第三七話:「何をやってるんですか、あなたは!」
ギルドに戻ってくると、中が騒がしかった。
どうやら人払い令は解除されたらしい。
「……まぁ、この賑わいようなら報告は良いか」
そう呟くと、僕は踵を返す。
「良いのですか? 我が主」
「えぇ。人混みは得意じゃないですから」
ついでに言うと、注目されるのも苦手だからだ。
「さぁ、宿に戻りましょう」
「はぁ……。ですが我が主」
「何ですか?」
「先程から、やけにこちらに屋根の上から手を振ってくる人物がいるのですが」
「気のせいでしょう」
「え? いやでもあれって……」
「僕は何も見てませんよ。あんな青白い顔をして今にも吐きそうな、銀髪のエルフの女性なんて僕は知りません。知りたくありません。知り合いたくもありません。なので即刻帰りましょう」
「良い加減に反応せんかーーー!!」
ギルドマスターの———もとい、全く見知らぬエルフの女性の大絶叫が、辺りに響き渡った。
しかし、どうやらそれが最後の気力を振り絞って発した物だったらしく、叫び終えるとフラリと姿勢が崩れ、そのまま屋根を滑り落ちて行く。
「あぁもうっ、世話の焼ける……!」
受け止める為に走り出そうとするが、直前で王女を背負っている事に気付く。
このまま彼女を受け止めれば、その加重で確実に潰れる。
考えるだけの時間も、迷うだけの暇も無かった。
「っ……! この娘をお願いします!」
「ふぇ?」
王女を背中からひっぺがすと、後ろは確認せず放り投げる。
変な声が聞こえた気がしたが、それに構ってはいられない。
全力で飛び出してギリギリ間に合うか間に合わないかの瀬戸際。
風を切って走る。
限界まで手を伸ばす。
彼女の身体が腕に触れる。
すかさず自分の方に引き込む。
そしてそのまま———、ギルドの壁に突っ込んだ。
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もうもうと砂埃が立つ中、僕はゆっくりと身体を起こす。
抱えているマスターを見ると、かすり傷はあるようだが大きな怪我は見られない。
フゥ、と溜息を吐いていると、マスターが眼を覚ました。(というか気絶してたのか)
僕の姿を認めると、顔を見つめながら、
「悪かったの。助かったわい」
と言った。
それに対し、僕の口から出たのは、
「何をやってるんですか、あなたは!」
自分でも驚く程の大声だった。
只でさえ目立っていたのにそんな事をした物だから、余計に僕に注目が集まる。
だが、そんな事を今の僕は気にしていられなかった。
「あんな所に登ってどういうつもりですか! 危ないと思わなかったんですか!? それとも自分なら大丈夫だとでも? ふざけるのもいい加減にして下さい!」
早口でまくしたてる。
こんなに感情を昂らせるなんて、最近では滅多に無かったのにな、などと頭のどこかで冷静な自分が状況を観察している。
「無事だったから良かった様なものの、万が一があったらどうするつもりだったんですか! 怪我でもしたりしてたら……、いえ、それ以前に死ぬかもしれない可能性だってあったんですよ!?」
周りの人達は呆気にとられて何も言えなくなっている。
マスターだけは『死』という単語に一瞬暗い反応を見せたが、僕に反論する事は無く、
「済まなかった」
と謝って頭を下げた。
その謝罪で落ち着く事が出来たのか、僕は段々と頭が冷えてくる。
「分かってくれれば良いです」
「うむ。ん? 血が出ておるぞ」
「え? あぁ、そう言えば身体強化をしてる余裕も無かったですからね」
「ほれ、じっとしておれ」
マスターが僕の顔に手を伸ばしてくる。
同時にマスターの口から、綺麗な赤色の舌が出ているのが見えた。
この時点で、僕にとんでもない予感、というか悪寒が全身を駆け巡っていた事は、わざわざ言うまでもないだろう。
そして僕が顔を背けようとする前に。
ベロリ、と。
生温かい物体が、僕の頬を撫でた。
「大丈夫!?」
「無事ですか、我が主!」
タイミングが良いのか悪いのか(今の状況では確実に悪いのだろうが)、丁度その瞬間に彼女達が駆け込んでくる。
どうやら彼女は、ちゃんと王女を受け止めてくれていたようだ。
まぁそんな事を悠長に考えている場合じゃないんだけどね!
僕の現状はと言えば、マスターに覆い被さられており、加えてマスターは入り口———、即ち彼女達に背を向けている。
なのでまぁ、彼女達の角度からすれば見ようによっては、僕とマスターがその……キス、を……、しているようにも、見えない事はない訳で……。
「な、何やってるのよアナタ!」
「貴様、今すぐ我が主から離れろ!」
当然、彼女達はそんな反応をする訳でして。
それに対しマスターは、ゆっくりと、実に緩慢な動作で彼女達の方を振り向くと、
「『何』とは、随分な言い方じゃのう。お主らの見た通りの事をしておった迄じゃが」
と、底意地の悪そうな笑みを浮かべてそう言った。
確信犯だ、この人は。
重症だ。もう手遅れだ。
本当にどうしようもない。
「へ、へぇ、そうなの。じゃあもう殺すって事で良いわよね?」
「珍しく意見が合ったな。我が主に害をなす物は、すぐにでも消し去らねばならん」
こっちも大概だったか!
彼女の方はともかく、王女の魔法は恐らく加減が出来ないだろうし(そして多分する気も無い)、マスターと密着している今の状態では、僕の身も非常に危険だ。
「落ち着いて下さい! 僕はまだ何もされてませんから!」
「何じゃ、お主の中では今の儂との行為は無かった事にされておるのか。其れは残念じゃのう」
どうしてこの人は火に油を注ぐような事を言うのかな!
そんなに修羅場が好きか!
「とりあえず一旦離れて下さい!」
僕はマスターを無理矢理引き剥がす。
マスターは名残惜しそうにしながらも、渋々僕から離れてくれる。
これでこの場から逃げる事は出来るようになったが、それをやるとこの人達を止める者がいなくなるので、僕は逃げられない。
僕の短い人生の中で、今が最大の修羅場になりつつある。
もうこれは、どうしようもないんじゃないかなぁ……。
達観、というかもう半ば諦観の域まで達した僕は、どうすれば事態を丸く収められるかと言う、若干現実逃避気味な思考回路に至っていた。




