第四〇話:「僕で良ければ是非」
四大貴族。
この街で、王族に次ぐ権力と財力を持つ名家の総称であり、その総資産額は四家合わせれば王族を越えるとも言われている。
王宮、王族の庭園が街の中心に存在するなら、四大貴族の居城は東西南北それぞれの位置に建てられている。
東の青龍殿。
西の白虎城。
南の朱雀宮。
北の玄武館。
そして僕は今、その内の一つにいた。
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「ようこそいらっしゃいました」
にこやかな笑顔で僕を出迎えたのは、物腰の柔らかそうな老人だった。
この人物こそ、四大貴族が一角、玄武館の現当主にして、今回の僕の依頼主である。
とは言え、この人の良さそうな雰囲気が表の顔である事は界隈では有名だ。
脅迫恐喝賄賂謀略。ありとあらゆる悪事に手を染めて来たらしい。
彼を一言で表すなら、『老獪』の一言がぴったりだろう。
「いやはや何とも。駄目元で依頼を出したのですが、蓋を開けてみればこんなに美しい娘さんがいらっしゃって下さるとは。長生きはするものですな」
「こちらこそ、本日はよろしくお願いします」
「そうですか。まぁ立ち話もなんですし、早速ですが中へどうぞ」
彼がそう言うと同時、門がゆっくりと開かれる。
ちなみに今回の依頼は僕一人で来ている。
依頼を受けるにあたって色々と下調べをした結果、彼女達を連れて来るのは好ましくないという結論に達したのだ。
「今日一日ではありますが、何卒よろしくお願いいたします」
そんな言葉を受けて、僕は保育という名の戦場へと送り出された。
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そう思っていた時期が僕にもありました。
これは戦場なんて物じゃないよ。
戦場っていうか惨状だよ。
核戦争だよ、焼け野原だよ。
その一部始終を語るから、とりあえず聞いてほしい。
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まずは部屋に入って開口一番。
「誰だお前?」
初対面の、しかも年上に向かってそれはないだろう。
人として最低限の礼儀を叩き込んでやろうかと思ったぐらいだ。
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「今日一日、君の世話をさせていただく事になった者です」
「ふーん」
「ふーん」じゃないよ!
そっちから聞いておいてその言い草は何だ!
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「とりあえず名前を教えていただけるとありがたいんですが」
「うるさいから黙れ」
コミュニケーションって言葉知ってる?
確かに僕も名乗るの忘れてたけど。
聞かれたら答える。これ社会の常識! マナー!
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「何してるんですか? 良かったら僕も一緒にやりますよ」
「邪魔だ、失せろ」
この時点で少年に殺意を抱いた僕を誰が責められようか。いや、責められまい。(反語)
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えぇキレかけましたとも。
むしろそこまで耐え切った僕を誰か褒めてほしい。
僕より一回り近く年下の男の子が取る態度じゃないだろう。
この時ほど僕に流れる日本人らしい、大人しい気性に感謝し呪った時はないね。
力でねじ伏せてやろうかとも思ったけれど、さすがにそれは自重した。
それは多分、先に手を出したら負けという、僕の中の何かが踏み止まってくれたのだろう。
結局、夕方頃まであの手この手で気を引こうとした僕の努力は徒労に終わった訳だけれど。
ただここで一つ言っておかなければいけない事は、僕はこの程度で負けを認めるような潔い人間ではないという事だ。
「本日は色々とご迷惑をおかけしました」
「とんでもないですよ。こちらとしても全く手のかかる事がなくて。賢いお子さんですね」
「いえいえ、まだまだ人様にお見せできるような物ではありませんよ。全く誰に似たのか、頭の方ばかり大きくなってしまって」
そう言って、彼は人の良い笑顔を浮かべて笑う。
僕もつられて愛想笑いを返す。
いや本当に、誰に似たのか。
頭がいいのは多分この人に似たんだろうけど。
「それでですね。実は相談があるんですが」
「何ですか? 僕に出来る事ならばお引き受けいたしますが」
「貴方が良ければで良いのですが、今後もアレの面倒を見ていただきたいと思いましてね。勿論、料金の方は別途、ちゃんとお支払いさせていただきます」
まぁ来るだろうなとは思っていた。
僕としても願ったり叶ったりなので言う事はない。
何としてもリベンジ、あるいは一矢報いるぐらいの事はしておきたい。
「アレも大層貴方を気に入ったようでして。今後も関係を続けていければと存じております故」
それは初耳。
一体あの態度のどこに、僕に好意を寄せている節があったのだ。
社交辞令のような物だと解釈する事にする。
「えぇ、僕で良ければ是非。ではまた」
肯定の意志を示しつつ、僕は館を後にした。
これはちょっと、今後の予定に修正を加える必要がありそうだ。
それにしても……。
「いやぁ……、疲れた」
若さにかまけて無茶するのも、そろそろ控えるべきかなぁ……。
そう思う今日この頃であったとさ。
最近、主人公を始めとするキャラの崩壊が激しくなってきたような……。