第四九話:「そんな言葉はいらないですよ」
「何それ……。質の悪い冗談は止めなさいよ……」
「悪い冗談であればいいとは僕も思ってますよ。それに、まだそうと決まった訳じゃありません」
「でも……、アナタはそうだと思ってるんでしょう?」
「……」
僕は咄嗟に答えを返す事ができなかった。
沈黙が何よりの肯定だという事は、僕自身分かっていたはずなのに。
「……そう、そういう事なのね。いいわ、分かったわ」
そう言って王女は立ち止まった。
そして、行く手を塞ぐように僕らの前に立ちはだかる。
「止まりなさい。ここから先は行かせないわ」
覚悟を決めた表情で、そう言い放つ。
「……退いて下さい。僕は力尽くは嫌いですよ」
「そういえば、まだ肝心な事を聞いてなかったわよね」
唐突な話題変換。
内心で首を傾げていると、王女は言葉を続ける。
「昨日アナタが会ったっていうその合成獣達、結局どうしたの?」
……痛い所を突いて来る。
けれど、ここで嘘を付いた所で不信感を募らせるだけだ。
「……殺しましたよ」
風に消え入りそうなほどの小さな声。
しかし確実に、それは王女の耳に届いた。
「そう……。なら尚更……、行かせないわ!」
杖を構え、鬼気迫る表情で僕を見据える。
「どうしてもって言うなら、私を殺して行きなさい。でないと、私がアナタを倒すわよ」
「なら、遠慮なくそうさせてもらおう」
「……ッ!」
王女が二の句を次ぐ前に、その身体が地面に倒れ込んだ。
そしてその背後に、いつの間に回り込んだのか黒装束の彼女が、拳を振り下ろした状態で立っていた。
「出過ぎた真似を致しました。我が主に対し無礼な口を叩いた為つい」
「……いえ、ありがとうございます。それと、すいません」
「礼を言われる事ではありません。謝罪など以ての他です」
淡々と紡がれるその言葉に、僕を責める気色は一切無かった。
だけど———。
いっそ責めてくれた方が、どれだけ良かった事か。
まぁそんな事をされた日には、ショックで手首を掻き切るかもしれないけど。
「では、私はこれを介抱しておきます。———御武運を」
「戦地に赴く訳でもあるまいに、そんな言葉はいらないですよ」
王女を抱きかかえる黒装束の彼女に、僕は力ない笑みを返した。
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記憶を頼りに第一王女の部屋へと向かう。
思い返してみると、ここを一人で歩くというのは初めての経験だ。
状況が状況でなければ、もう少し感傷に浸っていたかもしれない。
散々歩き回った末に三十分ほどの時間をかけて、ようやく僕はそこへ辿り着いた。
「ハァ……」
思わず溜息が出る。
疲れた訳じゃない。むしろ疲れるのはこれからだ。
だからこそ、気が重い。
「ハァ……」
もう一度溜息を吐く。
やりたくはない。
でもやらなくちゃいけない。
王女にあんな事を言ってしまった身として、その責任は果たさなければいけない。
気持ちを落ち着け気を整え、深呼吸をしようと息を吸い込んだ所で———、
「どうかなさいましたか?」
僕の背後から、聞き覚えのある声がした。
恐る恐る振り返れば、一体いつからそこにいたのか、無表情のメイドさんが音も無く立っていた。
「御嬢様に何かご用でしたら、私が承りますが」
「……いえ、直接確認したい事なので」
答えながらもしかし、僕は内心の動揺を隠し切れずにいた。
音がしなかったから、という訳ではない。
それぐらいの事は、訓練すれば可能な『技術』だ。
背後に立たれていた事、でもない。
別に僕は武士でも暗殺者でもないから、そんな事を一々気にしたりはしない。
僕が驚いたのは、いつからそこにいたのか全く分からなかったという点だ。
自分で言うのも何だが、僕は臆病な性格だ。
未知の物は怖いし、なるべくなら関わりたくない。
神様から貰う能力だって、攻撃性能に特化するような物はほとんどない。
だから、周囲の人の気配を非常に気にかける。
気にはしないが、気にかける。
そういう事には細心の注意を払っている、つもりだ。
そんな僕に気付かれないなんて、相当の使い手じゃなければ不可能だ。
今更ながら僕は彼女に、ある種の恐怖に似た感情を抱いた。
「先日ご覧になられたように御嬢様はずっとあの状態です。とてもではありませんが、意思疎通は困難かと」
「……えぇ、それは見れば分かります。だから僕が分からないのは、あなたの態度ですよ。どうして部外者である僕にわざわざ、合成獣を見せたのか」
「……」
返事は無い。
まぁ返事があろうが無かろうが、僕が取る行動に変わりはなかっただろうけど。
「———確認、させてもらいますよ」
どうせ返事は無いだろうと判断し、振り向いて扉を前にする。
「失礼します」
誰に対しての断りなのかは僕自身分からないが、一応の礼儀としてそう言っておく。
重苦しいその扉をゆっくりと開くと、果たして中には昨日と寸分違わぬ位置に全く同じ姿勢で、第一王女が椅子に腰掛けていた。
うっすらと窓から射し込む光を浴びるその姿に一瞬見蕩れそうになるものの、慌ててそれを振り払い僕は彼女に歩みよる。
ざっとその身体を見回してみるも、あの幾何学的な白い紋様は見られない。
まぁドレスを纏っているため、見えるのは精々首から上と腕くらいのものなのだが。
これ以上を調べるのはさすがに同性と言えど気が進まないが、それは割り切る事にする。
僕は王女の正面に回る。
王女の表情は、折角の日光浴を邪魔されたのを不快に思うのと見知らぬ人が視界の中に入って来た事による困惑が半々ぐらいの割合だ。
「……失礼します」
今度のは王女に向けたものだ。
届いているかと問われれば、多分答えは否だろうけど。
そして僕はドレスの胸元に手をかけ、一気にそれを引き裂いた。
肩が、鎖骨が、腹部が、腰が、脚が、下着が、次々とあらわになる。
僕の視界一面に、白く、柔らかく、今にも壊れそうなほど脆く映る肌が広がる。
ここまでしてもなお、王女は羞恥の色を浮かべるどころか何が起こっているのかすら理解していないようだった。
そしてそれは、すぐに見つかった。
左胸、丁度心臓の真上に当たる位置にくっきりとその紋様———『傷跡』は刻まれていた。
約一ヶ月ぶりの投稿です。説得力は皆無ですが、エタらせないよう作者は努力するので大目に見て下さい。




