第五〇話:「深い意味はありませんよ」
やっぱり、か。
僕の胸に去来したのは、そんな程度の感想だった。
確かにショックではあったが、ある程度の予想はしていた。
故に、覚悟もできていた。
ただ、それなら平気でいられるかと言われればそんな事は無い訳だが。
とりあえず、これで彼女が合成獣である事は確定した。
外見に変化が無い以上、違っているのは恐らく中身だ。
『傷跡』の場所から素直に推測するなら肺か、あるいは心臓。
外の改造はあらかた済んだから、次は臓器をって所かな?
……ムカつく。ムカつくけれど、それを晴らすのは後回しだ。
それをする前に彼女をどうするか、という事なんだけど———、
「態々そのような事をなさらなくとも、仰っていただければお答えしましたのに」
無感情で平淡な声が響く。
この局面においてさえ、動揺している様子は見られない。
やはりネックはこの人か。
「どうして……、隠してたんですか」
「隠していたつもりはありません。———と言っても信じては貰えないでしょうね。事実私も、気付かれなければ良かったとは思っておりました」
そこで一旦言葉が途切れた。
その間を利用して僕は振り返る。
否、そうさせるための時間を作ったのか。
身体を反転させ目を合わせると、語りが再開される。
「結果的に騙すような真似をしてしまった事に付いては謝罪致します。ですが一応断っておきますと、私は貴女と敵対しようという気はございません」
「……どうもあなたのしたい事が分かりませんね。一体あなたは、何が目的なんですか」
「私の目的ならば決まり切っています。私は心身共に御嬢様に仕える身。御嬢様をお守りする事が、今も昔も永遠に変わらぬ私の使命です」
その言葉に、僕は僅かな違和感を覚える。
確かに彼女の姿勢は一家来として立派な心がけではある。
しかし、それにしたってどうも行き過ぎている感が否めないのだ。
献身的でも過保護でもない。
忠誠とも、少し違う。
言うなればそれは、
「崇拝……」
「———そうですね。私の御嬢様への感情を言葉で表すとするならば、それが一番正しいでしょう」
思わず口をついて出たそれに、彼女は敏感に反応した。
「御嬢様がまだ正常だった頃に、少々ありまして」
その時を思い返しているのか、彼女の瞳が心なしか和らいだ気がした。
その『少々』について聞いてみたい気もしたが、「赤の他人の過去など、語られた所で面白くもないでしょう」という彼女の台詞によってあっさりと流された。
「……話を戻しますけど、仮に隠すつもりは無かったとして、ならあなたはどうしてこんな回りくどい事を?」
「御嬢様を、お守りしていただくためです」
やはり端的に、簡潔に彼女は言う。
「『守る』? それはあなたが今やってるんじゃないんですか?」
「えぇ、『今は』確かにそうです。ですが、これから先は私一人では難しいでしょう」
「……どういう意味です?」
「もう間もなく近い内に、この国は滅びるからです」
どこまでも平淡なその口調はしかし、こういう真面目な場では俄然真実味が増す物だ。
けれどそれを加味しても、現実味の感じられる話では無かった。
「滅びるって、そんな荒唐無稽な……。他国の侵略ですか? それともクーデターでも起きるっていうんですか?」
「その通りです」
冗談で言ったつもりのそれが肯定された。
嘘からでた真、とは思いたくないけれど……。
「一〇日後、人族領および友好的な亜人族領の有力諸候による領主会議が行われます。遅くともそれまでには動くでしょう」
「そんな……。一〇日って、いくら何でも急過ぎますよ! そういうのは普通、もっと時間をかけて計画される物じゃ———」
「計画自体は、かなり以前から立案されていたでしょう。あなたがこちらに来るよりずっと前、それこそ年単位で。水面下にあったそれが表面化したのが今、というだけの話です」
「……ッ!」
……憤るな。焦るな。落ち着け。頭を冷やせ。
今僕がやるべき事は、感情に任せて怒りをぶつける事じゃない。
考えるべきは、クーデターの規模とそれによる被害だ。
「……国を落とす、具体的な方策は知ってるんですか?」
「いえ、残念ですが詳細までは。しかし四大貴族を取り込んだと言っていた以上、政治的な策略が主とはなるでしょう。ただ……」
「ただ?」
「あの方は私を戦闘要員としてこのクーデターに駆り出そうとしています。故に、少なからず血を見る事にはなると考えられるでしょう」
多少の犠牲はやむを得ない、とでも思っているのか。
それとも単に、生じる犠牲の事など何とも思っていないのか。
どちらにしても、捕らえたら一言言わなければ気が済まない。
と、そこまで考えた所で、僕は一つの事実に気付く。
「……もしかしてあなた、この計画の首謀者知ってるんですか?」
「もしかしなくとも、お察しの通りでございます」
変わらぬ無表情で、メイドさんはしれっと答えた。
うん、ここは僕怒ってもいい場面だと思う。
「何でそれを早く言わないんですか!」
「言った所で何も変わらないからです」
結構な気迫を込めて言ったつもりのそれは、意外にも冷静に切り返された。
「現状、あの方が明確にクーデターを扇動するという証拠はありません。証言にしたって所詮は口約束。私や貴女程度の身分では、まともに取り合ってさえ貰えないでしょう」
そういう所は抜け目ないのです、と彼女は付け足した。
確かに言われてみれば、たかだか一人のメイドと半罪人に近い身分である僕が口を揃えて騒いだ所で、誰も信じはしないだろう。
最悪、でたらめな事を喚き散らして国を混乱に陥れようとした、みたいに逆に嫌疑をかけられる可能性だってある。
「……一応、その首謀者が誰かを教えてもらってもいいですか?」
「勿論です。問われれば私には隠し立てする理由はございませんので」
そう言ってメイドさんは、一つの名を口にする。
この国の第二王子、この瞬間を持って僕の敵となった物の名を。
「……分かりました、ありがとうございます」
「礼には及びません。それと、これは聞く必要の無い事なのでしょうが……」
「何ですか?」
メイドさんは少し言い淀んだ後、おもむろに口を開く。
「態々この名を訊くという事にどういう意味が?」
「……別に、深い意味はありませんよ」
僕は小さく笑って答える。
「標的を事前に知っていれば、多少はやりやすくなると思っただけです」




