っていたような雰囲気がある。
まぁ僕としてはそこら辺の説明が省けるので構わないのだが。
「と言っても、やる事はそう多くはありません。僕が目指すのは、あくまで諍いを止める事ですから」
「成程。では具体的には何を?」
「撹乱と鎮圧。理想としては敵を発見し次第即時無力化が望ましいです。可能ならばなるべく傷を負わせずに」
「『敵』、ね。それは一体どっちを指すのかしら?」
「両方です。その方が分かりやすいでしょう? 自分以外は全て敵。これ以上無いくらいにシンプルです。勿論無理に争う必要はありませんし、個人の都合があればそちらを優先……というか専念してもらっても結構ですから」
———あぁ、いけない。
これでは協力してくれる事を前提として話を進めてしまっている。
無理強いは駄目だ。
「……別に僕に付いて来る事もありませんよ。二人とも一応は現王政側なんですし」
「あの王との契約はとうの昔に破棄されています。今の私の王は、我が主のみです」
「私も別に、王家に縛られてる訳じゃないしね。縁を切ろうと思えばいつでも切れるわ。でも……」
表情に影が差す。
事情はまぁ、察してしかるべきだろう。
だからと言って、そちらに全員でかかっても本末転倒だ。
五秒ほど考えた後、僕は言う。
「……少し、計画を変更します」
「……?」
不思議そうな顔を向ける王女。
それを意識しないようにしながら僕は続ける。
「この件に無関係な人達を逃がすために、陽動の時間を作ります。まぁ基本的には僕が引き受けるので、お二人はその間に脱出を手伝ってあげて下さい」
「は……?」
「何ですか、そんな鳩が豆鉄砲食らったような顔して」
しばらく王女は動作を停止していた。
「……いや、いやいや、いやいやいや。いきなり何言い出してるのよアナタ……?」
「何って言われても、一般人を助けようって提案をしてるだけですけど」
「だからそれがおかしいって言ってるのよ! 正気なの!? 頭大丈夫!?」
「まぁ正気か狂気かで言えば正気の方だと思いますけど」
「見ず知らずの取るに足らない有象無象を救おうとは流石は我が主! その慈悲深さにこの私、心より敬服いたします。やはり私の眼に狂いはありませんでした!」
「……ごめん、何か頭痛がして来たんだけど……。一瞬考えさせてくれる……?」
「……奇遇ですね。僕も丁度頭が痛くなって来た所です……」
……どうして彼女は全肯定しかしないのだろう。
遺伝子レベルで重大な欠陥があるとしか考えられない。
少しは王女みたいに思い悩むものだと思うんだけど……。
一分ほど考え込んだあと、王女は顔を上げる。
その表情は、覚悟を決めたというよりは諦めたと言った方が近いかもしれない。
「ハァ……、良いわよ分かったわよ」
「何がです?」
「だから、アナタ達に協力してあげるって言ってるの! 囮なり何なり、好きなように私をこき使えば良いじゃない!」
半ばやけくそ気味に言うと、不貞腐れたのかぷいっとそっぽを向く。
その横顔が僅かに綻んでいるように見えたのは、多分気のせいじゃないだろう。
「ありがとうございます」
「〜〜〜ッ!」
純粋な感謝の意による笑顔を浮かべると、王女は真っ赤に染まり上がった顔を更に背ける。
……何だろう、何と言うかこう、胸の辺りがうずく感じがする。
これが母性本能というやつだろうか。
「私もう寝るから、朝まで起こさないで!」
「そこ僕の寝床なんですけど。僕は一体どこで眠れば?」
「知らないわよ! どこか適当に探して寝なさい!」
頭まで覆った毛布の中からそんな声が聞こえる。
「そうですね……。じゃあ一緒に寝ましょうか」
「ハ、ハァッ!? 何言ってるのよ!?」
飛び起きた。
「だ、第一そんなに場所が———」
「大丈夫ですよ。それくらいのスペースと耐久力はあるって分かってますから」
「そ、それは……」
今朝の事を思い出しているのだろうか、視線をフラフラと泳がせる。
「話も纏まった事ですし、僕らもそろそろ寝ましょうか」
「ですね。明日も早くなるでしょうし」
「ちょっと! 何どさくさに紛れてアナタも入ろうとしてきてるのよ!」
「私は単に我が主と一夜……行動を共にしようとしているだけだ。他意は無いし他人にどうこう言われる筋合いも無い」
「今一瞬不穏なワードが聞こえたわよ! アナタも何か言ってやりなさいよ!」
「……別に一緒に寝るのは良いですけど、何かしたら即座に叩き出しますよ」
「御安心下さい。許可無しに我が主に手を出す事など無いと、私の命を懸けてここに誓いましょう」
「そういう事を言っておいてあっさり一線を越えそうだから、あなたとあのマスターは苦手なんですよ……」
というか許可があれば出す気なのか。
いや絶対出さないけど。
「という訳です。納得してくれましたか?」
「これっぽっちもしてないけどまぁ仕方無い———って何で抱きついて来るのよ!」
「いえ、人肌が恋しい時期かなと思って」
「うぅ……、子供扱いするなーーーーーーーーーーーーーっ!!!!!!」
その叫び声は、宿中に響き渡ったそうな。
祝、一周年!(一週間ほど遅いですけど←)
この章も終わりが見えて来ましたし、頑張って更新していきたいと思います。
一応主人公をフォローしておくと、優柔不断なのは作者が先の展開を考えてないからだとかそうじゃないとか。
作者への批判は止めてあげて下さい!(懇願)




