第四三話:「あなたはそれで良いんですか!?」
「これから案内する場所と私の話は、どうかご内密にお願い致します」
メイドさんが話を切り出す。
ちなみに今現在、廊下を歩いているのはメイドさんと僕の二人だけだ。
若干一名足りないんじゃないかと思ってる皆さん、大丈夫。その見解は正しい。
彼女はあの場に置いて来た。
場所が場所なのでそうそうないとは思うが、万が一の可能性というのもあり得ない話ではないだろう。
まして、あそこにいるのは国の王女二人。いつ誰が襲撃して来てもおかしくない立場の人間だ。
故に、僕は彼女に一応の警護を任せたという訳だ。
……まぁ、そんなのは建前だけど。
本当の所はただの見栄だ。
僕の弱い部分を彼女達に見せたくないという、ただのエゴだ。
僕は彼女達に、自分の深い所を見せられるほど強くない。
信頼していない、というのとはちょっと違う。
信頼している、彼女達を好いているからこそ、己の醜さを曝け出して嫌われたくはない。
好きな人に嫌われるなんて、これほど堪える仕打ちも他にないだろう。
要するに僕は怖いんだ。
人が。人間関係が。人付き合いが。
つまる所、僕はそんな程度の人間なのだ。
とまぁ長々と心中を語っていてもしょうがないので、会話に戻ろうと思う。
「分かりましたけど……、そんなに重要な話なんですか?」
「えぇ、とても」
そんな話を僕みたいな部外者にして良いのか。
「『魔人』。そう呼ばれる種族の存在を、ご存知ですか?」
「いえ、知らないですけど」
「簡単にいえば、人族と魔族の間に産まれた児の事です。過去に実在していたとされており、個人でまさしく文字通り、一騎当千の力を振るったと言い伝えられております」
「過去に、って事は、今は存在してないんですか?」
「少なくとも確認し得た限りでは。更に詳細な説明をご所望ならば、私に聞かれるよりは街に大図書館がございますので、そちらをご利用される方がよろしいかと」
「へぇ、そんなのがあるんですか」
いやまぁ当然なんだろうけど。
「それで、その魔人がどうかしたんですか?」
「はい。魔人はその強大な力故、あらゆる国が軍事利用、ないしは他国への抑止力として手に入れたいと欲しております。しかし先程も申し上げた通り、現在魔人の存在は確認されておりません」
そこまで言った所で一旦言葉を切り、そしてピタリと立ち止まる。
けれど、そこは特に何かある場所には見えなかった。
強いて言うならその辺りだけ、周囲に比べて美術品やら装飾品やらの数が少ないような気もするが、それでも意識しなければ気付かない、気付いても気のせいだと流せる程度だ。
だがメイドさんの様子を鑑みるに、やはりここには何かあるらしい。
僕が首を傾げていると、メイドさんは空間が空いている、スペースに若干の余裕がある場所の壁に歩み寄り、そっと手を触れた。
すると、その触れている部分の壁がガコッという音を立てて内側に窪む。
そして続いて訪れた変化は、しかしさほど驚くような事ではなかった。
アドベンチャー系洋画よろしく水攻めやら大岩が転がってくる訳でもなければ、一昔前のロボットアニメよろしく格納庫が開いて中から……、なんてパターンでもない。(まぁ僕はどちらも観た事はないけれど)
起こったのは、むしろこういう系の建物にはありがちなあれだ。
即ち、隠し部屋。
丁度人一人が通れそうな穴がぽっかりと口を開ける。
それを前にメイドさんが、「どうぞ」、と促してくるが、さすがにそれに先に入る勇気はない。
結局彼女に先を譲って、僕は後から恐る恐る足を踏み入れた。
僕の身体が完全に中に入った所で、それを確認していたかのように入り口が閉まる。
中は一面真っ暗闇で何も見えない———と思ったら、次の瞬間、ボゥッという音と共に、壁の左右に明かりが灯る。火魔法か光魔法か判別が難しいけれど、音と演出、それからあの揺らいでいる見た目からして恐らく前者だろう。
内部は入り口と同じく、人一人が通るのがやっとと言った程度の大きさだった。
階段が螺旋状に下に続いており、どこまで続いているのか見当もつかない。
そんな所を、彼女は躊躇いなく下っていく。
まぁ、慣れているんだろうな。
「話を戻しますが、魔人は現状手に入れる事は出来ません。その為考えられた解の一つが、人工的に魔人を造る、という計画です。我々はそれを便宜上、合成獣と呼んでいますが」
「人工的に……って。そんな事、出来るんですか……?」
「結論から先に申し上げれば、不可能でした」
僕の言葉を、彼女はバッサリと切って捨てる。
その顔には、一片の表情も浮かんでいない。
「計画自体は単純な物でした。捕らえてきた魔族を生きたまま解体し、適当な部位を人族に付け替えるというものです」
「そ、んなの……っ……!」
そんなの、正気の沙汰じゃない。
人の身体には、拒否反応という機能が存在している。
身体に異物が生じた際に、それに抵抗する反応の事だ。
医療系のドラマなどで移植手術が行われる時、型が適合するドナーとのあれこれがあるが、例え型が適合していても拒否反応が出る事はある。
適合する確率が一番高いのは言うまでもなく肉親だろうが、他人でも適合する事は稀に起こりうる。
しかしそれが異種族間となれば、それは限りなく零に近いだろう。
そんな技術や概念などが存在しないこの世界で期待するのも酷な話ではあるが。
「お気持ちはお察し致します。ですが、歴史の裏にはそういった闇があるのもまた事実です」
そんな事は、わざわざ言われずとも分かっている。
むしろ、こういう非人道的な行いは文明が進んでいればいるほど盛んだ。
『犠牲無くして発展はあり得ない』。いつか、どこかの世界でそう言ったのは誰だったか。
けれど、事実と感情とは話が別だ。
そんなのは、人のして良い事じゃない。
「実験の対象となった者達は、激しい苦痛に襲われました。それこそ死んでしまう程に」
「『程に』って……、どうしてあなたはそれを知ってるんですか? まさか———」
「いえ、私は違います。ですがあの惨状を目の当たりにすれば、嫌でも嫌というほど思い知ります。無論本当に死んでしまっては困る為、恒久的に回復魔法を掛け続けなければなりません。その役目を現在仰せつかっているのが、この私です」
「なっ……!」
思わず息を呑む。
表情一つ変えずにそんな事を平然と言ってのける彼女に、僕は薄気味悪ささえ覚えた。
「あなたはそれで良いんですか!?」
殆ど反射的に、僕は彼女の胸元を掴んで壁に叩き付けた。
しかし、それでも彼女の表情は微動だにしない。
感情に任せて暴力を振るってしまった僕を蔑むでも憐れむでもなく、ただただ無感情な瞳で見つめ返して彼女は言う。
「良いも悪いもありません。一介の侍女風情が如き私に、選ぶ権利など存在しないのです。それより———」
彼女はスッと僕から視線を外す。
それにつられて僕も、その視線の先を追う。
そこに———、
「到着致しました」
地獄の入り口が、現れた。




