第四六話:「過ぎた事を言っててもしょうがない」
ふと目を覚ます。
辺りを見渡すと、既に暗闇に包まれていた。
一体何時間気を失っていたのか、全く見当もつかない。
雨はやんではいたがまだ少し雲は残っており、月や星明かりはあまり射し込んではこない。
「……寒っ」
思わず身体が震える。
雨がいつやんだかは分からないけれど、少なくとも僕が気を失った後も降り続けてはいただろう。
さすがに長時間浴びていると冷える。
現に手足の先は冷えきって感覚もおぼつかない。
こうなると意外と厄介なんだよなぁ。
風邪引いたり冷え性になったりその他諸々。
女の子的に色々苦労するのよ。
あと今みたいに鬱になった後は問題がもう一つ。
それは———。
と。
近くの茂みがガサガサと音を立てて動く。
そちらに目をやると、そこから一匹の魔物が出て来た。
見た目からして狼系の種族だろうか。
大きさを鑑みるにまだ子供のようだが、それにしては様子がおかしい。
大体、いくら一匹狼という言葉があるとは言え、野生の動物は親ないしは同族に守られて成長するものだ。
世界は弱肉強食の掟で支配されている。
たかが子供一匹で生活できるほど甘くはない。
ならばなぜ……。
そこまで考えた所で、一つの可能性を思い付く。
いやまぁ、可能性というよりは心当たりと言うべきなのか自分で蒔いた種と言うべきか。
多分あれは、先日僕が殲滅した群狼の群れの一匹だ。
幼いが故に、あの時の狩りの場には駆り出されなかったのだろう。
そして結果、運が良いのか悪いのか、唯一の生き残りとなってしまったという訳だ。
群狼は、グルルル……、と唸り声をあげながら、ゆっくりと僕に近付いてくる。
家族の敵でも討つつもりかな。獣というのは恐ろしく五感が発達しているから、その嗅覚で肉親の血の臭いを嗅ぎ取ったのかもしれない。
あるいは単に空腹で、獲物を探し求めて僕の所に行き着いただけかもしれないが。
どちらにしても、同じ事だ。
群狼が、威嚇しながら一歩を踏み出した所で———、
その足を、太い氷柱が貫いた。
それに怯んだ瞬間、続けざまに大量の氷柱が襲う。
その全てが、直撃とまでは行かないもののダメージを与え、脚を氷漬けにして動きを奪う。
身動きが取れなくなった所で、空中に出現した大剣が胴体を串刺しにした。
群狼の口から、悲鳴のような叫び声が絞り出される。
が、それで事は終わらない。
次々と全身が何かに切り裂かれ、赤く染まっていく。
その間に起き上がっていた僕は、伸ばした両腕を群狼に向ける。
その手には、この世界にはとても似つかわしくない代物———、僕らで言う所の、銃が握られていた。
勿論ただの銃じゃない。
神様特性の魔導銃。撃ち出す弾も特別性だ。
僕はそれを無茶苦茶に乱射する。
当然ながらあのレベルの生物が耐えきれるはずも無く、あっという間に蜂の巣となる。
一通り撃ち終えた所で銃を手放すが、ここで終えるつもりは毛頭ない。
無論生死の話で言うならとっくに死んでいただろうが、そんな事は関係無い。
手をかざすと、群狼の周囲に薄い球体状の膜が張られる。
僕はそれを見ながら、感情のこもらない声で言う。
「ごめんね」
手を握る。
同時に膜の中で光が瞬き、激しい爆発が起こった。
衝撃で膜に亀裂が入り、それはあっという間に広がる。
抑え切れずに溢れ出た爆風と煙が、辺り一帯に立ちこめる。
それらが晴れた跡には、肉片の一片、血の一滴すら残ってはいなかった。
既に何が行われたのかすら分からない———地形の荒れ具合を見れば何かが行われたのだろうという事は容易に想像がつくが———この惨状を、僕は無機質な瞳で眺めていた。
話を戻そうか。
鬱になった後に起こる問題とは、過剰殺戮———平たく言えば、殺り過ぎだ。
まぁ問題と言うか悪癖と言うか、一種の中毒症状みたいなものだ。
あるいは精神安定剤と言った方が正しいかもしれない。
傾向的には憂さ晴らしやら八つ当たりの方が近いかもしれないが、哀れにもそのターゲットとなってしまった生物———今回はあの狼———には、心よりの同情と安らかなるご冥福をお祈りするぐらいしかない。
いや本当、殺戮の反動が殺戮なんて何のシャレにもならないけど。
せめてあと五分早く辿り着けていれば、僕を喰い殺せていたかもしれないのに。
ま、過ぎた事を言っててもしょうがない。(全然過ぎた事じゃないけど。むしろ現在進行形で我が身に起こってる事だけど)
それよりも別に、確かめるべき事が出来た。
予想が外れている事を切に願うが、もしも当たってしまっていた場合、一体僕はどんな行動をとるのか。
まぁ、それを決めるのは確かめた後で良い。
世の中なんてのはなるようにしかならない。後は野となれ山となれだ。
よし、現実逃避完了。
彼女達も心配してるだろうし、早く帰ろう。
早く帰って布団に入って寝よう。
何か本格的に風邪を引きそうな予感がするから。
冷えきった身体をさすりながら、僕はゆっくりと立ち上がる。
……ほら、何か既に視界が朦朧としてるし。
心臓の辺りがズキリと痛むのも、多分風邪気味だからだろう。
後半の手抜き具合が本当に酷い……。
読んで下さっている皆様には真に失礼を致しております。
精進致しますので、これからもどうぞ長い目で作品と作者を見守ってやって下さい。